第42話 違和感の正体

 真衣との昨日のこと——彼女の脅迫——は未だに俺の懸念の一つではある。


 だが、彼女の目的がわかった以上、打つ手はある。


 真衣の目的は結局のところ金なのだから。


 それに、今さら二人っきりになることを警戒しても遅いだろう。


 真衣は既に俺を脅迫するネタを昨日手にしているのだ。


 俺は若干のためらいの後に、「……わかったよ」と言って、首を縦にふる。


 その瞬間、真衣の顔が怪しく微笑んだのを俺は見逃さなかった。


 ……昨日と同じ過ちはおかさない。


 と……俺は強い気持ちを持って、真衣の家に入った。

 

 真衣に案内されて、俺は家のリビングに通される。

 

 入った瞬間、目の前に広がる一面の大きな窓に目が奪われてしまった。


 視界に広がるのは俺が住んでいる街の姿だった。


 どこにでもある首都圏郊外の街……とりたてて目を引くものなどない街だ。


 だから、本来ならば、別にどうということはない景色のはずである。


 だが、これほどの高層階から見下ろすと、そんな風景すらもどこか特別なもののように思えてしまう。


 少なくとも俺は、それを見て、なんとなく気分が高揚してしまった。


 馬鹿と煙は高いところが好きとはよく言ったものだが……俺も存外に単純なのかもしれない。


 俺はそう自嘲して、自分の胸に突如として湧いた高揚感に戸惑いを覚えていた。 


 と、真衣は、俺の方をチラリと見て、


「唯……高いところは大丈夫だったよね? どうこの景色は?」


 と、言う。


 なんとなく真衣は、俺の顔色をうかがっているように思えた。


「え……あ……良い景色だと……思う……」


 俺は小さくそうつぶやく。


 本当のところ眼前の景色にかなりテンションが上がってしまっていた。


 だが、馬鹿みたいに思われるのが嫌で素っ気ないふりをした。


 しかし、抜け目のない真衣にとっては、俺の強がりなどお見通しだったのかもしれない。


 真衣は、満面の笑みを浮かべて、


「そう、それならよかったわ。このマンションを選んで」


 と言う。


 真衣は、俺の反応を見て妙に嬉しそうにしている。


 真衣のやつ……


 そんなに俺に見せつけたかったのか。


 自分のセレブな生活を……。


 実際のところ、俺は真衣の目論見にすっかりはまってしまっている。


 このマンションに足を踏み入れてから、俺は自分の生活とのあまりの違いにただただ圧倒されてしまっているのだから……。


「えっと……飲み物は何がいい? 一応コーヒーとお茶があるけど……」


「え……じゃあ……コーヒーで」


「うん。わかった。じゃあ用意するからちょっと座って待ってて」


 そう言うと、真衣は、キッチンに行く。


 しばらくすると、コーヒーの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。


 それに、なんとなく部屋からもアロマの良い匂いがする。


 俺のボロアパートから醸し出されているなんとも名状しがたいすえた匂いとはえらい違いだ。


 目と鼻……あらゆる感覚器官が総動員されて、刺激を受けた結果なのか、俺はいつの間にかここが真衣の家であることを忘れて、ただ気分がよくなっていた。


 あれ……俺なんのためにここに来たんだっけ……。


 俺は慌てて顔を降る。


 ……め、目を覚ませ……。


 こ、ここは敵地だぞ。


 く、くそ……ダメだ……。


 場の雰囲気に圧倒されて、すっかり真衣のペースに巻き込まれてしまっている。


 このままだと昨日の二の舞だ。


 俺は居間にある4人がけのダイニングテーブルに座り、少しでも頭を冷やそうと周りを見る。


 最低限の家具……ダイニングテーブル、椅子、家具……が置いてあるが、あまり生活感は感じられなかった。


 居間だけでもかなりの広さである。


 真衣一人で住むにはどうにも広すぎる気がする。


 それに……やけに綺麗である。


 小学生の時に真衣の部屋に何度も遊びに行ったことがある。


 だが……お世辞にもあまり片付いてはいなかった。


 几帳面な性格に見えて、真衣は意外とそういうところは抜けていた。


 まあ……別に三年も経てば真衣の性格が変わっていてもおかしくはないが……。


 ……しかし、なんとなく違和感を覚える。

 

 というか、この家……本当に一人暮らしなのだろうか。


 ひとつ気になっていることがある。


 さっき……この居間に通される前……扉が半開きになっていた部屋があった。


 俺は、その部屋を思わず覗いてしまった。

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