第3話

 「どれも嫌です!死にたくないですし、永遠にこのままなんて嫌です!」


 確かに死んだことは認めたし諦めたさ。それに何もできないし、ここでただ周りを眺めて暮らすだけとか永遠どころか一か月も持たずに消えたいと思う気がする。


 でも、デカルトの『我思う、ゆえに我あり』ってやつだ。

 今、考えている俺がここに存在している。

 それなのに消されるとか絶対にごめんだ。


 だけど魂だけの存在になっているからか、はたまた別の理由からなのか分からないけど、この女性の気持ちは出会った時からずっと言葉通り魂を震わせるほど伝わってくる。悔しさも悲しみも怒りも優しさも、そして安堵と喜びがあることも。


 彼女は殺したく無いと思っている。それどころか俺を助けたいと本気で思っている。だから、なぜこんなことを言うのかわからない。


 彼女は俺の答えに首を傾げた後、納得したような顔をした。


 「ああ、ごめんなさい。説明が不十分だったので話をさせてもらえませんか?」


 「・・・わかりました」


 「ありがとうございます。まず気付いていると思いますが、貴方が自力でここから動くことはできません。そして、私も今の貴方を移動させることができません。

 貴方が移動するには、私みたいな吸血鬼か魂食いソウルイーターに吸収されるしかないです。もっと言えば取り込む、若しくは捕らえるといったほうがいいかもしれません。


 強引に馬車で例えるなら、御者は私の意志、馬車と馬自体は私の体、貴方はお客様と言ったところでしょうか。貴方は変わらずに何もできないですが、私が見聞した事を貴方も見聞する事ができます。私にできる事はこれだけです。

 あとは私が消されれば貴方も一緒に消えてしまいますし、貴方が虜囚のような生活が嫌ならここで消えたほうがいいと思います。


 何かほかに聞きたいことはありますか?」


 「いえ、特にはないです。強いて言えば吸収されるとして貴女に大きな負担になりませんか?」


 「大丈夫ですよ。大して負担になりません。

 それよりも貴方のほうが覚悟をした方がいいです。


 これから私は人間と大きく争う可能性があります。人間が死ぬようなときは見せないように気をつけますが、それでも見てしまう機会はありますし、私が消される可能性もあるのであなたが思うほど長くこの世界に居られないかもしれません」


 彼女の瞳はどうすると問いかけてきているが、俺の答えは変わらない。


 「それなら構わないです。俺を吸収してください。俺の名前は****です。よろしくお願いします」


 死にたくないのは勿論ある。けれどそれだけじゃ無く、彼女と一緒にいたいと思うのだ。もちろん彼女が美人だというのがある。けど、それよりも彼女は本当に信じられるからだ。打算抜きに信じたいと思ったんだ。


 「分かりました。それから、この世界では安易に本名は言わないほうが良いですよ。相手に縛られてしまう時がありますから。これから名乗るときはシンと名乗ると良いです。


 吸収された時点で私と貴方の知識はある程度共有されるので名乗る必要がありませんが、礼儀なので本名を言わせてもらいますね。


 私の名前は***・****・********・**・*******、それと***。それから私のことはアルテと呼んでください。これからよろしくお願いしますね」


 アルテは話終えて俺に手で触れてきたと思ったら俺は肉体を持って、自分の手すら見えない程暗い闇の中に佇んでいた。この暗闇は冬の夜のような冷たさと澄んだ空気で満ちていたが、優しく俺を包んでいるかのような安らぎを与えてくれていた。


 「ようこそ。私の中の居心地はどうですか?」


 声のした方を向くとアルテの姿が闇の中で浮かび上がっていた。


 「とても気持ちのいい好きなところです」


 「それは良かったです。さて、それでは私の手を握って貰えますか?

 そうすれば、私の魂と貴方の魂が僅かに交わり、私の見ている光景や聞いている音が分かるようになりますから」


 「分かりました」


 俺が彼女の手を握ると俺の中の何かがアルテに流れ込み、そして、アルテの何かが流れ込んでくる。


 すると言いようのない懐かしさと喜び、そして恐怖と憎悪と嘆きといったありとあらゆる人間に対しての呪詛の念が力と知識と一緒に湧き上ってくる。


 そして、俺は暗闇に意識を飲み込まれていった。




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