【第1章】第13話

 

 ───無事に村へ帰りついたのは正午を回った頃だった。


 思えば十郎達が村から出たのは朝方か。数刻も経ってないのに一日が終わるような気分でいて、十郎達はずいぶんと疲れていた。


 村へと帰った後、子供達とその親御さん達はいったん村長宅の会議室に集まることになった。

 帰りを待っている子供達の母親や祖父母に報告する為である。


 そこに到着すると、子供達はたっぷり…じっくり叱られることとなった。


 これはピィス達も例外ではなく、彼らもこってり絞られた。そりゃもう、すごく心配掛けたのだから仕方ない。

 …けれど、こうやって怒られ落ち込んだりすることも、生きているからこそな気がする。

 それが良いかどうかは。まぁ、今は考えなくてもいいかもしれない。


 しかし、流石に今し方の出来事だったので、子供達はみな重々反省していることだろうし、なにより疲れ切っているだろう。

 説教が長くなりそうなのを見かねた十郎とリンカは、程々で止めに入った。


「も、申し訳ねぇ…。子供達が追ってくる考えに至らなかったあっしに落ち度がありやすんで。説教も程々で勘弁してやってくれねぇですかい?」

「あの、私も皆が出ていったことに気付けなかったですし…本当にすいませんでした」


 十郎が止めに入った理由の一つとしては、子供達が行動を起こしてくれたお陰で助かったと知ったからでもある。

 帰り道の最中、村で起こった出来事をリンカ達に聞いていたのだ。


 子供達が追って来なければ、レンジャー隊や村人達も助けに来なかったかもしれない。

 それを考えると、彼らが怒られるのは複雑な気持ちであった。


 十郎とリンカは頭を下げて頼むと、親御さん達は意外と素直に引き下がってくれた。


 リンカが子供達を守る為、体を張った姿を実際に見ていたのも影響していたのだろう。

 ひょっとしたら説教を切り上げる時機を大人達も探していたのかもしれないが…。


 子供達は怒られたものの、悪いことだけでもなかった。ソラが無事に戻ってきたことに、村の大人達も安堵し喜んでくれていた。

 彼女も村の大切な住人であり、子供達と同じように心配されていたのが分かったのだから…。


 村長の責任問題に関しては。結果としてだが全員無事だったこともあり、村長がその役を降りるとのことで決着となった。

 ただ引き継ぎもあるらしく、次の村長が決まるまでは任期は継続されるそうだ。


 そんな感じで、村へ帰ってから少しだけのゴタゴタはあったけれど。夕暮れ前には解散し、それぞれが家路につき、村長もレンジャー隊の近況を聞きに会議室を後にした。

 彼らを見送ったグリンは、大きく伸びをする。


「あ~…疲れたぁ…」


 かなりの実感がこもった一言が、静かになった会議室に響いた。

 そこに残っていた十郎達も、同感といった感じで空いた席にそれぞれ腰掛ける。


「…お疲れ様でござんした、グリンさんもリンカさんも、改めて礼を言わせて貰いやす。助けて頂き、ありがとうござんす」

 十郎はグリン達に頭を下げて感謝する。


「ジューロさん、リンカさん…こちらこそ、ありがとう。弟たちを助けてくれて」

 グリンも同じように頭を下げた。


「い、いえ!私はそんな…、ジューロさんとグリンさんが頑張ったおかげじゃないですか」

「いや、あっしは何も…。むしろピィスさんやソラさんには助けられたでござんすから」


「え?ぼ、僕?」

「わ、私…?」

 十郎に話を振られたピィスとソラが分からないといった風に互いに顔を見合わせ、首をかしげた。


 彼らの反応を見るに、自覚していないようだが。

 ソラを探せたのも、比較的安全に坑道へ入ることが出来たのも、暗闇にされた坑道から外へ抜け出せたのも、ピィスとソラが居てくれたからこそである。


「…そうなのかい?けど、騒ぎの大元でもあるしなぁ」

 グリンが複雑な、困ったような表情で二人を一瞥すると、ソラに疑問を投げ掛けた。


「…というか、今の内に聞きたいんだけどさ。ソラは何で一人で森に行ったんだい?」


「えと、あの…リボンを探しに…」

 消え入るような声でソラが答える。


「あっ、聞き方が悪かった!それはリンカさんに聞いたから何となく分かってるよ。僕が聞きたかったのは、何で相談してくれなかったんだろう?って所なんだ」

 グリンは優しくも、厳しさを感じる声で問いただす。


「あの…、迷惑だと思ったの…」

「迷惑?」


「最初は…、グリンさんに相談しようと思ったんだけど。…みんなで会議してたでしょ?忙しそうにしてたから、私の頼みなんかで、その…邪魔しちゃいけないと思ったの…」


「そ、そっかぁ…」

 それを聞いたグリンは机にバタリと突っ伏した。それ以上は言葉が出ないという様子である。

 ソラはソラで、遠慮する気持ちで心が一杯だったのだろう、自分が危険になることを秤に掛けていなかった。


 グリンは顔だけ起こすと、今度はピィスに訊ねた。

「ま…そもそもピィスが森に連れて行ったからだしな…。ピィス、聞きそびれてたけど何の為に二人で森へ行ったんだ?」


「えっと…、ソラのお母さんの手掛かりとかないかなって、コザラ谷に行こうとして…」

 答えを聞いたグリンが再び机に突っ伏して、ゴツンと頭を打ち付けた。


 両手で頭を抱えている…。


「お前っ…ほんっと…ピィス、お前…」

 子供は子供なりに考えるものだが、その末にとんでもない行動を起こすことがある。


「ご、ごめん兄さん…」

「あのっ、ごめんなさい!私がお母さんのことピィスくんに話してて、それで…」


「き、今日はもういい…、分かった大丈夫…。でも本当に…ほんっとにもう…」

 そこは経験の差というか、人にもよるだろうが。子供というのは痛い目を見ながら覚えていく、というのが多いと思う。


 それをグリンも分かっているから、あれ以上の言葉が出ないのだろう。

 グリン達が互いにどう言葉を掛けたら良いものか…。と悩んでいる様子に、十郎はつい口を挟んでしまった。


「ピィスさん、説教ってワケじゃありやせんが…そこはお兄さんを頼りやしょう?それにソラさんも、こういう事は遠慮しちゃいけやせん。まずは訊いてみるのが良ござんす」


「ジューロさん…」

「………」

 無事に村へと帰ってきてからも、ソラは未だに表情が曇っていた。


 こういうのは一晩とはいえ共に過ごしたリンカに任せた方が良いのかもしれないが。少しでも心が軽くなれば…と思い、十郎は話を続ける。

「二人共、あっし達と出会った時の事。覚えておりやすかい?」


「う、うん」

「私も…」

「あの時、二人共リンカさんが倒れたのを見てたでござんしょう?実はあれも、同じようなものなんで」


「同じ…?」

 ソラが言葉の意味が分からないといった感じで返す。


「遠慮が過ぎても、巡りめぐって良くない事態になることもありやす。あの時もリンカさんは旅の疲れがあるにも関わらず…相談すらしてくれやせんでしたからね?」


「あのぅ…ジューロさん?」

 リンカが何か言いたそうにしているが、十郎は構わず話を続けた。


「その結果、リンカさんは疲労で倒れて…。グリンさん達に出会えたから良かったものの、万が一の事があったらと、今思い返しても肝が冷えやすよ。気付けなかったあっしにもそりゃ責任はありやすけどね?……ともかく!危ないと感じたら誰かに頼るべきことも、覚えるべきでござんすよ?じゃないと逆に、心配させてしまうことになりやすんで…」


 グリンは十郎に染々と頷いて、同意してみせたが。

 一方でリンカは、十郎の言葉に対して思っていた以上の反応を示した。

「…あのっ!ジューロさんがそれを言うんですか?!」


 ずいっ!とリンカが問い詰めるように迫り、十郎は思わず後ずさる。

「ぬおっ?!リンカさん…?」


「ほんと、自分の事を棚に上げてよく言えますね!?ジューロさんこそ遠慮してばかりじゃないですか!例えば…私が作った料理とかも!」


 身に覚えは…なくはない。王都に向かう道中の野営では、リンカに出された食事を遠慮しようとしたことがある。

 けれど結局は空腹に抗えず、食事は有り難く頂戴したし。情けなくも言葉に甘えていたのだが…。


「いやぁ?あっしの場合、遠慮するにもワケってもんが…」

 イゼンサ村での出来事から、リンカには借りばかり作っている。これ以上の世話になると借りばかり膨らんで返せなくなりそうなのだ。

 それに頼ることと、甘えることは似ているようで違うと思う。


「…あっ!ひょっとして私の料理、不味いんですか…?お口に合わなかったとか!?」


 …何故か話が変な方向に進んだ気がする。今はそんな話はしていないハズだが。

 彼女は本当に人の話を聞かないというか、なんというか…。良い子ではあるけれど、そういう変な所での空気の読めなさに十郎は気圧されてしまう。


「と、とんでもねぇ!リンカさんの料理はとても美味しいでござんすよ?」

「ほんとですかぁ…?だって、いつも御飯とか食べた後、こっそりと塩を口の中に塗り込んで…うがいをしてるじゃないですか!私、ちゃんと知ってるんですからね!?」


「えぇ…?いや、あれは歯を磨いているだけでござんして…」

 十郎の答えに、リンカは目を丸くした。


「…歯を?」

「へい」

「塩で…?」

「左様で」

「あの、ジューロさん…」

「な…、なんでござんすかい?」

「歯みがき粉、後であげますから…」


 リンカが呆れように額に手を当てている。

 いったい何の話をしているのだろうか?そもそも歯みがき粉とは?


「は、歯みがき粉…?って、何でござんすか?」

「…もうっ!その話は後でもいいですよね!?」

「いやいやいや、何であっしが話を反らしたみたいに言われてるので…」


 そんな二人のやり取りを眺めながら、グリンがソラに語り掛けた。

「見たかいソラ?あれが互いに相談しなかった人達の末路なんだ。ああいう風にならないように、次からはちゃんと───」


 十郎とリンカにグリンの声は聞こえており、それぞれが不服を訴える。

「あっしはちゃんとしてやすよ?」

「私はちゃんとしてます!」


「うふっ、ぷっ…うふふっ…」

 二人の重なった言葉と様子を見て、ソラは肩を震わせながら、つい笑い声を漏らしてしまった。


「ご、ごめ…ふふっ、だってなんだか…っふふ、おかしくって…」


 ソラは帰った後もずっと表情は固く、張り詰めていたようだったが、ここでようやく笑顔を覗かせてくれた。

 ソラの笑顔を見たピィスも安心したように微笑んでいる。


 その様子に毒気を抜かれた十郎とリンカは、顔を見合わせると、互いに軽く溜め息をついた。

「まぁ、言いたいことはありやすが。ここらへんで止めておきやしょう、リンカさん」

「そうですね。…あっ!ジューロさん、お願いがあるんですけど」

「ん?なんでござんすかい?」


 まずは頼んでみるという事を、リンカは実践してくれるようだ。

 それは十郎から言い出した事だし、大人しく耳を傾ける。

「お風呂!用意してくれないですか?ソラちゃんも、ピィスくんも泥だらけだし…あと、ジューロさんもね?」


 十郎の場合、ゴブリンの返り血まで付いている。

「ふむ、確かに…。グリンさん、風呂を使わせて貰ってもよござんすかね?それとも、やはり村長さんにちゃんと許可を…」

 そうやって訊ねようとした時、グリンとは別の声が十郎に返事をした。ノーザン村長の声だ。

「ん?別にかまわんぞ?」


 グリンは背後から聞こえた声に驚くと、ビクッと尻尾を立てる。


「じ、じいちゃん!?驚かせないでよ…」

「常に嗅覚を研ぎ澄ませなさいと言っておろうに」

 村長はフンと鼻を鳴らし、ジト目でグリンを見据えた。


「えぇ…?っていうか、いつ帰ってきてたのさ?」

「ああ、丁度ソラが笑ってた頃くらいだな」

「そ、そうか…、ついさっきじゃないか。…ま!じいちゃんの許可も出た事だし、早速お風呂の準備をしようか」

「であれば、あっしも手伝いやす」


 席を立ったグリンに続き、十郎も席を立ち、一緒に行こうとしたが。グリンは村長に呼び止められる。

「グリン、お前は一度レンジャー隊に合流しなさい」


「えっ、それって後からじゃダメかな?」

「すぐに頼む。なぁに、風呂の準備ならワシがやっておくから」


「わ、わかった…。じゃあ皆ごめん、ちょっと行ってくるよ!」

「兄さん気を付けてね!」

「うむ、気を付けて行っておくんなせぇ」

 グリンは手早く支度を済ませると、レンジャー隊の元へ向かっていった。

 それを見送った後、十郎達もリンカやソラと別れて風呂場へと移動する。


「…では、風呂の準備に取り掛かるとするかな」

 村長が腰を伸ばすと、井戸から水を汲み上げ始めた。


「承知しやした。っと、このままだといけやせんね」

 十郎は上半身だけ裸になると、着物と手甲を三度笠に入れる。流石に汚れた服のまま風呂の準備してしまっては水を汚すからだ。


「僕も手伝うよ!」

「そいつは助かりやすが、疲れちゃおりやせんかい?」

「大丈夫!まかせて!」


「じゃあピィス、薪の用意をしといてくれ。もう割ってあるのがいくつかあるから、持ってくるだけでよい」

「うん、わかった!」

 ノーザン村長はピィスに指示を出し、その場を離れたのを確認すると、十郎に話し掛けてきた。

「…旅の方。今回のこと、本当にありがとう」

「あっしは大した事はなにも…」


 十郎も村長と共に水汲みを始める。

「いや、子供達の事はもちろんなのだが、それだけではなくてな。本当に危ない所だったのだ…」

「うむ?」


「……あのまま、もし一手遅れていれば。ゴブリン共に邪神を召喚されていたかもしれん」

「邪神?召喚…?」


 村長のする話は、十郎にとって全く聞き覚えのない言葉が次々と並べられるものであった───


 十郎達が集落跡地から村へ戻った後、レンジャー隊はゴブリンの残党を討伐する為に炭坑に入ったそうだ。


 ゴブリンを討伐しながら奥へ進んだところ…その最下層で、邪神を召喚する準備がなされていた痕跡を見つけたらしい。


 十郎はソラを助けに行った時の状況を、帰りにグリンや村長に説明していたこともあり。

 その話と照らし合わせて考えると、どうやらソラは生け贄として選ばれ、邪神に捧げられる寸前だったようで、間一髪の所でピィスと十郎という邪魔が入り助かった…と、村長は推測したようだ。


 結果論だが、ピィスの行動は村だけでなく、国にさえ悪影響を及ぼすものを未然に防ぐことになった。

 …のだが。それをピィスに話すのは…子供ながらに調子に乗らせてしまいそうで、聞かれたくない話でもあるとの事だっだ。


「成る程。あっしには、よく分かりやせんが。…つまり、この件は一件落着と捉えても大丈夫でござんすかね?」

「懸念もありますが、一応そうですな…」

 村長の言い方に含みがある、他にも何かあるのだろうか?


「懸念とは?」

「ゴブリンそのものに関して…ですな。連中は倒しても倒しても、どこからともなく突然発生して湧き出してくる。……いや、考え過ぎかもしれませんが」

「ふぅむ…」


 風呂に水を運び、どんどん溜めながら十郎は考えた。似たような話を、故郷でも聞いたことがある気がするからだ…。魑魅魍魎にまつわる話がそうだったか?

 もし、ゴブリンがその類いなら辻褄が合うような気がする。


 ならば、その解決法は…。十郎にも一つだけ、思い当たる節があった。

 しかしこの方法は…、ノーザン村長やグリンにとっては嫌な思いをさせ、苦痛になるかもしれない。


 村長にとっては息子の仇であることを、温泉でグリンに聞いて知っている。

 この提案をしたら、グリンにも反対されるかもしれないが…。

「村長さん、一つだけ…。失礼を承知の上での事でござんすが…」


「なんですかな?」

「ゴブリンを、供養してみやせんかい?」


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