魚の目

風が猛烈に窓を叩き、蒸気機関車が全速力で走り出した


列車の揺れに身を委ね、車窓の外を眺めると光景は次第に暗闇に包まれる


視界の隅を圧迫する存在さえなければ、心地良くうたた寝が出来ていたことだろう


「改札、お願いします」と、紀野は隣に腰掛けた男に向かって声をかけた


短冊状の黒髪はその前半分だけが伸びたまま、他はざんばらとして切り取られている


そのため彼の頭上には不思議な陰影が投げかけられ、振り向く動作一つで玉虫色の輪が振れた


深い隙間からほんのりとした光が漏れ、ぼんやりとこちらを覗き込む


差し出した招待状に目もくれない


そのままいつまでもじっとしているように思え、本当に駅員なのかと疑い、他を捜しに立ち上がろうとした時、妙な笑みを浮かべた


「貴女にお呼びが掛かって良かった」と男は言い、改札鋏を手に取った


鋏の先が金属光沢を放ち、まるで秘密を探るように招待状の表面を撫でる


いちいち妙な間のある人だ


「お願いします」と繰り返して紀野がぐっと招待状を押し込むと、静かに頷くのが見えた


紙を挟む音は、列車の騒音に紛れてかき消されている


男はそのままの姿勢で一瞬招待状を見つめた後、ぐにゃりと頬を溶かすような笑みを浮かべながら通路へ舞い戻った


「ごゆっくりお楽しみください」


そう言って微笑みかけられる中、紀野はそそくさと招待状を仕舞い、その列車内での新たな旅路に身を委ねた

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