【第1章】第5話

 所変わって、時は少しだけ巻き戻る───


 グリン家の敷地内、その一角にある掘っ立て小屋の玄関口。

 そこから、ジューロ達がお風呂の準備に取り掛かりに行くのを、リンカはソラと一緒に見送っていた。


 三人の背中が見えなくなった後、リンカが玄関の脇に置かれたリュックを持つと、ソラに声を掛ける。

「ソラちゃん、荷物はどこに置けばいいかな?ここだと邪魔になるよね」


「あっ、そうだね!えっと…じゃあ、こっち」

 そう言ってソラが部屋の中へと案内する。


 玄関から入ってすぐにリビングがあり、その奥にはダイニングとキッチンが一体型になっていて、そのダイニングに一つドアがあった。

 ソラがドアを開けて部屋へ入ると、リンカに手招きをする。


 ソラが案内してくれた部屋は、小ぢんまりとしていて、ガラス張りの小窓があり、朝日が入るような仕組みになっている。


 そこにベッドが一つ置いてあり、隣には机と椅子があって、それらと対面するようにキャビネットと本棚が備え付けられていて、寝室だと分かる。


 机の上にはランプと本が置いてあったが、それらをソラが片付けて、机の上に空きをつくると。

「お姉さん、荷物は適当に置いていいよ。ここも自由に使っていいからね?」

 そう言ってソラが椅子を引き、リンカに座るように促す。


「ありがとう!それと…ソラちゃん、私の事はリンカでいいよ?」

「えっ、…うん、分かった!よろしくね、リンカちゃん」

「こちらこそ、短い間だけどよろしくね」


 互いに改めて挨拶を終えると、リンカが机の隣にリュックを置いてソラに促されるまま椅子に座る。

 ソラもそれを見てからベッドにちょこんと座り、話を切り出した。

「あの…リンカちゃん」


「うん、なぁに?」

「大丈夫なの?あの時も、倒れそうになってたし…」

 ソラが心配そうに、リンカの顔を覗き込む。


「ん、ありがと!でも大丈夫、もう平気だよ?」

「そっか、でも無理しちゃダメだよ?あの変わった格好の、お兄さんも心配してたみたいだし…」

「ふふっ、そうだね…うん!今度は気を付ける」


 変わった格好のお兄さん…ジューロの事だろう。

 リンカは、母親が眠っているお墓の前でジューロと出会った時のことをふと思い返した。


 最初に出会った時の印象は…正直に言って、変な人だと思った。

 幽霊と間違われたことも、もちろん理由の一つではあるけれど、何より聞いたことがない言葉づかいと、見たこともない格好で、独特な雰囲気がそう感じさせた。


 イゼンサ村にいるリンカの友達…カモミルと話をした時に聞いたのだけど、それはジューロは異国の人だからだという…。

 装いと口調がおかしいことも、それで納得がいったし、実際に彼は獣人の事すら知らなかった。


 しかし彼はそんな状況の中…異国の人間にも関わらず、村の人達を助ける為、手を尽くしてくれたらしい。


 かくいうリンカ自身も、ジューロに助けられたことがあるし、リンカが村で看護をしている時も、カモミルと一緒になって精力的に手伝っているのを、リンカ自身の目で見ていた。


 そんな彼だからこそ、イゼンサ村での出来事…リンカ自身の処遇を巡った出来事を、ジューロ自身の口から聞かされた時、その話を素直に信じる事が出来たのだ。


 その恩返し…、じゃないけれど。しばらくイゼンサ村には近寄れないことも考えて、ジューロを王都まで案内することを申し出たのだった。


 そんな訳で十郎に同行しているリンカだったが…、実は、亡き母との約束を一つ破っている。


 《十六歳の誕生日を迎えるまでは、あの森から遠くに離れてはいけない──》という、母との約束。


 リンカは今年、十六の誕生日を迎えるのだが…その約束よりも早く森から離れてしまっていた。


 …でも人助けの為なら、きっと天国の母も許してくれる。

 そう思いながら決めたことでもあるけど、故郷でもある王都に帰ってみたい…久しぶりに友達に会いたい、という気持ちも少しあった。


「じゃあ私、そろそろお昼ごはんを作るけど。リンカちゃん、お昼まだなら用意するけどどうかな?」

 ソラがベッドから立ち上がり、リンカにそう言うとキッチンに向かおうとドアに近付く。


「えっと、私は大丈──」

 リンカが断ろうとした時、クゥ~…とリンカのお腹が鳴る。

「うぅ…」

 お腹は正直なもので、その気恥ずかしさからリンカは顔を赤く染めた。


 それを見て、ソラが微笑む──

「あはは、私もお腹ペコペコだから同じだよ、遠慮しないで一緒に食べよ?」

「でも悪いよ、材料だってタダじゃないでしょ?私のことは気にしないで、ちゃんと携行食だって持ってるから」


「それはそうかもだけど…食材だって腐らせる方が勿体ないもん、それに…グリンさん達の分も作るつもりだったから気にしないでいいよ、二人増えるくらいどうってことないし」


「ん、…じゃあ、せめて私にも手伝わせて?」

「えっ?でも、リンカちゃんは休んでた方が…」

 どうやらリンカの事を心配してくれているようだ。

 ソラは頭部の耳をペタリと寝かせ、不安そうな顔を見せている。


「ううん、何か手持ち無沙汰になると落ち着かなくて…何かしてた方が気分転換にもなるし、それに料理を作るのは好きだから」

「そっか…それなら一緒に作ろ!」


 ソラの表情に笑顔が戻り、リンカもつられて笑顔になる。

「うん!…ところでソラちゃん、何を作るの?」


「シチューを作るつもりだよ」

「シチューかぁ、味付けはどうしよっか?リュックにいくつか調味料と食材のストックがあるから、良ければそれも使って?」


「えっ、でもいいの?王都に行くなら、まだ距離があるよ…持ってた方がいいんじゃ…」

「ふふっ、そこは心配しなくて大丈夫!それに…せっかくだから美味しく作って、皆を驚かせたくない?」

「うん!」


 キッチンに入り、リンカとソラが早速料理に取り掛かる。

 掘っ立て小屋にしては、立派な煙突付きの竈が備え付けられており、設備や調理器具はキレイに使われていて、とても大切にしているのが分かった。


「すごい…ちょっとした厨房みたいだね」

 リンカが思わず感嘆の声をあげる。


「うん、グリンさんに聞いた話だけど…ここって元々は村長さんが最初に住んでた家らしいの」

「へぇ~!村長さんも料理するのかな?」


 ノーザン村長を見た時は厳格な印象を受けたが、もし料理好きなら親近感が湧きそうだ。

「う~ん、お祖母ちゃんがいた頃…って言ってたから、その人が使ってたのかも?…あっと、火を起こさなきゃ」


「そ、そっか…あ!ソラちゃん、火を起こすのは私に任せて!」

 そう言って、リンカは竈の前で屈むと、指先に意識を集中させる───


 ソラが不思議そうに様子を見ていると、ポフッ…という音と共に、リンカの指先に小さな火がともった。


「わぁ~っ…リンカちゃん凄いね!?魔法が使えるの?」

 リンカが魔法で薪に火をつけるのを、ソラは目を輝かせながら見ている。


「えへへ、ちょっとした魔法ならね?」

「いいな~、私も魔法が使えたらなぁ…火加減とか自由にできそうだし」


「ふふっ、そうだね!あっ、なら後で教えてみようかな?魔法」

「えっ!?いいの?…嬉しいけど、獣人って魔法を使うのに向いてないって聞くし…」


「ん~、そう言われてるみたいだけどさ、チャレンジしてみるくらい良いんじゃないかな?」

「そ、そうかな?…私もやってみたい!」


「うん!でもその前に、料理を作り終わらせちゃお?」

「はーい!」

 二人は軽い談笑を交えながらも、テキパキと料理を作っていくと、時間はあっという間に過ぎて、シチューが完成した。


「ちょっと張り切り過ぎちゃったかも…」

 そう言ったのはソラだった。

「ごめんね…私も少しテンション上がっちゃって…」

 リンカも申し訳なさそうに言う。


「だ、大丈夫!皆でなら…たぶん、食べきれるから…」

「…そ、そうだよね、まずは皆に声を掛けにいこっか!」

 何はともあれ食事の用意は出来た。

 ちょっと作りすぎたけれど、それはそれとして気を取り直して、お風呂を準備している三人に声を掛けに行くことにした。


 ソラに案内されて、屋敷の横にある風呂場までやって来ると、そこではピィスが火の番をしていて、お風呂を沸かそうとしている所だった。


 そんなピィスが、いち早くリンカ達が来た事を察知したようで、先に声を掛けてくる。

「あれ?どうしたの二人とも、お湯が沸くのはもう少し時間がかかるよ?」


「ピィスくん!お昼ごはん出来たから一緒に食べよ?」

 ソラが食事に誘うが、ピィスは首を横に降った。

「ごめん、僕は後で貰うから。先にお湯を沸かさないとさ、火をつけるのって大変だから…」


 火元を離れる時は当然、消火してから離れる。

 つまり戻ってきた後、再びお湯を沸かす為に点火しなければならないのだが、点火するのは時間が掛かるし…難しい。

 どうやらピィスは、その心配しているようだ。


「大丈夫だよ、私ならすぐに火を起こせるから先に食べちゃおう?」

「…えっ?どういうこと?」


「ふっふっふ~!実は私、魔法が使えちゃうのです」

「えっ?なにそれカッコイイ!本当に魔法…使えるの!?」

 ピィスもソラと同じように、興味津々といった様子で目を輝かせる。


「本当だよ~?ねっ、ソラちゃん!」

「うん!だからピィスくん…先に食べよ?せっかくのシチューが冷めちゃうし」


「えっ?シチュー!?……分かった!ちょっと待ってて」

 ピィスは言うが早いか、お風呂に蓋をすると、炉についていた火を消した。


「これで大丈夫!じゃあ、お昼ごはんにしよ!」

 そんなピィスの様子を見ていたソラが、思わず吹き出しそうになっていた。


「もうっ!ピィスくんってば…そんなにお腹すいてたの?」

「そりゃ、もちろん!それに僕の好物だしさ…って、ソラも知ってるくせに」

「ふふっ、うん!知ってる」


 そんな二人のやり取りを微笑ましく見守っていたリンカだったが、ジューロとグリンの姿を見掛けてないことに気が付く。


「あっ、ピィスくんに聞きたいんだけど、ジューロさん達はどこかな?」

「二人とも温泉に行ったよ?二人が来るちょっと前だけど…入れ違いになったのかも」


「そうなんだ…うーん、後でもいっか!」

 温かい内に食べて欲しかったけど、行ってしまったのなら仕方ない。


「?お姉さん、何か用があったの?」

「ちょっと作りすぎちゃって、皆にも食べて貰おうって思ってたんだけど」

「私も…リンカちゃんと一緒に料理するのが楽しくて、つい…」

 リンカとソラが申し訳なさそうにしながら互いに照れた。


「そ、そっかぁ…それだったらさ、じいちゃんに少し持っていくよ!たぶんまだ食べてないだろうし」

 ピィスがそう言って、屋敷の方へ駆けて行く。


「先に行って待ってて!じいちゃんのお皿とか持ってくから!」

「あっ、ピィスくん──!」

 ソラが返事をしようとするよりも先に、ピィスは屋敷の中に入っていってしまう。


「ソラちゃん、先に行って用意しとこっか?」

「そ、そうだね、もー…食器くらい置いてあるのに…」

 ソラがほっぺたを膨らませて、少し拗ねたように言った。


 二人はピィスが屋敷へ戻った後、掘っ立て小屋に戻ると三人分の食事を用意を始める。


 ピィスはというと、屋敷から持ってきた食器にシチューを注ぐと、踵を返してまた屋敷に向かい、忙しなく往復し…。しばらくしてから、ようやく帰ってきた。


 三人が揃ってテーブルにつくと、精霊への祈りを捧げ、食事を摂りはじめる。

 ピィスは本当にシチューが好物のようで、夢中で食べており、それをソラも嬉しそうに眺めていた。


 ───そんな二人を見て、リンカは不思議に思うことがある。


 二人とも少し茶目っ気はあるけれど、面白半分で危険を冒すイメージがどうしても湧かなかったのだ。

「少し気になったんだけど…、どうして二人は森に出てたの?」


 何気なく、リンカは自然と疑問を口にしていた。


「えっと…」

 話していいものか迷っているようで、ソラは口ごもっている。

「僕が話すよ!ソラも一緒に行こうって誘ったの僕だし、…実はね」


 そんなソラを見て、ピィスが代わりに事のあらましを説明を始める───


 ソラは元々、コザラ谷にある集落の住人だったらしく、その昔…集落がゴブリンに襲われた時に、両親とはぐれたソラを、ピィスの父親が保護して連れて帰ったらしい。


 それ以来ソラは、ラサダ村でずっと両親を待っているものの、音沙汰は全くなく。

 集落の住人たちも王都に逃げたそうだが…、その後どうなったか未だ不明なのだそうだ。


 そこでピィスが、ソラの両親や…そこの住人に繋がる手掛かりがあるかもしれない!と思い立って、ソラを連れてコッソリとコザラ谷を探索しに行ったらしいのだけど。

 コザラ谷に向かう途中、ゴブリンに見付かって襲われた…とのことだった──


「なるほど、だから村の外に出てたんだね…」


 ピィスの話を聞いたリンカは、少女が居候だと言っていたことを思い出す。

 ソラがグリン達とは違うタイプの獣人ということには気付いていたし、複雑な事情を抱えていそうなことも、何となく察してはいた。


 獣人もいろいろ細分化してて、ソラは【ラト族】という猫の特性を持つ種族であり。

 一方で、この村の人達は【ウル族】という犬の特性を持つ種族たちだ。

 彼らは同じ獣人ではあるが、村や集落を作る際は、同じ種族同士で形成していることがほとんどで、同じ場所に住むことは滅多にない。


 しかし【ラト族】のソラが、この村に住んでる理由…そして、ピィスとソラが村の外に出た理由がピィスの話でよく分かった。


「でも、今度からはグリンさんに相談した方がいいよ」

「だって兄さん、いつも忙しそうにしてるし…」

 ピィスは視線を落とし、ポツリと呟(つぶや)く。


「グリンさんのことはあまり知らないけど、迷惑には思わないんじゃないかな?二人に何かあったら、それこそお兄さん、悲しむんじゃない?」


「そうかな…?うん、そうだね!今度行くときは相談してみるよ」

「…え!?」

 その言葉を聞いて、驚いたのはソラだった。


 ピィスの方に視線を向けたまま、目をパチクリさせて固まっている。


「あ~…やっぱり、また行くつもりだったんだね…」

 リンカも思わず苦笑いを浮かべた。

 ソラが驚いているのだってそうだろう、危険な目に遭ったばかりなんだから。


「…あっ!」

 状況が分かったようで、しまった!といった風にピィスが自分の口を塞いでいる。


 …どうにも素直な反応に、リンカは思わず笑みを溢してしまっていた。

「ふふっ…でも、ちゃんと相談するなら良いと思うよ?それと、あまり落ち込まないでね。私だってジューロさんやソラちゃん達にも心配かけたりしたし、あんまり人のこと言えないから」


 そんなこんなで雑談を交えつつ、三人で団欒の一時を過ごしながら食事をしたのだった──



「ごちそうさまでした!…それじゃお風呂、沸かしなおしてくるね!」

 そう言ってピィスが席を立ち、お風呂場に向かおうとするのをリンカが引き留めた。

「あっ、待ってピィスくん!私が魔法で沸かせるから、大丈夫だよ?」


「あっ、そうだったね!忘れてた…じゃあ、そっちはお姉さんに任せようかな?僕は食器を洗っておくから二人は入っておいでよ」

 そう言うとピィスは食器を集め、手際よく洗い始める。


「じゃあ私も!」

 それを見たソラが一緒に…と、手伝おうとしたのだが、ピィスがそれを止めた。


「大丈夫!こっちは僕がやるから、ソラもゆっくりしてきて?それと……、今日は怖い思いさせてごめんね…」

「そ、そんなこと」

「あと、シチューありがとね!美味しかった」

 ピィスはそれだけ言って、洗い物に再び集中し始めた。


「ソラちゃん、ここはピィスくんの言葉に甘えてもいいと思うよ?」

「う、うん!じゃあリンカちゃん、着替え…持ってこよっか」


 二人は寝室に移動し、それぞれの荷物から着替えの準備を整えて、早速お風呂に向かおうとすると。

「いってらっしゃ~い!」

 と、洗い場の方からピィスの声が聞こえてきた。


「「いってきま~す!!」」

 リンカとソラが声を合わせて返事をすると、二人は小屋を後にし、お風呂場へと向かうのだった──


 お風呂場に来てから、まずリンカは脱衣所に荷物を置くと、温度を確認するため、先に浴槽をチェックしていた。

 …それなりに温まっているようで、少しだけ熱してやればすぐにでも入れそうだった。


 リンカが魔法で炉に火を入れ、お風呂を沸かすと脱衣所にいるソラに声を掛ける。

「ソラちゃん、意外とすぐに入れるかも!」


 ───しかし、ソラからの返事がない。


 不思議に思ったリンカが脱衣所に入ると、そこでソラは呆然として立ち尽くしていた。

 脱いでいる途中だったのか、上半身だけ肌を露にしたまま、顔は青ざめている。


「そ、そんな…どこかで落としちゃったのかな…でも…」

 ソラは震える声でそう呟いていた。


「…ソラちゃん?どうしたの?」

 リンカが改めて声を掛けると、ビクッと体を震わせ反応する。

「えっ、あのっ…な、なんでもないです…」

 なんでもない様子にはとても見えない。


「私で良ければ、話してみてくれないかな…?無理にとは言わないけど、…心配だよ」

 ソラはリンカの言葉を聞いて、少し逡巡するが、ポツポツと話し始めてくれた。


「…リボンが失くなってて」

「リボン?」


「うん…私が小さい頃、ママに貰ったものなの…いつも尻尾に付けてたんだけど…」

 ソラは脱衣所に来てから、身に付けていたリボンが無いことに気付いたらしい。

 リンカも自分の記憶を辿って思い返してみるが、ソラと出会った時には、既にリボンはしていなかったように思う。

 だとすると、リンカと森で会う前に、どこかで失くしているということになるが…。


「どうしよう…あれがないと、ママは私の事…気付いてくれないかも…」

 ソラは目に涙を溜めて、唇を震わせている。

 それを見たリンカは、胸を締め付けられるような気持ちになっていた…。


 ソラの気持ちが良く分かるからだ───


 リンカは自分の手首に付けた腕輪を、無意識の内に摩っていた…。

 この腕輪はリンカの母親が遺してくれた、いわゆる形見というものだ───


 五年前の誕生日に母親に贈られたもので、いつも身に付けているようにと言われていた。


 もし、自分がそんな大切な物を失くしたら…正気を保っていられるか分からない。

 きっと取り乱すと思うし、今まさにソラの置かれている状況がそれなのだ。


「…落ち着いて、ソラちゃん」

 ソラを落ち着かせようと、彼女の震える肩に手を置いて目線を合わせると、そう声を掛けた。

 落ち着かせることなんて簡単には出来ないかもしれない、それでも今はソラに声を掛け続けるしかない。


「グリンさんとジューロさんが帰って来たら、相談してみよ?…それに、グリンさんなら物探しは得意だと思うから、…きっと大丈夫だよ」


 グリン…というより【ウル族】なら、その嗅覚で探し物を見付けるのは得意のはずだ。


 ソラは涙を拭うと、一呼吸を置いて、少しだけ…ほんの少しだけだが落ち着きを取り戻したように見えた。

「う、うん…ごめんね、リンカちゃん…取り乱しちゃって…」


「…気にしないで、私も同じことになったらきっと、冷静じゃいられなくなると思うから…リボン探しは私も手伝うよ、まずはグリンさん達の帰りを待とう?」


「ありがとう、リンカちゃん…あっ、お風呂!冷める前に入ろ!」

 強い子だと思った…でも、心が不安で一杯なのも見てとれる。


 リンカはソラに促されるまま一緒にお風呂に入ると、持ってきていた小瓶と石鹸を取り出しソラに渡した。


「あっ、そうだ!ソラちゃんコレ使ってみて?私が作ったシャンプーと石鹸なんだけど…どうかな?」


 このシャンプーと石鹸はリンカが作ったもので、気持ちを落ち着かせる香料が混ぜてある。

 気休めでしかないけど、リンカに出来る事は…今はこれくらいしか思い付かなかった。


「…使ってもいいの?」

「ん、もちろん!」

「ありがとう…不思議な香りがする、良い匂い…」


「ふふっ、気に入ってくれると嬉しいな?あっ、背中も流してあげるよ」

「じゃあ、私もリンカちゃんの背中流してあげるね?」


 ソラは空元気を見せているが、出来れば一刻も早く…心から安心させてあげたいと思った。


 ソラのリボン探し───


 まずはグリンに相談しよう、そして村長に反対されるかも知れないけど、探し物が見付かるまではソラの傍にいてあげたい。


 リンカは、ソラと一緒にお風呂に浸かりながら、そんな考えを巡らせるのだった───

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