【プロローグ】最終話
二つある奇妙な月明かり──
深い森の中。
十郎は黙々と歩みを進めている。
エプロンドレスのような衣装を纏った美しい少女を、旅装束で身を固めた男が背負い、森の奥へと向かっている。
端から見たら人攫いに見えるかもしれない…いや、人攫いで間違いないのだろう。
どうすれば正しかったのか、十郎には分からない。
後悔は頭の中で渦を巻く、過去に戻りたい…等という思いさえある。
だが、そんな思考は時間の無駄だ。これから先をどうするか、それに活かせばいいだけなのだ。
親分からかつて、そのように諭されたことがある。
それは頭では分かっている──
しかし人は、そう簡単に割り切ることが出来ないものだ。
十郎は無駄な思考を続けていたが、滝の音が聞こえてくると、ようやく我に帰ることが出来た。
(リンカさんと出会った場所が近いようでござんすね)
滝の音を頼りに歩みを進め、大木から滝が作られている場所へと辿り着いた時、十郎は異変に気が付いた。
妙に明るい…月明かりだけのせいではない。
その場所そのものが、うっすらと発光しているような気がする。
そして、それに呼応するように、リンカの身に付けている金色の腕輪が光っていることに気付いた。
…最早、驚きはしまい。
異国は不思議なことが溢れている。
これもよくある事なのだろうと、すぐに頭を切り替えた。
なんにせよ、ここまで来ればリンカの家まで後少しだ。
今度はリンカを追った記憶を辿り、さらに奥へと足を踏み入れる。
リンカの腕輪が光り、道を照らしていることもあって、家まで迷うことなく到着することが出来た。
「夜分遅く失礼しやす、どなたかいらっしゃらねぇか?」
誰か他にも人がいるかもしれないと思い、念の為に扉を叩き挨拶をする。
だが返事はなく、人の気配もない。
十郎が扉を確認すると、どうやら鍵は掛かっていないようで、入ることが出来るようだ。
女性の家に無断で入るのは抵抗があったが、未だに肝心のリンカは起きる気配がない。
心配になるくらいグッスリと眠り続けている。
「すまねぇが、入らせて頂きやす。ごめんなすって…」
リンカをこのままにするワケにもいかず、家に踏み入ることにした。
まだ腕輪はぼんやり光っていて、少しだが内装が分かった。
外観こそ樹に包まれたような奇抜な家だが、普通の民家のように壁も床も人の手で作られたようなもので、家具もバジール夫妻の家で見たような物に近かった。
「おっと、肝心してる場合じゃござんせんね」
とりあえずリンカを横にしてあげたいと思い、寝室を探してみる。
家はそこまで広くなく、寝室と思われる部屋もすぐに見付けることができた。
ゆっくりとリンカをベッドに寝かせ、布団を掛けると十郎はさっさと外に出る。
改めて考えると酷い状況だと思えたからだ。
女の子が一人寝ている部屋に、大の男…しかも渡世人が居るのはどう考えても異常だろう。
…とにかく、それでも無事に彼女を帰すことはできた。
後は、彼女の目が覚めたら、これまでの経緯を説明すればいい。
不安は拭えないが、今できることはやれたはずだ。
ふと空を見る、二つの月明かりと雲一つない夜空がひろがっており、雨の心配はなさそうだが、念のため軒下を借り、道中合羽にくるまると目を瞑る。
このまま起きていても、頭の中がまたごちゃごちゃしてくるような気がしたので眠ることにした。
意識を沈めて、幾ばくか──
目を閉じていても明るさを感じることができる頃、十郎に声がかかった。
「…ジューロさん、ジューロさん!」
リンカの声だと分かり、ゆっくりと目を開ける
「リンカさん?おはようござんす…」
「あっ、おはようございます!…じゃなくて!あのっ、色々と聞きたいことがあるんですけど」
そりゃあ当然だろう。
まずリンカが家に帰っていることと、十郎がここにいること。
これだけでも彼女にとっては訳が分からない状態のはずだ。
「でも、その前にこれをどうぞ。温まりますから」
リンカが湯気の立っているカップを差し出してくる。
十郎はそれを受け取り中身を見た、飲み物であることは察せられたが、この落ち着くような香りは…初めてだ。
「ありがとうござんす」
口に運び、飲んでみる。独特の風味だが悪くない、お茶の一種なのだろう。
そしてリンカが言っていたように、体を暖める効果もありそうだ。
ゆっくりと飲み干し、一息入れる。
彼女に、これまでの事を話しておかねばならない。
「…リンカさんに、お話しておきたいことがありやして」
「えっ?あの…」
「恐らくはリンカさんが聞きたいこと、この状況に関わるものになりやす。よろしいでござんすか?」
十郎の態度で何かを察したのか、リンカが少し考える様子を見せた。
「ここだと冷えますから、家に上がりませんか?」
「女性だけの家に上がるってのはちょっと…話なら、ここでしやしょう」
「私が良いって言ってるんです、それとも私にも寒い思いをして欲しいんですか?」
「いや、そういう訳じゃ…」
「じゃあ入りましょ!」
そう言うが早いか、リンカが家に入っていく。
気は進まないが、話をしない事には去ることもできない
十郎もリンカの後に続いて、再び敷居を跨ぐことになった。
部屋に通されると、リンカに促されるまま席に着く。
夜に入った時には気付かなかったが、テーブルの上に花瓶があり、大木の滝で彼女と出会った時に持っていた花束が生けてある。
「ジューロさん、お腹すいてません?朝食とか一緒に」
「いや、ご厚意はものすごく有難てぇんだが。先に話をさせて頂きてぇ」
これ以上、厄介になるのは避けるべきだ。
ただでさえ切り出し難い話をしなければならないのに、世話になってしまっては、こちらの心が潰れてしまう。
「ん、分かりました。それなら先に聞きます」
リンカが十郎の正面に座ると、こちらに耳を傾けるよう姿勢を正す。
「かたじけねぇ…」
しかし、いざ話すとなると、どこまで話せばいいのか…。
変に誤魔化しても、今度はバジール夫妻や他の村人達が苦労するだけかも知れないし、それに誤魔化しながら上手く話せる程、十郎は賢くはないことを自覚している。
だから十郎は、これまでの経緯を正直に話すことにした────
リンカが魔女、魔族と疑われていること。
決して悪意があるわけではなく、彼らは臆病なだけであるということ。
バジール夫妻を始めとして、リンカを心配し、助けようとした村人達もいること。
落ち着くまで、リンカには村に来ないようにしてもらうこと等…。
────これを簡潔に彼女に伝えた。
「すまねぇ、こうなったのはあっしの責任だ。あっしが余計な事を伝えなければ、リンカさんは村に来ることもなかったかもしれねぇ。リンカさんが村に来ることがなければ、村長さんもこんなことは考えなかったかもしれねぇ。本当に、申し訳ねぇ」
十郎は深く頭を下げる。
許されなくても文句は言えない、だが何か出来ることも思い付かない。
「あの…ジューロさん、頭を上げてください。話は分かりましたから…」
十郎は動けなかった…。
申し訳ないという気持ちも強くあるのだが、何よりリンカに顔向けできない…彼女の顔を見るのが恐ろしく感じる。
情けない話だが、手前勝手な都合で顔を上げれなかった。
「私は大丈夫ですから、お願いだから顔を上げて…?ねっ?」
その言葉で顔を上げ、リンカの顔を見る。
彼女の瞳が寂しそうに、そして哀しそうに揺れていた、彼女も動揺しているのは一目で分かった。
「それに、私が魔族なのも半分は当たってますし」
「半分?」
「ええ、私は魔族とのハーフなんです。どうやらバレバレだったみたいですけど…」
(魔族とのハーフ?)
十郎は首をかしげる。
こうした専門的な話を十郎は、今一つ理解が出来なかった。
異国の事情なんて知るすべもないのだから、仕方ないのかもしれないが。話の流れから察するなら、あまり良いことでもないのだろう。
「村を混乱させたのなら、秘密にしてた私が悪いんです。だからジューロさんは気にしないでください…」
今いちばん傷付いているのはリンカ自身だろうに…。
そんな彼女がこちらに気を遣っている事が伝わってくる、それを十郎は恥じた。
「お心遣い、痛み入りやす。しかし、先ほど伝えたようにリンカさんの事を案じてる者もおりやす」
彼女にはバジール夫妻を始めとして味方はちゃんといるのだ。
少しでも気休めになればと思い、十郎が説明を続ける。
「リンカさんの事は、あっしが拐ったことにしておりやす」
「…えっ!?私、拐われたんですか?」
「む??いや、そうではありやせんが、そうなっておりやす。なので、リンカさんには暫くここで身を潜めて頂きたいので」
時を待ち、騎士団が村から去った後のことも説明する。
「窮屈な思いをさせてしまいやすが…機を見て、あっしから上手く逃げてきた。という事にすれば、後はバジールさん達が上手く立ち回ってくれる手筈となっておりやして…、これが今の状況でござんす」
そういう段取りでバジール夫妻と話をつけていた。
これなら、リンカの処遇も有耶無耶にすることが出来ると考えてのことだ。
とにかく、十郎はリンカに説明できることはした。後はリンカがどう判断するかだ。
十郎の処遇については彼女次第だろう、納得がいかず、彼女から責任を求められれば、それに応えるつもりだし
この提案に乗ってくれるのであれば、十郎もお役御免でここから消えるのみだ。
十郎はリンカの返答をじっと待つ。
数秒だったか数十秒だったか、しばらくリンカが考えた後、ようやく口を開いた。
「…カモミルくんから聞いたんですけど、ジューロさんはこの後、故郷に戻るんですよね?」
「一応、そのつもりではありやすが」
もちろん、故郷には戻りたい。
しかしリンカが人手を必要とするなら、十郎も出来る限りの事をするつもりだ。
「アテはあるんですか?」
「王都に向かえば手掛かりがあるんではないかと言われやして。まずは、そこに向かおうかと」
「王都…ビアンドですか?」
「確か、そんな名前でござんしたね」
「えっ?あの…ここからかなり距離がありますけど。ちゃんと場所は分かります?」
「まぁ、方向だけなら」
「方向って…」
それを聞いたリンカが再び沈黙し、思案している。
十郎は何故そのような質問をされたのか理解できなかったし、今は彼女の言葉を待つしかなかった。
「なら、私も一緒に行きます」
「…ん?何と?」
「王都ビアンドは私の生まれ故郷なんです、お母さんとこっちに来る前、そこに住んでたんですよ?」
場所を知らない十郎にとって、それは有難い申し出なのだが、それはリンカに利がない。
恐らくは彼女が気を回してくれた提案なのだろう。
「村にはしばらく行けないですし、それなら私も少しの間、故郷に帰ってみようかなって」
「ちょっと待っておくんなさい!ご両親がいらっしゃるのであれば、リンカさんだけで決める訳にはいかねぇでしょう。そこは相談しなければいけねぇ。リンカさんのご両親はいつ戻られやすかい?」
「お父さんは物心付く前からいないんです。お母さんなら、三年程前に亡くなりましたから…」
リンカが目を伏せ、淡々と語る。
「ッ…申し訳ねぇ!こいつはとんだ失礼を」
十郎は再び頭を下げる。
「いいんです、気にしないでください。亡くなってから三年ほど経ちますし…、久し振りに故郷の皆に会ってみたいのも本当なんですよ?お母さんとの思い出を振り返るのもたまには良いかなって、道案内は…そのついでですから」
彼女はそう言うと微笑み掛ける。
「でも、私も一人旅じゃ不安ですから。ボディーガードお願いしますね、ジューロさん」
十郎は、どう言葉を発していいのか分からなくなった。
しかし…ほとぼりが冷めるまで、彼女をここから遠ざけるのは決して悪くないようにも思える。
時が来たら、彼女を再びここまで送れば良いのかもしれない。
どうにも自分の都合になっている気がするが、それでも彼女の事は最後まで責任を持とうと心に決めた。
故郷に戻るのは最後だ、リンカの一件が無事に落着させ、それを見届けてから帰るのだ。
「…承知しやした。こちらこそ、よろしくお願い致しやす」
「じゃあ、決まりですね!すぐに準備するので待っていてください!」
「分かりやした、お待ちしておきやす」
そうして言われた通り、素直に待っていたのだが、この時リンカが言った準備というのは出発ではなく、朝食のことだったようで…。
テーブルの上に食事が並べられ始め、十郎は面食らったのだった。
朝食を終えると、リンカが旅支度を始める。
かなり距離があるとの事だったが、リンカの旅装束は簡素なものだった。
道中合羽に頭巾が一体化したようなもの(ローブと言うらしい)と、杖が一本に、背負い袋(リュックと言うらしい)だけであった。
リンカが言うには、魔法道具(マジックアイテム)というもので、見た目よりも沢山持ち物を入れる事ができる優れものらしい。
そのリュックについては、十郎が請け負うこととなった。
せめて、そのくらいはさせて欲しいと願い出たからだ。
準備も整い、いよいよ王都に向かおうという矢先、リンカに一言相談される。
「出発前に、寄りたい場所があるんです。いいですか…?」
「もちろん、断る理由がございやせんよ。して、何処に寄りたいのでござんすか?」
リンカの手元に、テーブルに飾られてた花束が握られていることに気付く。
「あの大木の、滝が出来ている場所でござんすね?」
「…そうです!よく分かりましたね」
「初めて会った時、その花束を持っていることを思い出しやして…あの石碑、いや、お墓でござんすかね。そこへ行きたいのかなと」
「はい、最後にこれを供えておきたくて」
「承知しやした、参りやしょう」
リンカと共に、あの不思議な雰囲気の場所へと向かう。
思えば、あの場で出会わなければ、彼女はこんな思いをしなくて済んだのかもしれない。
十郎は申し訳ない気持ちを抱えながら、目的の場所まで到着するのだった───
目的の場所へ到着すると、リンカは早速お墓の前に行き、花束を添え、手と手を組み合わせ目を瞑り、祈るような仕草を見せる。
十郎もリンカの後に付いていき、その様子を静かに見守っていると、彼女が小声で何か言っていることに気付いた。
「お母さん…ごめんなさい…。私…約束……」
全てを聞き取ることは出来なかったが、言葉から察するに、母親のお墓であることは間違いないようだ。
十郎もリンカに倣い、手を合わせて黙祷する。
(リンカさんの母上、申し訳ありやせん。あっしの不手際で娘さんが被害をこうむるかもしれねぇ。しかしあっしはそうならねぇよう、最後まで最善を尽くすことを約束致しやす…)
滝の音こそ聞こえるものの、落ち着いた雰囲気もあり、しばらく黙祷に集中していた。
お墓に向かい誓いを立て終え、目を開く。
リンカの様子が気になり、視線を向けると、彼女は既にお参りを終えていたようで、不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「リンカさん、無理をしておりやせんか?」
十郎から声を掛けた、お墓に向かって呟いてたリンカの不安そうな声が聞こえていたからだ。
「…!ふふっ、優しいんですね?ジューロさん」
「それは答えになっておりやせんよ」
彼女はどうにも他人を気に掛けすぎるように思う。
出会ったばかりではあるが、そこがどうにも心配になった。
「心配しなくても、私は大丈夫ですから!」
(そう、きっと大丈夫なんです…)
「分かりやした。でも、もし、あっしで力(ちから)になれる事があるなら、いつでも言っておくんなさい。微力ではござんすが、出来る限りの事はしてぇ。それに頼み事をしてくれた方が、あっしも気が楽になりやすから」
「ふふっ、頼りにしてます」
どうにも、はぐらかされている感じが拭えないが、あまり深くは詮索はしない…というか出来なかった。
「それじゃ、そろそろ行きましょうか!ジューロさん」
「もうよろしいので?」
「ええ、お墓参りは、また来ればいいんです」
「左様でござんすか、その時には改めて線香の一本でも供えやしょう」
異国に線香があるかは分からないが、もし手に入ったなら…リンカを無事に帰した後、改めてここに挨拶に来ようと思った。
「せんこう…?」
「あぁ、こっちの話でござんす。では、改めて道中よろしくお願い致しやす」
「はいっ、こちらこそ!しっかりと付いて来てくださいね!」
リンカがそう言うと、くるりと回り、背を向け先に進み始める。
その背中と歩みからは、小柄ながらも彼女の芯の強さが見えるような気がした。
十郎は最後に、お墓に振り返ると一礼だけして、リンカの背中を追うように進み始めるのであった。
故郷の手掛かりを求め、王都ビアンドに向かって────
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