第12話 幼馴染が何故かとても無防備なんだが……

 どうやら真衣——水無月家のご令嬢——にとっては、このボロアパートは相当刺激が強すぎたらしい。


 俺はただ黙って真衣のことを冷ややかな目で見ていた。


 さあ……さっさと帰れ、真衣。


 俺はさっさといつものように自分の世界に引きこもっていたいんだ。


 ここはお前のような女が……いやリアルの女がいてよい場所じゃないんだ。


 真衣は俺の不穏な視線に気づいたのか、


「あ……その……唯……ごめんなさい。と、突然来てしまって……その……怒っているよね?」


 と、落ち込んだ表情をして、俺の顔色をうかがうようにじっと見る。


 先ほどまでの鋭い目つきとはまるで別人のように違う。


 完璧な美貌、そして一部のすきもないほどに完璧な所作。

 

 そうした真衣の佇まいはとても華麗ではあるが、どことなく人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。


 そんな真衣が、今は突然柔和になって、俺のことを見つめている。


 まるで、俺のことをかけがえのない大切な人で、決してこの人だけには嫌われたくない、そんな健気な表情をしている……ように見える。


 こんなのはもちろん真衣の演技にきまっている。


 だけど……真衣にこんな間近で……こんな目で見られたら、俺は——。


「い、いや……別に怒ってないけど。約束を破ったのは俺のほうだし」


 結局、俺はそう言わざるを得なかった。


 別に俺は真衣の美貌や外見……制服のシャツ越しでもわかるほどの豊満な胸や座っている制服から無防備に見え隠れする太もも……にゴクリ……ま、惑わされた訳ではない。


 真衣を俺の家から早期に追い出すという方針にかわりはないんだ。


 だ、だが……そのためには、まずは敵を知ることが大事だ。


 だから、俺は別に真衣を見ていても問題ない……はずだ。


「そう……よかった……」


 真衣は心底安堵したかのように、胸に手をやる。


 そして、真衣はコップを口元に運ぶ。


「……なんか……懐かしい。あの頃もよくこうして、唯の部屋に行っていたよね。……住んでいるところは違うけれど、唯は変わらないわね。唯の部屋はいつ行ってもとても綺麗で整頓されていた。この部屋もそう。フフ……反対にわたしの部屋は大分汚かったわね」


 と、真衣はなぜか妙にリラックスしている。

 

 両足をぺたんと崩して、両手を太ももの間に置いている。 

 

 真衣は先ほどよりもさらに無防備な姿を俺の前に晒している。

 

 よくよく見れば……いや視線を下に向けるだけで、真衣のミニスカートの谷間からショーツが見え隠れしてしまうほどに——。

 

 いや……真衣のやつ……いくらなんでも無防備すぎやしないか。


 一応、俺は男だし、この部屋には今俺しかないのに……。


 まずい……なんかそう考えると余計に本能が刺激されてしまう。


 俺はついつい重力に負けて、視線が下にいってしまう——


「ああ……この匂い……唯の匂いだわ……ダメなのに……でも我慢できない……だってやっぱり唯の匂いを嗅ぐとたまらなく落ち着くんだもん……」

 

 と、真衣が何かつぶやいているのが聞こえた。

 

 べ、別に俺はだんじて覗いてなどいないからな。


 そう心の中で言い訳をしながら、俺は自分のよこしまな感情に気づかれたと思って、あわてて視線を戻す。


 が……真衣は特段怒っている様子はなく……逆に真衣は、恍惚とした表情を浮かべながら、何かを鼻にあてている。


 真衣のやつ……いったい何をやっているんだ……。

 

 うん……あれってまさか俺の下着じゃ——。


 その時、真衣と視線があった。

 

 真衣は目にも止まらぬ速さで、手に持っていた何かをぱっとどこかに隠してしまう。


 そして、真衣は視線をそらすと、何ごともなかったかのようにコップを手にする。


 い、今のは俺の見間違い……か。


 まあ……そうだろうな。


 真衣が俺の下着を嗅いでいるはずがないだろうし。


 たぶん想定外の出来事が多すぎて、だいぶ俺の頭もまいってしまったのだろう……。


 と、その時、真衣が俺の目を見て、にっこりと微笑する。


 俺は思わずその瞬間、なんともいえない暖かなものが心に広がってしまった。


 多幸感……とでもいうのか。


 俺は、真衣に見つめられて、微笑みかけられた……ようするに、たったそれだけ

で、他のことがどうでもよくなって、幸せを感じてしまったのだ。

 

 こんな簡単な仕草ひとつで、真衣は俺を……人を魅了してしまう。

 

 真衣が人気のアイドルだったということを俺はあらためて実感していた。

 

 確かに……真衣にハマってしまう男たちの気持ちがわからないでもない。

 

 だが……俺は真衣の……いや女性の本性を知っている。

 

 これ以上真衣のペースに乗せられる訳にはいかない。

 

 俺は警戒心を一段と引き上げて、真衣に対峙しようと思った。

 

 だが、既に時遅しだったのか……俺はいつの間にかすっかり意識が3年前の頃にも戻っていた。


「真衣……ごほん……い、いや……み、水無月さん、それで何か用でもあるの?」

と、思わず小学生の頃のノリで馴れ馴れしく名前で呼びかけてしまった。


 てっきり真衣は嫌な顔をするのかと思った。

 だが、気のせいか、逆に真衣の顔は思いっきりほころんでいる……ように見える。


「唯……やっと昔のように呼んでくれたのね……」

 

 いや……やはり気の所為ではない。


 真衣はとても嬉しそうな表情を浮かべている。


 そして、しばしの間のあとで、胸元に両手をおいて、何故か深呼吸をしている。


 心なしか真衣はとても緊張しているように見える。


「ふう……今なら言えるかも……いえ今しかないわ……大丈夫……唯だってこんなところにいたくないはず。それに唯はわたしと一緒に住みたいに決まっているもの……」


 真衣は、小声で何かをつぶやいている。


 俺の質問には答えずに突然、


「あ、あのね! ゆ、唯! わたし実は……今一人暮らしをしているの。ここより高校からも近いし、すごく新しいマンションで綺麗なの。それに、一人で住むのにはとても広いの。その……だから、唯……もしよかったらわたしと一緒に住まない——」


 と、一方的に早口で話しをはじめる。


 真衣は傍目から見てわかるほどに頬を紅潮させている。


 俺は真衣の話しを聞きながら、たぶん馬鹿みたいにポカーンとした顔を浮かべていたと思う。

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