【プロローグ】第10話

 快気祝いの席は日が沈んでからも続き、村人達も楽器を奏でたり、歌ったりしている。


 十郎に酒を勧めてくる村人も多く、十郎は飲むつもりはなかったが酒瓶を一本頂くことになった。

「すまねぇバジールさん、少しだけ席を外しやす」

 村長の姿が見えないので、代わりにバジールに伝える。


「どうしたジューロさん、トイレかい?」

「まぁ、そんなところで。村長さんもおりやせんし、一言断っておこうと」

「そうか!分かった」


 貰った酒瓶を持ち席から離れると、十郎は墓場の方へと歩きだした。

 命を尽くして村を守ろうとした人にも、別れの挨拶をしておくのがスジだと思ったからだ。


 月が二つもあるのも未だに慣れないが、月明かりで夜道が見易いのはありがたい。


 十郎が墓場に到着すると早速酒瓶を開け、各々の墓に掛けてゆく。

 故人を労う…というのも妙な話だが、こういうのは心の問題なのだ。


 お墓の各々に手を合わせ終わり、戻ろうとした時だった…。

 誰かの話し声が聞こえてくる。


 普段なら気にも留めないのだが、祝いの席に参加せず、こんな人気のない場所での会話が気になり、思わず耳を傾ける。

 どうやら数人いるようだ…。


「村を救うにはこれしかないのだ、魔女の懸賞金さえあれば村を立て直す事ができる…」

「ですが村長、あの子は怪我人を看てくれたじゃないですか──」


 あの子とは、話から察するにリンカの事だろう。

 どうにも嫌な感じを受けて思わず身を潜める。

「確かに恩人ではある、だが魔族なのも分かっただろう?」

「そうですが…、しかし」

「これは村長命令だ、それにあの子が無実なら無事に解放される筈だろう?」

「…本当に大丈夫なんでしょうか」

「君たちは何も心配するな、恨まれるにしても私一人で済む話だ」


 話の内容はほとんど理解出来なかったが、何かしら良くない事であるのは理解した。


 十郎は、その場に踏み入ると声を掛ける。

「─申し訳ねぇ、盗み聞きするつもりはなかったのでござんすが」


 突然声を掛けられた村長と、村人数名が体をビクリとさせた後、一斉に視線をこちらに向けてくる。

「ジューロ様!?」

「ジューロさん!?」


「へえ、あっしでござんす。話は聞かせて貰いやした…」

 十郎の姿を見た村人達は狼狽(うろた)えているのが見てとれた。

 村人達をよく見ると、祝いの席なのに浮かない顔を見せていた顔触れだった。

 今にして思えば、表情が暗かったのは後ろ暗さから来るものだったのかもしれない。


 しかし、そんな中でもリカブト村長だけは落ち着いていた。

 開き直っているという顔ではなく、目には力があり、覚悟の上で何かをやろうとしていると感じる。


「リンカさんに何かするつもりでしょうが、あっしの顔に免じて…どうか見逃しちゃくれねぇでしょうか」

 村長に頭を下げる。


 村人達がざわついているが、十郎は言葉を続けた。

「よそ者の我儘(ワガママ)とは存じた上でござんすが、聞き入れちゃくれやせんか」


 そもそも十郎が森に行き、あの場でリンカに出逢わなければ彼女は村に来ておらず、村長も何かを講じる考えには至ってなかった筈だ。


 情けない話だが、それに責任を負いたくない。

 だから自分が原因で彼女に害が及ぶようなことは何としても避けたかった。


 十郎はそれを伝え、どうにか考え直して欲しいと願い出た。


「村長…ジューロさんもこう言っていますし…」

「そうですよ!村の事ならきっと何とかなりますよ」

 村人達は少し安堵した様子で、十郎の意見に乗ってくれている者が多い。

 その様子を見た村長は腕を組んで考え込み、しばしの間があった後、口を開いた。


「…わかりました、どうか顔を上げて下さい。ジューロ様は村の救世主でもありますし、貴方が来なければもっと酷い事になっていたのも事実ですから」

「では?」

「えぇ、ジューロ様に言われたら、考え直すしかありません」

「ありがとうござんす」

 十郎は安堵した。

 口約束とはいえ、他の村人達がいる前で約束を取り付けたなら大丈夫だろうと思った。


「では戻りましょうか、あまり長く席を外していると心配されますからね」

「うむ、そうでござんすな!」


 村長に言われるまま祝いの席に戻ると、バジール達は相変わらず笑顔で迎えてくれた。

「おぉ、おかえり!」

「ただいま戻りやした」


「おかえりぃ…ジューロ…さん」

 寝ぼけた声が聞こえ、視線を移すとカモミルがずいぶんと眠そうにしている。


「カモミル殿、眠そうでござんすね?」

「うぅん…ねむくない」


「うむ、どう見ても眠いでござんすね?」

 さて、どうしたものか?家に送って休んで貰った方が良いか。

 そう考えていると、十郎はいきなり肩を組まれた。

 首に回された腕は華奢(きゃしゃ)で、女性だと分かる。


「カモミルくんはぁ、ジューロさんを待つんだぁ~!って待ってたんですよぉ?」


「ぬぁっ!?…リンカさん?」

 肩を組んできた女性がリンカであったことに驚く。

 顔は上気しており、少し様子がおかしい。

 彼女から酒の匂いは一切しないが…酔っ払っているようにしか見えない。


「キャモミぃルくんからぁ~聞いたんれふけろ!わたふぃを強(ちゅよ)いとかぁ~逞(たくま)しぃ~とかぁ?ひつれ~とかないんれふかぁ?」


 リンカがカモミルと談笑してた時に、ムスッとしていた理由が…なんとなく分かった気がした。


「ぬぁ?いや、あっしは正直な事しか言っ」

「勇敢(ゆぅかぁん)とぉかぁ~!命のおんじんとかぁ~?ふぃとの話(ふぁなし)を聞かなぁ~とかぁ」


「リンカさんは命の恩人ではありやすし、あと人の話は聞きやせんよね…?」

「今ちゃんと聞いてるんれふけろ~!あと強(ちゅよ)いとか~!わたふぃ女の子なんでしゅけどぉ~?しちゅれ~とか思わないんれふ?」


「う、うぅむ…そいつはあっしが悪かった」

「ほんとにぃ~?悪ぅいって思ってるの~?」


 リンカは十郎の首に腕を回したまま喋り続け、なんだか同じような話を繰り返し始めた。

 話を切り上げたいし、引き離そうとも考えたが、流石に危なくて振りほどく訳にもいかなかった。


 リンカをぶら下げたままバジールに訊(たず)ねる。

「バジールさん、リンカさん酒でも飲みやしたか?」


「いやぁ?見てた限りは飲んでないし、飲ませてもいないんだけどな…なんでだろうな?ハッハッハ!」

 バジールは上機嫌でお酒を楽しんでいて、こっちは酒の匂いがするし酔っ払っているのだろう。


 十郎が困り果てていると、パセリが助け船を出してくれた。

「リンカちゃん、今日はもう寝ましょう?」

 睡魔に襲われて限界が見えるカモミルも連れている。

「リンカさん、それが良うござんす。今日もお疲れでしょう」


「まだぁ~、お話は終わってましぇんからぁ」

 リンカが組んでいる腕に力を入れ、離れまいとする。


「分かった、分かりやした!ちゃんと続きは明日聞きやすから」

「そうよリンカちゃん、それにカモミルも限界みたいだし。一緒に来てくれると助かるなぁ?」

 パセリがそう言うと、リンカは腕の力をゆるめたのが分かった。

「ふぁい、わかりましゅた。一緒に…帰りましょぅ」


 そっとパセリがリンカに寄り添うと肩を貸し、リンカも素直に離れてくれた。

「途中で倒れても危ねぇんで、あっしもいきやしょう」

 十郎も席から離れようとするがパセリに止められる

「ん、大丈夫よジューロさん。カモミル?一人で歩けるわよね?」


 パセリがカモミルの背中をパンパンと軽く叩くと、少しだけ意識がハッキリしたようで「大丈夫だよ」と、返事をする。

「カモミル、家に帰るまでもう少し辛抱してね」

「うん、分かった」


 相変わらず眠そうにはしているが、見る限りふらついてる事はない。

 あれなら帰るまでは大丈夫だろうと思い、十郎はそのまま席に座る。


「何かありやしたらすぐに呼んでおくんなさい、お気をつけて」

「ありがと、先に失礼するわね。お休みなさい、ジューロさん」

「ジューロさん、お休み。また明日」

「うむ、カモミル殿もお休みなせぇ。リンカさんもお休み」

 声を掛けると、リンカは微睡(まどろ)みながらも挨拶を返そうとしてくるが、どうやらカモミルよりもリンカの方が限界が近いようで「ふにゃり…」という言葉にもなってない返事が返ってきたのだった。


 そんな二人を連れてパセリは帰路につく。

 十郎は三人の背中を見送った後、再び祝いの席に戻った。

 快気祝いはゆったりとした雰囲気のまま平穏無事に終わり、夜更けにはお開きとなった。


 十郎は空き家に戻ると、道中合羽にくるまりさっさと横になる。

 明日の早朝には出立したかったが、カモミルと別れの挨拶をすると約束したこともある。


 ならば起床はゆっくりでも構わないかな?などと、のんきなことを考えながら、眠気に身を任せて意識を沈めていった──

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