俺が推していた元アイドル!? 実は俺の幼馴染で、今、俺の隣で寝てるけど?

尾津嘉寿夫 ーおづかずおー

俺と彼女の世界

 ある日、俺の推しが壊れた。


 俺の推しは地下アイドルのセンターを務めており、CSのTV番組に出演するくらい有名だった。そして俺の幼馴染だ。


 昔から容姿も性格も仕草も、何もかもが可愛いと思っていた。そんな彼女が、アイドルの階段を駆け上がる姿は、胸を打たれるものがあった。


 しかし、そんなある日、彼女は連絡もなしに仕事を休んだらしい。


 彼女が仕事を休んだ日、マネージャーも、グループのメンバーも、彼女の家族も、果ては事務所の社長すら、彼女に連絡を入れたのだが、彼女からの返事は一切無かった。


 あまりにも連絡がつかないため、彼女に対する怒りや焦燥は、やがて心配へと変わり、彼女が一人暮らしをしているマンションの管理会社に連絡を入れ、部屋の鍵を借りて、マネージャーが突入をした。


 そのとき彼女はゴミだらけの部屋のベッドの上で、布団を被り丸くなっていたらしい。


 急いで病院に連れて行ったところ、彼女の心は完全に壊れており、数カ月間入院をした後、アイドルを引退して実家へと帰った……ということになっている。


◆◆◆◆


 朝起きる――朝と言っても既に11:00。普通の社会人が聞いたら発狂しそうな時間だが、俺は2時間程度しか眠っていない。


 スマホのスケジュールアプリを起動し予定を確認する。今週金曜日までに後1万文字を編集者に納品――今日が水曜日なので、だいぶ余裕がある。昨日と一昨日で死ぬほど頑張った”かい”が合った。


 ……今日、水曜日だよな……?


 不安になりスマホのホーム画面に戻ると確かに「水曜日」と映し出されている。どうも、引きこもりってばかりで外に出ないと曜日感覚が狂ってしまう。


 頭を掻きながら朝食を用意して、隣の部屋で眠る幼馴染を起こす。


 彼女の肩を揺すると、一瞬目を見開いて息を飲み、怯えるような表情を浮かべた。


 しかし、彼女は、自身を起こした相手が俺であることに気がつくと、全身の力が抜けたように”にへら~”とした表情を浮かべ「おはよ」と挨拶をした。


 そう、俺の元推しである幼馴染は今、俺と一緒に同棲をしているのだ。


◆◆◆◆


 彼女がアイドルとして活動していたある日、彼女が男とホテルへ入る姿が、SNSで拡散された。


 それまでファンだった人は「裏切りだ」と叫び反転アンチになり、元々彼女のアンチだった人は、ここぞとばかりに彼女を叩いた。彼女の所属していたグループは彼女の力で”保っていた”ため、彼女に対する妬みは大きく、グループメンバからのリークもあった。


 その結果、ネットで大炎上が起きた。あのときばかりは、世界中が彼女の敵だった。

 

 そして、さらに最悪なことは、この画像は事実だった点だ。


 彼女は連日、様々な男達に呼び出されていたのだ。


 というのも、彼女の事務所では、アイドル達に日常的に枕営業をさせており、プロデューサー、大物司会者、映画監督、……、彼女は様々な芸能関係者達と関係を持っていた。


 そして彼らは最終的に、我が身可愛さに彼女だけを悪者にしたのだ。


◆◆◆◆


 元々、彼女は実家に帰る予定だった。


 しかし、どうやって特定したのかは分からないが、実家にも野次馬が来ており、彼女を実家に帰すわけにも行かなくなった。


 彼女の両親は思案した結果、一人暮らしをしている、小説家の俺の家で預かることになった。


 俺と彼女は家が隣同士で、生まれたときからの幼馴染だった。俺の家族と彼女の家族は家族ぐるみでの付き合いで、非常に仲が良く、彼女の両親から「是非、ウチの娘をこのまま貰ってくれ。」とせがまれた。


 まあ、結婚云々の話は別として、彼女の実家からも、彼女が一人暮らしをしていた場所からも適度に遠いため、彼女を匿う場所として俺の家は最高だったのだ。


 そして、彼女が俺と同棲をしていることは誰にも話してはならない。既にアイドルを引退しているとはいえ、また、ネットで炎上しかねないのだから。


 彼女は、空になった私の皿と自身の皿を重ね、キッチンへと運ぶ。


「俺が洗うから座っていていいよ。」と声を掛けるが、彼女は「これくらいやらせて」と話す。


 俺は彼女の言葉に甘え、俺はソファーに寝転がり、歯を磨きながらスマホで動画サイトを開いた。


 動画サイトのオススメ欄が彼女の動画で埋め尽くされている。


 かつて、俺が彼女を推していたとき、彼女の動画を狂ったかのように見続けていた。


 幼馴染を応援したい気持ちも大きかったが、それ以上に俺は彼女の魅力に心を蕩かされていたのだ。懐かしい思いを感じながら左手でスマホ画面をスライドさせていると、洗い物を終えた彼女が、いつの間にか俺の顔に頬を寄せて、俺のスマホを覗き込んでいた。


「わ、私がいっぱいだね。」


 彼女の距離があまりにも近すぎて、驚きのあまりスマホを落とす。推していたアイドルが、突然、耳元でASMRのようなささやき声を発するのだから仕方がないだろう。


 スマホから彼女の歌声が流れ始める。スマホを落とした際に、動画に触れてしまったようだ。


「な、懐かしい。わ、私、まだ踊れるよ。」


 そう話すと、彼女は歌に合わせて踊り始める。


 野暮ったいジャージ姿で、長く伸ばした黒髪をなびかせながら踊る彼女は、今すぐに復帰できそうな程キレキレだった。


 そして俺の前で決めポーズをとる。動画の中の彼女の笑顔はキリッとして凛々しい印象だが、目の前の彼女は、スッピンのまま相変わらず”にへら~”と、気の抜けたような笑顔を浮かべていた。


 ただ、みんなに向けた笑顔ではなく、俺だけに向けて笑顔を浮かべてくれることが、何だか少し気恥ずかしい。そして、動画の中の彼女よりも遥かに愛らしく思ってしまう。


 歯磨きを咥え手を叩くと、彼女は「えへへ」と笑い、パタパタと小走りで洗面所に歯磨きを取りに行き、私の隣に座って歯を磨き始めた。


◆◆◆◆


 彼女は俺と並んで身支度を済ませる。身支度と言っても、彼女は今日も家から出ないためスッピンのままだ。


 彼女はスッピンのままでも十分可愛い。マスカラを付けなくてもまつ毛は長く、目も大きい。涙袋くっきりとしているため、全体的に可愛らしい印象を受ける。唇もリップを引いていないのに瑞々しく、全体的なバランスも抜群、正にアイドルになるべくして生まれたような顔だ。


「君って、スッピンでもメチャメチャ可愛いよね……」


 PCを起動しサブスクの動画サイトを開いて、彼女と一緒に見る映画を選んでいる最中に、彼女の顔を見て思わず溢れた。


 彼女は、ソファーの上で、座る位置を少しずつスライドさせ、俺との距離を詰める。そして腰と腰、肩と肩がぶつかるくらい距離まで近づいてきた。


「は、恥ずかしい……////」


 そう言って、彼女は俺の肩を自身の肩で小突く。そして彼女は徐ろに、俺の左手と自身の右手を絡めた。恋人つなぎの状態だ。


「い、嫌じゃない? わ、私の身体、汚れているから……。」

「嫌じゃないよ。むしろ嬉しい。それに、汚れてなんかいないよ。」


 彼女は首を振る。


「わ、私、汚れているの。だ、だって、色んな人に触られているから……。そ、それに、た、沢山、色々なことをされて、こ、心まで汚れちゃった……。」


 俺は彼女の手を強く握った。


「じゃあ、その汚れごと、お前のことを貰ってやるよ。」


 柄にもなく恥ずかしいことを言ってしまった。勢いとは恐ろしいものだ……。


 恥ずかしい思いを隠すためにクソみたいなサムネイルのB級映画を選択した。恥ずかしさのあまり映画の内容が全く頭に入らない。


 いや、これは俺の頭が働かないせいではない。この映画が単純にクソ過ぎるだけだ……。


 彼女を見ると目がトロンとしており今にも眠りそうだ。そして、そんな彼女の眠気が伝染したのか、はたまた昨日までの疲れが出たのか、俺まで眠くなってきた。


 気がつくと、映画をつけたまま、2人揃ってソファーの上で肩を寄せ合い眠ってしまった。手を繋いだまま――。

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