第31話 不穏な栞ねえ

 だってそうだろ。


 こんなに美人になった栞ねえがなんで今さら俺……陰キャボッチ……にわざわざ会いにくるんだ?


 しかも、俺のことを「弟」って……明らかに不自然だ。


 俺は無言のまま、警戒気味に栞ねえを見た。


 と、栞ねえと目……吸い込まれそうな青い目……があってしまう。


 子供の頃から栞ねえの瞳は青かった。


 だが、今はその深みも色あいもましたように見える。


 俺は否が応でも、その海のような澄んだアクアブルーの瞳に惹きつけられてしまう。


 栞ねえは俺の視線に気づいた後も、その微笑みをたやさない。


 そして、片手を振って、より一層の満面の笑みを向ける。


 俺はあわてて栞ねえから目をそらす。


 意図的にそうしないとずっと見つめていたかもしれない。


 それほど栞ねえの笑顔は危険なほどに魅惑的だった。


 あ、危なかった……。


 栞ねえと目があって、笑顔を向けられた。


 ただそれだけで、俺の不審は全て霧散して、栞ねえのことを全面的に信じたくなってしまった。


 俺以外の男も栞ねえのこの笑顔を前にしたら、どんな要求にも答えてしまうだろう。


 それだけの危険性が栞ねえの美貌にはあった。


 俺が何も言わずにいることに、担任は怪訝な顔をして、


「どうしたの? 冴木くん? 何かあるの?」


「い、いえ。た、ただびっくりして。それに、栞ねえ……いえ睦月さんは僕の本当の姉では——」

「先生……少し唯くんと二人で話させてください」


 と、突然栞ねえが俺の言葉を遮る。


 それまでとまとっていた雰囲気はだいぶ違っていて、どことなく険すら帯びていた。


 担任も俺も栞ねえのその突然の態度の変化に驚き、同時に圧倒される。


 そういえば、栞ねえはいつもおっとりとしていたけれど、今みたいに突然雰囲気が変わることがあった。


 しかも、今もそうだが、栞ねえの態度が変わる理由はわからないことが多かった。


 ……なぜか俺がクラスメイトの女子たちと話しをしたり、話題にした時、今のような怖いモードになることが多かった気がする。


 まあ……それはともかくこのモードの栞ねえはけっこう怖い。


 普段はとても優しくたおやかなイメージがあるから、その空気感のギャップでけっこう周りはビビってしまうのだ。


 現に担任も完全に栞ねえの雰囲気にのまれている。


 担任は、目を白黒させたあと


「え、えっと……そ、そうよね。久しぶりに再会した弟さんと睦月さんもゆっくり話したいでしょうしね。じ、じゃあ、わたしはここで失礼するわ。終わったら呼んでね」


 と即答して、そそくさと部屋から逃げて……いや出ていってしまう。


 い、いや……ちょっと待ってくれ、一方の意見だけで勝手に事実……姉弟……認定していいのか。


 まずは俺の話も聞くべきだろう。


 いや……俺の話を聞かなくても、俺と栞ねえのビジュアルの違いを見てほしい。


 どう考えても俺は純日本人の外見だし、血の繋がりなど一切感じられないさえない見た目をしているだろう。


 これでもし俺が本当に栞ねえの弟だったら、あまりにも姉弟の格差が激しくて、間違いなくもっとこじれた性格をしていると思う。


 と、俺は心の中でそうツッコミを入れるが、後のまつりだ。


 結局、俺は栞ねえと二人っきりで部屋の中に残される。


 なんとも気まずい空気が流れる。


 栞ねえは先程と打って変わって、何も言わずに佇んでいる。


 ただ窓際に立っているだけなのに、栞ねえのそのヴィジュアルはいちいち絵になる。


 きっと今の栞ねえの様子を撮影して、KikTokに流しただけで、おそらく万バズ確定なほどだろう。


 栞ねえの美貌は無表情でも十分に人を……男を惹きつける。


 実際、俺も必死に意識しなければ、またバカみたいに見とれてしまっていただろう。


 だけど……今の問題はそこではない。


 そう……そうなのだ。


 栞ねえの顔からは完全に笑顔が消えていた。


 担任がいなくなった途端に栞ねえは無表情になった。


 そして、ただ窓際によりかかりながら、無言で俺をじっと見ている。


 どうにも不穏な気配がする。


 栞ねえは、何かを企んでいる。


 俺が栞ねえとの関係……事実……を担任に言おうとした途端に態度が一変したのだ。


 このまま二人っきりでいるのは何かまずい気がする。


 やはり、今一度担任を呼んで、事実を話そう。


 俺はそう思って立ち上がろうとすると、


「……唯くん」


 そう栞ねえから不意に声をかけられた。

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