その手を離さないでね
黒片大豆
はなす、はなす、はなす
セーラーのタイのズレを直してもらったときに、それは、同性という垣根を超えてやって来た。
私の初恋は、幼馴染みの女の子だった。
ここで変に意識するのもおかしいと考え、極力振る舞い方を変えず、友人として接し続けた。
彼女と同じ高校に進むため、必死に勉強し、彼女と同じ大学に進むため、懸命にバイトした。大学で同じサークルに入るため、嫌いな音楽に手を出した。
それもこれも皆、彼女から目を離さないため。
私が愛した人。どこの馬の骨だかに渡してなるものですか。
でも彼女は、私の気持ちにはどうやら気がついていない模様。ストーカー紛いなことをしているなと、我ながら思っていた。一方的な私の片想い、しかも同性の、である。
いつかは、この想いは伝えるつもり。大学卒業までには、ちゃんと告白する。結果、恋が結ばれなくても後悔しない。
しかし私は、そのタイミングを逃してしまう。彼女に、彼氏ができたのだ。
彼女に集る悪い虫を殲滅せんと私は思案を巡らすも、しかし、それは杞憂に終わった。悔しいことに彼はいい人だった。彼女も、彼と付き合い、そして真剣な交際を続けていったのだ。
その二人の間に、私が入り込む隙間は、無かった。
社会人となり数年が過ぎ、私の住むアパートに届いたのは、桔梗のデザインの結婚式招待状。
私は、仕事で疲れはてた体に檄をいれ、適当なペンで『欠席』に丸を付けた。
花嫁姿を見てしまったら、何をしでかすかわからないから。
ずっと目を離さなかった彼女。
私の想いを話さずいたことで、
私の恋はどこか放れてしまった。
でも彼女と彼はお似合いさんだ。ずっと一緒にいた私が保証する。だから……。
「その手、絶対に離すんじゃねーぞ」
お祝いメッセージを書きなぐりながら、些細なイジワルを思い付く。手に付いたインクをそっと、彼の名前に擦り付ける。自然な感じに汚れたかしら? 今はこれで許してあげる。
そんなことを思いながら、私は招待状からゆっくりと手を離した。
その手を離さないでね 黒片大豆 @kuropenn
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