【プロローグ】第11話

 コンコンコン───

(音が聞こえる…扉を叩く音か…?)


 十郎は長脇差を抱えたまま、素早く身を起こす。

 窓から空を見ると星空が広がっていて、まだ朝でないのは分かる。

「どちら様でござんすか?」


 十郎が扉へ向けて声を発すると、声が聞こえた。

「ジューロさん、こんな夜中にすまない…」


 声質からバジールだと分かったが、普段よりも声を抑えているようだ。

 彼は夜だからといって、声を抑えるという人ではないように思う。だからこそ嫌な胸騒ぎがした。

「バジールさん、開いておりやすよ。いかがされやした?」


 十郎の返事を受けて、バジールが扉を開き入ってくる。

 月明かりが少し射し込んでくるが、光の加減から灯りも持たずに来たのが分かる。

「失礼、どうしても話さなければならないことが出来てしまって」


 そう言うとバジールは入ってきた扉の方にチラリと視線を向ける。

 良く見ると、もう一人…誰かが付いてきているようだ。


「ほら、ちゃんと入って話そう。恩人を裏切るような真似はしたくないだろう?」

「うぅ…、そうですね…」

 外から声が聞こえ、おずおずと一人の男が入ってくる。

 月明かりのおかげで顔は認識できた。


 その男は、墓場近くで村長と話をしていた村人の一人だった。

 男は十郎と目があった瞬間、膝を付き頭を下げる。

「申し訳ありません、ジューロ様!」


 それに倣うようにバジールも同じように膝を付き、こちらに頭を下げてくる。


 いきなり頭を下げられても何と返せばいいのか…、その理由が一切何も見えてこない。

「い、一体なんでござんすか!?」

「リンカさんを…引き渡すことなりまして…」


「んん?…は!?」


 ───引き渡す?

 あの墓場で何かを画策していた時の話だろうと理解できた。

 しかし、その件は取り止めにしてくれるという話で決着したのではなかったのか?


「すみません!すみません!すみません!」

「すまない!ジューロさん!」


「いや、怒ってはおりやせんから。どういうことか説明しておくんなさい」

 刃物を持っている人間の怒りを買うかもしれない危険があるにも関わらず、彼らは正直に話に来てくれたのだ。


 その心持ちを無下にしたくはないし、なぜそうなったのか理由はしっかり聞いておきたい。

 まぁ…、全く怒ってないと言えば嘘になるが、危害を加えるつもりもない。


 敵意は無いことを示すため、十郎は長脇差を部屋のすみっこに置くと、二人を部屋に招き入れ男が落ち着くのを待つ。

 少しの間を置いた後、落ち着きを取り戻した男が事情を話し始めてくれた───


「見ての通り村はボロボロで逼迫していまして…早い話がお金が必要なんです…」


「うむ、確かそういう話をしておりやしたね。しかしその件は納めてくれると…」

「えぇ、ですが、もう一つ問題がありまして。彼女が魔女…もしくは魔族だったことなんです、どうにもそれを放っておくワケにはいかないとの判断で…」


 彼らが言う魔女だの魔族だのの話は、未だにピンと来ない。

 異国では当たり前で基礎的な知識なのかもしれないが、十郎にはさっぱりなのだ。

「うーむ、あっしはその話よく分からないのでござんすが…」


「魔族は厄災を呼び寄せる、そういう伝承があるんです」


「うぅむ?しかし彼女を見る限り、そうは考えられねぇが…何か証拠でもあるので?」

「…はい、実は村長に言われて準備した料理にある豆を入れたんです」

「豆?」

 男が懐から袋を取り出すと、その中身を見せる。

 袋の中には乾燥させた大豆のようなものが入っていた。

 その豆に十郎は確かに見覚えがある。

 あの場で料理の一つとして並んでいたもので、十郎もそれを口にしているからだ。


「これは光豆というもので…人間には害はなく、魔女や魔族が口にすると泥酔すると言われています」


 なるほど。

 そういえば、あの時リンカは完全に酔っ払っていたし、酒の臭いはまるでしなかった。

 その状況から考えると、これを食べた結果、酔っ払ったと見て間違いないのだろう。


「ふむ…それは魔女や魔族とやらの証明なだけであって、厄災を呼び寄せる証拠とは言えねぇと思いやすが」


「えぇ…私もそう思います。ですが私達は非力な人間です、情けないことですが、彼女を怖いと思う人もいるのです…」

「左様か…」

 伝承や逸話、その土地の風習というのは、時として厄介なものだ。


 余所者には理解しがたいことが、その土地では当然のこととして扱われることもよくあるし。

 十郎はこちらに流れ着いてから、トロール等という妖怪のたぐいとしか思えないモノをこの目で見ている。そういう逸話を怖がるのは当然と言えるだろう。


 それに余所者である十郎が、村の伝承などに口を挟むのは余計なお世話というものだ。

「…で、おめぇさん方はどうしたいのでござんすか?リンカさんを差し出すことを、ただ伝えに来た…ってワケじゃねぇんでしょう」


 その言葉を受けて、男とバジールは互いに顔を見合わせた後、頷きあい、再び十郎に向き直る。

「はい、ジューロ様にリンカさんを匿って欲しいのです」


「かくまう…、でござんすか?」

 もう一度村長を説得してくれと言われるのかと思ったが、少し事情が違うようだ。


「なら、バジールさん達の誰かが…あぁ、そういうワケにもいかねぇか…」

 そんな余裕なんかどこにも、誰にもないだろう。それは村の状況を見れば明らかだ。


 となると、匿う場所となれば…。


 バジールやパセリが言っていたが、リンカの家の場所は知られていないと聞いたし、そこに戻れば匿うにも丁度良いかも知れない。


「あっしに頼みに来た理由がなんとなく分かりやした…」

 村の誰かでは匿ったことを知られた場合、何かしら責任を問われる危険性がある。

 しかし余所者かつ、明日には居なくなる十郎なら都合が良いというワケだ。


 ───正直に言えばいい気分はしない。だが、世話になった恩義もある。


「ジューロさん、すまん。ジューロさんに頼もうと言い出したのは私なんだ」

 バジールが深々と頭を下げるのを見て、彼もまた苦肉の策として考え付き、迷ったあげくそういう判断をするしかなかったのだと思えた。


「…あっしも世話になりやしたし、引き受けやしょう。それに…リンカさんが村に来てしまった原因はあっしにござんすからね」


 それに、十郎にとってもリンカは恩人だ。

 彼女の魔法がなければ十郎も大怪我のまま、最悪は死んでいたことだろう。

 彼女に被害が及ばないよう、この状況を丸く治める方法があるならそれに越したことはない。


「前にバジールさん達が言っておりやしたが、リンカさんの家は場所が割れてねぇって話。匿うというより、そこへ帰すという段取りで…ようござんすかい?」


「ああ、少なくとも村の者はみな知らないのは確かだ。知らない場所なら見付かるリスクも少ないと思う」

「リンカさんにはこの話、通しやしたかい?」

「いや、眠りが深いみたいでな…。まだ事情は話せてないんだ」

「うぅむ、…帰した後にはなりやすが、そこは上手く伝えておきやしょう」


 とは言ったものの、どう伝えればいいのか…。


 先のことを考えると頭を抱えたくなるが、今はどうするか話し合うのが先決だ。

「しかし、その後はどうしやす?ほとぼりがさめるまで待ってもらえば良いんで?」


「はい、村長が言うには明日、村の救援に騎士団が到着するとの事で、その方々に引き渡すことになっているのですが。到着してもリンカさんが居なければ諦めてくれるかと思いまして」


 ───本当にそれで大丈夫なのだろうか?


 騎士団…というものはよく分からないが、村の救援に駆け付けてくる団体と考えると、同心(※江戸時代の警察)のようなものと推察される。


「諦めてくれなかった場合のことは考えておいでで?」

 彼女を危険であると判断し、森の中へも捜索の手を伸ばして捕縛する可能性はあると思う。


「その時は、私が逃がしたとでも言うさ!もう探しても無駄なんだってな」

「バジールさん、駄目ですよそれ…下手すると村そのものの責任にされかねない」


「うっ、駄目か?」

「それで誤魔化しがきくなら、私がやりますよ。バジールさんは村のこと以前に奥さんと息子さんの事も考えて下さいよ」


「でもな、他に方法があるか?」

「そりゃあ…まだ、思いつきませんが…」

 男二人が、あーでもない、こーでもないと話し合い始めた。

 どうやら先のことまでは考えてなかったようだ。


「…致し方ねぇ、じゃあこうしやしょう」

 思い切り溜め息をつきたい衝動をこらえ、二人の会話に割り込む。

 二人の視線が十郎に集まった。

「あっしがリンカさんを拐った、ということに致しやしょうか」


 バジールと男が少し狼狽する。

「しかし、それじゃジューロさんがだな…」

「流石にそこまでは…」


「あっしはどのみち村から出ていきやす。もちろんリンカさんは家に帰しやすが、拐ったとの話になれば…あっしに向けての捜索となると思いやす。あっしを追うことになれば、森に手を回す余裕はねぇでしょう」


 これもまた確実ではないだろうが、彼女に害が及ぶ可能性はかなり低くなるはずだ。

「リンカさんの安全を考えるなら、これが一番ってもんで。なぁに、ひょっとすればリンカさんが居ねぇってことで、素直に諦める可能性だってあるんでしょう?」


「でも、追っ手を出される可能性が…」

「その時は仕方ねぇさ、まぁ、あっしの行き先だけは何とか誤魔化しておくんなさい…とは言え、故郷に帰る為に何処へ向かえばいいのか。あっし自身、皆目見当もつかないのが問題でござんすがね」


 ここまで言って思い出したが、故郷に戻る手掛かりはまるでなく、それを村長に相談しようと考えていたのだが、それ所ではなくなっている。


「それならジューロさん、王都ビアンドに向かうといい。あそこなら他国との交流があるし、きっとジューロさんの故郷の手掛かりが見付かるんじゃないかな」


「王都ビアンド?で、ござんすか。やはり聞き覚えがねぇが…ちと失礼」


 振分荷物から村長に借りたままの地図を取り出すと、バジール達の目の前で広げてみせた。

「場所はどちらか、この地図で分かりやすかい?」


 バジール達が地図を改めるが、すぐに首を横に振る。

「…すまない、これじゃ王都までの方角を示すくらいしか出来ない、地図に描かれているよりも外側に位置しているんだ」


「他に地図はねぇんでしょうか?」

「いや、私は持たないな…お前は?」

「すみません、私も持ってないです」


 かなり参ったが、手掛かりが全く無い状況よりは進展したと考えよう。

「ならば、方角だけでも教えて頂けりゃ充分でござんすよ。後はまぁ…あっし次第」

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