【プロローグ】第9話
カモミルが十郎の元に戻ってくると、早速バジール家に招かれることとなった。
彼らの家は日ノ本の家屋と造りが違っており、畳もなければ囲炉裏もなく、外観も内装もまるで違っている。
そして異国のしきたりなのか、土足で家に入ることになるのだが、どうも未だに抵抗がある。
カモミルに連れられ、そんな家に入るとパセリが出迎えてくれた。
「いらっしゃいジューロさん、狭い家ですけど今日はゆっくり休んでくださいね!」
「とんでもねぇ、お心遣い有り難うござんす」
十郎が深々と頭を下げる。
「狭い家とはひどいなぁ…男の城なのに、なぁ?ジューロさん」
部屋の奥から声が聞こえ、そこからバジールが顔を出す
その手には液体の入った透明な容器が握られていた。
「ところで一緒にどうだい?秘蔵のお酒を持ってきたんだが…」
「ちょっとぉ~あなた?ゆっくり疲れを取ってもらうんだから、あまり絡まないの」
「疲れを取る為のお酒だぞ?な!ジューロさん!」
そう言うバジールは上機嫌であった…飲んでいるという訳ではないようだが。
「いやぁ、申し出はありがてぇんだが…あっし酒は飲まねえんで…」
「そ、そうかぁ…お酒ダメなのかい?残念だなぁ…」
ガックリとバジールが肩を落とす。
よほど楽しみだったのだろう、少し申し訳ない気がした。
「んもぅ!あなたが飲みたいだけでしょ…これは預かっておきますからね!」
そう言うが早いかパセリがお酒を奪うと台所へと向かって行ってしまった。
「そんなぁ~」
お酒を奪われたバジールが情けない声を漏らし、それをカモミルも呆れたという視線で見送っている。
「…まぁいっか!ジューロさん、こっち!」
カモミルに言われるままに別の部屋に案内されると、寝具にも見える背の低い椅子…ソファーとやらに腰を掛けた。
カモミルもそれに続いて隣に座る。
「ごめんねジューロさん、落ち着きがなくて…」
「賑やかで良いじゃござんせんか、村がこんな状況でも明るく振る舞えるのは中々出来やせん」
「それって…褒めてる?」
「うむ、もちろん」
「えへへ、そっか!ジューロさんの家族も同じ感じだったりするのかな?」
「うぅーむ、あっしは…まぁ」
返答に困り、少し言葉に詰まってしまう。
そんな時、パセリが部屋に入って来た。
「ジューロさん、お酒はともかく何か飲み物とか…欲しいものあるかしら?」
「いや、お気遣いなく…それにパセリさんこそ昨日の看護でお疲れでは?」
「あら、心配してくれてるの?ふふっ、大丈夫よ。じゃあカモミル、ジューロさんをお願いね?私はお昼の支度をするから」
「うん、わかった!」
手を振りながら母親を見送るカモミルを横目に、十郎は話題が途切れたことに安堵していた。
思わず「ふぅ」と、軽い溜め息が出る。
「…ジューロさんごめんね?本当はボクの部屋が使えたらゆっくり出来たんだろうけど…」
「ぬ?」
先ほどの溜め息を疲れだと思われたようだ。
「いや、心遣いはすごく嬉しいのでござんすよ?しかしどうも人に歓迎されるのが慣れてねぇだけで、照れくさいというか…あっしは所謂(いわゆる)ゴロツキでござんすからね?」
「えっ?ジューロさんって山賊とかそういう人なの?」
「うーむ…いや、どうなんでござんすかね?山賊とかじゃござんせんが、堅気の人から見たら大差ねぇかも?うーん…」
頭を抱え、十郎は考える。
十郎のいた稲作一家は堅気に手を出す真似はしたことはないのだが、だからといって博徒が全てそうであるとは言えないし、なにより賊なのは間違いない。
「なんか…変なこと言ってゴメン」
頭を抱えるのを見て、悩んでると思ったのだろうか?カモミルが申し訳なさそうに声を掛けてきた。
「む?ぬはは、気にしてはおりやせんよ。ちと考えたが…やはり賊とは大差ござんせんからね」
「ジューロさんはジューロさんだから大丈夫だよ、きっとそういうのとは違うんじゃないかな?」
「ん~、そうでござんすか?」
「そうだよ!」
「うーむ、カモミル殿からそう言われたら、そういう気がしてきやした!」
互いに顔を見合わせニヤリと笑い会う。
カモミルなりに気を遣ってくれたのが分かったし、そういうのは素直に受け入れておくものだ。
それから先はジューロがお世話になっていた稲作一家の話や兄弟分たちの話。
後は武勇伝…みたいなものは一切ないので、主に十郎が経験してきた失敗談を交え、互いに談笑をしながら過ごした。
わずかな時間ではあったが、その時だけは故郷に戻れるかどうか、先の不安を忘れる事が出来た。
それは十郎にとって、少しだけ心の重石を外せた瞬間であった。
そんな楽しい時間はあっという間で、どうやらお昼時になっていたらしくバジールが二人を呼びに来る。
「カモミル、ジューロさん!昼飯できたぞ!」
バジールが部屋の扉を開け、声を掛けるのと同時に、微かに食事の良い匂いも入って来る。
「もうそんな時間なんだ?!ジューロさん、行こっか!」
「ご厚意に甘えてばかりで申し訳ねぇ」
「まぁまぁ、ジューロさんは村の恩人なんだから遠慮なんてしないで、さあさぁ」
二人に誘われるまま部屋を移動し、廊下を通り過ぎようとした時、隣の扉がガチャリと開いた。
視線をそちらに向けるとリンカが立っている姿が目に入った。
「おや?リンカさんじゃござんせんか」
「おはよう…ございます」
寝ぼけているのか、ボンヤリとした返事が帰ってくる。
良く見れば寝癖というか、少し髪の毛もボサボサになっていた。
「おはようごさんす」
二人のやり取りに気付いたバジールが声を掛けてくる
「あぁ!リンカちゃん起きたのかい?丁度良かった、今からお昼だから一緒においで」
「お昼…あれ?バジールさん、ジューロさん?」
「ボクもいるよ、おはようリン姉ちゃん!」
「あ…おはようカモミルくん…」
そこまで言うとリンカは何かハッとした表情を浮かべると、そっと扉を閉じた。
「あの、後で行きますから…お先にどうぞ」
「うむ?」
残された男性一同は首をかしげたが、とりあえず言われたように先に行って待ってることにした。
部屋を移るとテーブルの上に料理が並んでいる。
香ばしい匂いが心地よく、食欲を掻き立てるが、それと同時に食料を無理して出していないか心配にもなった。
「パセリ~、リンカちゃん起きたみたいなんだ、リンカちゃんの分も頼んでいいかい?」
バジールが台所に向けて声を掛ける。
「もちろんいいわよ、ところで肝心のリンカちゃんはどこかしら…?」
「なんか起きてたんだけど、挨拶だけしてボクの部屋にまた戻っちゃって…後で来るって言ってたよ」
「ふぅん…?なるほどね!ちょっとお母さん呼んでくるから待ってなさい」
「うん、わかった!」
テーブルに料理を乗せ終わると、パセリがリンカを呼びに向かう。
「じゃあ座って待っとこ」
「うむ」
十郎が適当な席につくと、隣にカモミルもちょこんと座る。
パセリがリンカを呼びに向かってしばらくすると、一緒に部屋に戻って来た。
先ほど見た時とは違い、ボサボサだったリンカの髪が整えられている。パセリが櫛でも貸してあげたのだろうか?
「お待たせ~、じゃあリンカちゃんも席に座ってね」
「あの、良いんですか?ご迷惑じゃ」
「昨日一番頑張ってたのはリンカちゃんじゃない、ちゃんと食事しないと倒れちゃうわよ?さぁ座って」
「…ありがとうございます、パセリさん」
話を聞く限り、あの後もずっと付きっきりで看病していたのだという事が分かる。
昼に起きたのも遅くまで頑張っていたからなのだろうと容易に想像が出来た。
「あの、カモミルくん、ジューロさん。昨日はありがとう」
ふいにリンカが声を掛けてきた。
「どうしたの?」
「ん?」
十郎もカモミルも何に対してお礼を言われたか分からずといった様子で疑問符を頭に浮かべる。
「看病の手伝いをしてくれて…」
「え?いや、お礼を言うのはボクたちの方だと思うけど」
「うむ、礼を言われるほどのことはしておりやせんし、あっしにとってもリンカさんは恩人。それくらいお安いご用で」
十郎とカモミルの様子を見て、パセリが頷きながら同調する。
「私達も薬代を待ってもらってる立場だしね?」
「あの、昨日も言いましたけど薬代は…」
「リンカちゃんダメよ?対価はちゃんと受け取らないとね。なーんて、偉そうに言っても村に余裕が出来るまで時間が掛かりそうだけど」
「あっ、それの埋め合わせってワケじゃないけど。夜に皆の快気祝いがあるからリンカちゃんも一緒にって村長さんが言ってたわね、どうかしら?」
「あの、えーっと…」
「ジューロさんのお別れ会も兼ねることになったし、人数は多い方が賑やかで良いと思うわ」
快気祝いの話は聞いていた十郎だったが、別れの席としても用意してくれているのは初耳だった。
おそらくカモミルから話が伝わったのだろう。
ご好意を無下にしたくない気持ちもあったが、そこまでしてもらう程のことはしてない。
複雑な心境であったし、それは流石に断ろうと口を開きかける。
「そういうことなら…私もジューロさんに助けて貰いましたし、よろしくお願いします」
「じゃあ決まりね!」
「パセリさん、私も準備お手伝いします!」
「手伝いはボクがやるからリン姉ちゃんも休んでてよ、頑張りすぎ」
「それを言ったらカモミルくんも村の為に沢山働いてたって…」
なんか断りにくい雰囲気なってしまった…。
「おぅい、みんなー?讃え合うのも良いけどな、食事が冷めちゃうよ?父さんもう腹ペコで…そろそろ食べないかい?」
「ふふっ、それもそうよね?じゃあそろそろ頂きましょう」
話を切り上げたパセリも席につくと、皆は祈りを捧げて食事を始めた。
それから夜まで各々の時間を過ごすことになった。
食事を終えてパセリとリンカが片付けや、快気祝いに向けて準備し始め、バジールも村の建物の修繕に向かう。
そんな中、やはり何もしないというのは落ち着かないし、何より気が引けるもので、十郎とカモミルも手伝いを申し出て村の修繕や廃材の片付けに参加することとなった。
作業を進め、日が沈み始めた頃。バジールが二人に声を掛けにきた。
どうやら快気祝いの準備が出来たらしく、祝いの席は村長の家で行うようだ。
バジールの後に続き、カモミルと共に村長宅へ向かう。
村長宅が見えてくると、その庭園に机と椅子が並べられており篝火(かがりび)で照らされている。
十郎とカモミルが最後に合流したようで、他の村人達は既に全員集まっているようだ。
その中には怪我から回復した村人もいて、リンカに頭を下げていたり、涙を浮かべながら何か喋り掛けている様子が見える。
彼女に感謝を伝えているのであろうことが伺えた。
そんな中、祝いの席である筈なのに浮かない表情をしている村人が数人いたことが引っ掛かったが…。
(まぁ、全員無事というワケにもいきやせんでしたからね…)
思い当たる事はあったので、それには触れないことにした。
「おぉ、ジューロ様もいらしてくださいましたか」
リカブト村長がこちらに気付いたようでこちらに近付いてくると、それに気付いた村人もジューロの元へ集まって来る。
「ジューロさん!いやぁ、ずっと倒れててあまりお話する機会がなかったけども、村の為に体張ってくれたって聞いてねぇ…本当にありがとうなぁ」
話し掛けてきた村人は、トロールが襲撃していた時に倒れていた男の一人だった。
「体を張ったのは皆さん方でしょう、あっしはカモミル殿に力添えしたくらいですから」
「話には聞いたけど、殊勝な人だねぇ。今日だって村の事を手伝ってくれたんでしょう?」
「あっしこそ世話になりっぱなしで…それくらいは。それに寝所だけでなく食事まで提供してもらって、礼を言わねばならねぇのはこちらの方でござんすよ」
実際、村は余裕がある状態ではない。
復興に向けて動いてはいるが、被害は未だに残っているし命を落とした者もいるのだ。
「まあまあ!ジューロ様は恩人なんですから、せめて村で最後くらいは豪遊…ってほどのものはないですが、せめて祝いの席を楽しんでください」
「…かたじけない、今回もお言葉に甘えさせて頂きやす」
村長に招かれるまま席につくと、入れ代わり立ち代わり村人達が挨拶に来てくれた。
少し照れ臭い気持ちであったが、悪い気はしなかったし、それぞれに別れの挨拶が出来たのは良かったと思う。
そういえばカモミル達にも別れの挨拶をしなければならぬなぁ…と思い付き、カモミルを目で探すとリンカと一緒に談笑しているのが見えた。
十郎の視線に気付いたようでカモミルが手を振ってくる。
リンカもその反応でこちらに気付いたようだったが、カモミルとは違って少しムスッとした表情を返してきた。
(ん?あっし何か悪いことしやしたかね?)
思い当たることは無かったし、すぐに他の村人達に話かけられ、会話の波にのまれたので、それに気を回すことは出来無かった。
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