【プロローグ】第7話
リンカは脚が速いワケではなかったが、森には慣れているようで脚運びは良く、淀みなくスルスルと森を駆け抜けていき、十郎もそれに続いてリンカの後方から付いていく。
村に到着するまで時間はさほど感じなかったが、流石にリンカは息を切らしていた。
「リンカさん、大丈夫で…は無さそうでござんすね?ちと休んでおくんなせぇ」
「だっ、大丈夫です!それよりも怪我人の所に…っ、案内して…くれませんか?」
「ふぅむ…」
十郎は考える素振りを見せる。
確かに村の状況を見れば、家屋は未だ倒れていたりと不安になる光景であるし、焦る気持ちも分かる。
怪我人が療養している場所はもちろん知っている。しかし、その前にリンカには一息入れておいて欲しかった。
「ジューロさん!…リン姉ちゃん!?」
そんな折、遠くから声が聞こえた…カモミルの声だ。
「おお?カモミル殿!お出迎えでござんすね?」
「うん!ちょうど見張りしてて、二人の姿が見えたから」
「カモミルくん!良かった…無事で…」
リンカが息を切らしつつも、ほっと胸を撫で下ろす。
「それはこっちのセリフだよ!って…リン姉ちゃん大丈夫!?」
息を切らすリンカを見たカモミルが駆け寄ってくる。
「えぇ…大丈夫!それより怪我人がいるって聞いたんだけど、少しは力になれるかもしれないから案内してくれる?」
「えっ!?う、うん…分かった」
カモミルもリンカの状態を心配していたが、押しきられてしまった。
「カモミル殿、怪我人の容体はいかがでござんすかい?」
十郎が口を挟む。
「熱はあるけど、少しは回復したと思う…意識は前よりハッキリしてるから」
「ふむ、左様で…あとは向かいながら色々と聞きやしょう。カモミル殿、リンカさん、行きやしょうか」
そう言って歩き出すとカモミルも何となく察してくれたのか、十郎に続いて一緒に歩き出した。
「心配せずとも、すぐに到着致しやすよ」
そわそわしているリンカを尻目に一言だけ添える。
「は、はいっ」
放っておくとすぐに飛び出しそうな気がしたので気休めの一言であった。
怪我人はみな、村長の家で療養していた──
村長がかつて旅籠屋(※宿屋のこと)のような事をしていたらしく、ベッドなる寝場所もいくつかあるようで怪我人を受け持ってくれており、村長宅は村の中央にあることもあり、他の村人たちも代わる代わる看病に来ているようだ。
村長の家に到着すると十郎が戸を叩く──
「開いてますー!」という声が返ってきた、村長の声ではなくパセリの声だ。
「失礼致しやす」
ガチャリと戸を開けると丁度、バジール夫妻が看病している所だったようだ。
「ジューロさん!お帰りなさ…あら?カモミルも一緒なのね?」
パセリがカモミルの方へ視線を向けると、もう一つの人影に気付き、少し驚いたような表情を浮かべる。
「リンカちゃん!?」
「パセリさん、こんにちは」
その声に気付いたのかバジールもこちらに顔を出す。
「おぉ?リンカちゃんかい!?こんにちは!ジューロさんもおかえり!」
「無事だったのね!トロールが森に逃げたって聞いてたから…襲われたりしてないか心配してたのよ…」
「はい!大丈夫です!…ジューロさんに色々と助けてもらったので」
(─!?)
リンカに名前を間違われたことに若干困惑していると、十郎の耳元にリンカが手を添えてきて。
(ジューロさん、ごめんなさい…私ったら名前を間違ってたみたいで…)
と、小声で呟いた。
どうやらカモミル達から呼ばれてる名前の方が正しいと勘違いされたようだ。
訂正するのも面倒だし…まぁ良いか!と思い、話を変える。
「まぁ、そんなことより薬はいかがいたしやしょうか?」
「あっ、お薬を持ってきたんでした!怪我人はどちらですか?」
「お薬持ってきてくれたの!?ありがとうリンカちゃん、助かるわ…奥の部屋にいるから付いてきて」
パセリが奥に案内してくれると、ベッドなるものが並べてある部屋につく。
怪我人はみなそれに横になっていて…意識こそあるが、みな一様に辛そうであった。
「リンカちゃん、解熱のお薬があるなら頼めるかしら?私はお湯を持ってくるわね」
「はい、任せて下さい!ジューロさんも、荷物ありがとうございました」
十郎がリンカに荷物を返すと、早速リンカが薬を取り出し調合を始めた。
「あっしに手伝えることは?」
二人に聞いてみたが。
「いえ、大丈夫です!」
と、リンカにはキッパリ断られるものの、お湯を取りに行こうとしてたパセリに。
「じゃあジューロさん、カモミルと一緒に水を汲んできてもらってもいいかしら?」と、頼まれた。
「む!お安いご用で」
「疲れてるのに…ごめんなさいね?水汲み用のバケツはカモミルが知ってるから」
そんな話をしていると、カモミルが部屋に入ってきた。
その腕に籠を担いでおり、中には清潔そうな白い布が重なり入っている。
「うん?ボクのこと呼んでた?」
「カモミルちょうど良かったわ、ジューロさんと水を汲みに行って欲しいの」
「わかった、じゃあガーゼはテーブルに置いとくね!ジューロさん行こ!リン姉ちゃんもまたね!」
カモミルが手を振り、リンカも手を振って返す。
「うん、二人とも気を付けてね!」
「うむ、では行ってきやす」
十郎は軽く会釈をすると、カモミルに続いて部屋を後にした───
リンカが怪我人の治療を終えたのは夕刻を過ぎ、日も沈んだ頃だった。
その間、十郎とカモミルは水汲みを終わらせ、薪(まき)を集めてお湯を沸かせたり、他の村人たちも部屋を掃除したりと、各々の出来ることをやっていた。
医療などの難しいことは分からなかったが、十郎を治癒した魔法とやらで即時解決!──というワケにはいかないらしく。
消毒や薬を併用しながら魔法で治療するとのことだ。
(魔法…でござんすか)
万能ではないようだが、それでも使えるなら便利であるように思えた。
今回、雑用をしている時に村人の一人が湯を沸かす際、火打石などの道具を使わずに火を起こしたのを見ていたが、それも魔法というヤツなのだろうか?
村人曰く、そんなのは魔法の内にも入らないそうだが、それでも数人に一人くらいしか出来ないことらしく。
リンカのように大きな炎を起こせたり、怪我の治癒まで出来るのは大変珍しいことと聞いた。
そういうことが出来るのは、素直に羨ましいと思う。
怪我人の治療は全て終わり、一段落したものの、万が一のことを考えて、リンカはこのまま経過を見る為に残ると言うことだ。
家へと戻ってきたリカブト村長にも許可をとり、泊まり込むことを決めていた。
彼女の献身的な姿を見れば、リカブト村長も今回のトロールが襲撃した件が彼女とは無関係と分かってくれるだろう。
十郎は空き家に帰って、寝そべりながら天井をぼんやり眺めつつ、そんな事を考えていた──
問題が全て解決したわけじゃないが…自分の行動で救えた人がいる。
そしてこれが切っ掛けで彼女の誤解も解けるのなら、良いことが出来たと胸を張れるかもしれない。
そう思うと親分に近付けたような気がして少しだけ心が浮わついた。
そして明日は、自分に出来ることがないのであれば、村から出ようと思っていた。
流石に海を泳いで…というワケにはいかないが、どこかで海を渡れるような船がある場所…まず日ノ本に向かえる船を見付けなければならない。
それはまた村人や村長にでも聞いてみるしかないだろう。
…ここへ流れ着いてから落ち着いて物事を考えるような余裕は無かった。
振り返ってみれば、異国は不思議で満ち溢れていたなと思う。
いや、十郎が知らないだけで日ノ本にも不思議なことに溢れていたのかもしれないが…。
この経験で少しは自分に箔が付いたような気がしたし、親分たちへの土産話として申し分無いだろう。
これからの事、そして一家へ想いを馳せながら十郎は眠りについたのだった──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます