【プロローグ】第6話
リカブト村長から貰った地図を見ると、イゼンサ村が森に囲まれるように存在しているのが分かる。
村から南に進めば十郎の流れ着いた海があり、北側に行くほど森が広がっている。
先日、カモミルと一緒にトロールの死骸を運んだ場所は村の北西側…。
そこに向かう途中では目立った痕跡もなく、それなりに開けた場所でもあったので、恐らくは安全だと思われる。
十郎はトロールが二匹、村から北東側に向かって逃げたのを目撃している。
奴らが潜んでいるなら北から東方向の森だろう。
連中が逃げた足跡は森から入ってしばらくすると途切れており、痕跡が残っていなかったので、まずは足跡から北に向かって重点的に調べてみたが、特に目立った痕跡を見付けることはなく、探索初日は終わってしまった。
日が沈む前に村に戻ると、カモミルが喜んで迎えてくれた。
「ジューロさん、おかえり!」
カモミルの父親のバジールや村人達も、村の修復と怪我人の看護で忙しいそうだ。
カモミルも看護を手伝って駆け回っていたらしく、疲労が顔に出ていた。
ちゃんと約束を守り、村の為に頑張っていたようだ。
自分に出来ることを精一杯やる。
例え、それの代わりになれる者がいたとしても…その行動は尊いものだと思う。
「カモミル殿は(あっしなんかより遥かに)立派な人でござんすよ」
そう言うとカモミルは照れたように笑ってくれた。
森の探索二日目──
前日より、やや東に向かうことを意識して森の中を進む
出来る限り早く不安の種は取り除いておきたい。
トロールの痕跡を見付けて待ち伏せし、奇襲を仕掛けることが出来ればそれが理想だが…そう都合よく行かないものだ、期待はしないでおく。
そんなことを考えながら十郎が森を進む──
村から一里ほど(約4km)は離れた場所だろうか?
ふと、せせらぎが聞こえた…。
近くに水場があるのだろう、ひょっとしたら何か痕跡があるかもしれない。
十郎が周囲を警戒しながら、せせらぎの聞こえる方へとゆっくりと進んで行くと、小高い丘が見えてきた。
開けた丘の上には一本の大きな樹木がそびえ立っている。
不思議な光景であった。
その大きな樹木の天辺から、小さな滝のように水が溢(あふ)れ出ていて、小さな虹を作っており。
樹木の根元に作られた滝壺も川も非常に澄んでいて、森の緑を映している。
小鳥の鳴き声や木々のさざめきが心地よい。
余裕があるなら、ここで水浴びか昼寝の一つでもしたい所だが…今は探索に集中する。
(どんな生き物でも水は飲むハズだ、ここから作られてる川を下って行けば何かあるかもしれねぇ…しかし…)
だが、十郎は少し気になった。
ここは目印になりそうな場所なのに、地図に記されていた覚えがない。
もう一度、地図を広げて確認してみる。
(ございやせんね…)
来た道のりを戻れば帰る事は容易いだろうが、今いるこの場所くらいは正確に把握しておきたかった。
闇雲に歩き回っても、時間だけが掛かるからだ。
小さな滝を作っている大樹を見て、少し思い付いた十郎が手をポンと叩く。
「登ってみやすか!」
高い位置から森を見渡せば、何か痕跡の一つでも見付かるかもしれないし、現在地をさらに正確に測ることができるだろうという考えだ。
そう思って大樹に近付いていくと、大樹が自分の想像よりもはるかに大きいことに気付いた。
所謂(いわゆる)ご神木と呼ばれる大樹をいくつか見たことがあるが、それより遥かに大きく高い。
小さな一軒家くらいの幹の太さがあるだろうか?
滝になっている側から登るのは滑り落ちる危険もあるだろう。
十郎が何処か登り易そうな場所はないかと、ぐるりと大樹の周りを回る。
大樹が作っている滝の裏手に差し掛かる所で、小さな石碑を見付けた。
その石碑の側に、小さな花束が供えられている。
「誰かの…お墓でござんすかね?」
花束はしおれているものの、長い間放置されているような感じではない。
お墓なら無縁仏ではないのだろう。
その事はとりあえず置いておき、十郎は大樹を一周し確認してみたが、登り易そうな場所は裏側の石碑近くしかなかった。
墓と思わしき場所の上を登るのは気が引けるが、周囲を一望出来る場所もそうはないと考える。
「誰かの墓やも存じやせんが…、失礼いたしやす」
罰当たりかもしれないが…こちら側から大樹に登る決心を固めると、十郎は石碑に向かって手を合わせ黙祷する。
───ガサッ!
その時、背後から音が聞こえた。
大きな気配ではなかったが、油断はできない。
いつでも刃を抜けるように長脇差に手を添えつつ振り向き、音のする方へ視線をやる…。
そこには少女が立っていた──
澄んだ紫色の瞳。
髪は肩ほどの長さで整え、青空のような髪色をしている。
顔立ちは整っていて美人…いや、どことなく幼い印象があるから可愛らしいと言うべきだろうか?
そして十郎には見慣れない着物を纏っている。
パセリさんが着ていたものと同様か、質素な作りであったが、右手首にはめている金色の輪っかだけは、値打ちものに見えた。
この場所の雰囲気も相まって、透き通っているような、夢幻のようにも感じられる。
そんな不思議な雰囲気をしている少女がきょとんとしながら十郎を見つめていた。
「ひょっとして、この墓の…幽霊さんでござんすかい?」
つい思ったことをそのまま口に出してしまう。魑魅魍魎がいるような国なのだ、幽霊くらいは普通にいるだろうと思った。
「えっ?」
少女が呆気にとられている。
その様子を見て、十郎はしまったと思った。
相手が幽霊でも自分から名乗るのが礼儀というものだろう。
「こいつは失礼しやした。幽霊さんに…名乗るほどの名ではございやせんが、あっしは十郎と申しやす」
「えっ?ゆ、幽霊…?って、もしかして私のこと…ですか?」
少女が困惑したように、自分を指さして聞き返す。
そう言われ、十郎は改めて彼女をよく見た。
ちゃんと足もついてるし、手には小さな花束を持っている。
つまり、墓参りに来た人なのだろう…。と、ようやく理解が追い付いた。
「ああ!重ねて申し訳ねぇ…、あっしの勘違いってやつで…」
十郎が深く頭を下げる。
「ふふっ、大丈夫です!気にしてませんよ?幽霊に間違われたのは初めてだったので、少し驚いちゃっただけですから」
少女がころころと、鈴を転がすように笑うのを見て、十郎は苦笑いで返すのが精一杯だった。
「あっ、私の自己紹介がまだでしたね、私はリンカって言います」
「リンカさん、でござんすか」
日ノ本でも耳にするような名前に聞こえた。
思えば、ここに流れ着いてから出会った人達の名前は十郎には馴染みがなく、憶え難かった…。
「(憶え易くて)良い名前でござんすね」
「ふぇ?あ、ありがとう…ございます?」
そういえば…と、十郎はこの時、カモミルや村長の話を思い出していた。
村長が言っていた【魔女】とやらはこの少女の事なのだろうか?
不思議な力──魔法…魔術?とやらを使えるらしい…
カモミルや夫妻の話を聞く限りは良い子であるという印象を受けたし、彼らの言う人がこの子なら納得する。
しかし十郎は、どうにも森に逃げたトロールの事ばかりに気を取られていて。
魔女の事をあまり気にしなかった為に、その子の名前すら確認するのを完全に失念していた…。
だからと言って、この子に直接「魔女でござんすかい?」と聞くのは、無作法になるかもしれない。
「あの、ジューロウさん…?」
ボンヤリと考えていた十郎だったが、リンカの声で現実に引き戻される。
「ん?なんでござんしょう」
「ここで何をしてたんですか?」
「あぁ、実は…」
全て正直に話すべきだろうか?
雰囲気からして悪党には見えないが、万が一にも彼女が裏で糸を引いてる可能性があるのならば…。
いやいや、カモミルと約束したではないか。
森にトロールとかいう危険な化け物が潜んでいる事を、その子に伝えなければならない。
仮にどのような人であっても、この森が危険な事になっていることは警告しておくべきだ。
「イゼンサ村が化け物に襲われやして…何とか追い払ったものの、何時また襲ってくるか分かりやせんので、先手を打って化け物が逃げ込んだこの森を探している次第でござんす」
リンカの顔から、血の気が引いていくのが見えた。
無理もない…、今いる森にそんな化け物が潜んでいると聞いたのだ。
「なので、リンカさんには出来るだけこの場から離れて──」
「あの!村の人達は無事なんですか!?」
ぐいっ!とリンカが十郎に詰め寄ってきた。
思わぬ反応に十郎が後ずさる。
「いや、あまり無事とは言えねぇか…怪我人も──」
「怪我人!?」
驚いた声をあげるが、彼女はすぐに真剣な面持ちになり
少しだけ間が空く…。
何か考えている様子である。
「リンカさん?」
それはそれとして、とにかく彼女には森から出て安全な場所に移動してもらいたい…そう声を掛けようとしたが。
「あの、すぐにお薬を持って行きますから!」
リンカは十郎にそう言ったかと思えば走り出していた。
「ちょっ!?いや、森は危ねぇんでござんす!!」
一人にするのは危険だと思い、リンカの後を追う。
無理に止めてはずみで彼女に怪我を負わせたら元も子もない、仕方なくそのまま後を追って、リンカに着いていく事にした。
森の更に奥へと進んでしばらく行くと、そこに一軒家があった──
不思議な造りで、樹の根元と家が一体化したようになっており、周囲は柵に覆われ、その小さな庭の中には畑がある。
リンカがその家に駆け込んだ後、しばらくして家の中からカチャカチャと、陶器を重ねるような音が聞こえてきた。
…彼女が言っていた薬でも準備しているのだろうか?
何をしているか気になったが、不用意に家に上がり込むのも良くない…ので、周囲を警戒しつつ彼女が出てくるのを待つ。
家から音が聞こえなくなって、しばらくすると、木箱を背負ったリンカが出てきた。
「リンカさん、そいつは一体?」
「あっ、ジューロウさん!待ってたんですか?…これ!お薬が入ってるんです、急ぎましょう!」
「ん?あぁ…!」
どのみち村へ向かうつもりなら、安全の為にも丁度良いか。
もし彼女に家族がいるなら、ここで説明して一緒に来てもらえば手間も省けるだろう。
そんなことを考えていたら話し掛ける間もなく、リンカは村の方向へと走り出してしまった。
「あっ!?ちょっとリンカさん!?」
再び十郎は、彼女の後を追うことになった…。
イゼンサ村まで向かうのは良いが、距離はまだ一里ほどある。
彼女は森に慣れているのかもしれないが、荷物を背負って走り続けるのは困難だと思う。
せめて荷物だけでも、自分が引き受けた方が効率が良い筈だ。
「リンカさん!荷物はあっしが運びやす、だから一度止まっ──」
そう声を掛けるのとほぼ同時だった。
前方から木々がメリメリと折れるような音を立て、十郎の声を掻き消す。
リンカもその音に気付き、視線を音のする方向へ向けた。
木々を掻き分け薙ぎ倒しながら、トロールが二匹…真っ直ぐにリンカの方へと迫っているのが見える。
流石にあれを見たら足を止めるだろう、と思ったのだが…リンカは止まろうとはしなかった。
背負っていた荷物を外すと…それを腕に抱きつつ、走り抜けようとする。
(いやいや!無茶でしょう、そいつは…ッ)
十郎は強く地面を蹴り、思い切り加速してリンカとの距離を詰める。
トロールの一匹が待ち構えていたかのように、リンカに向かって棍棒を振り下ろした
「御免ッ──!」
十郎はリンカの体を抱えると、横っ飛びで攻撃を避ける──
避けた勢いがつきすぎて、ふっ飛ばされたように地面を転げる。
彼女に怪我がないように、道中合羽でくるむようにして抱えたが、大丈夫だっただろうか?
「手荒にすまねぇ、大丈夫でござんすかい!?」
彼女が怪我をしてないか確認しながら、十郎がリンカから腕を離す。
リンカが抱えていた荷物を確認すると、ほっとしたように言った。
「…はっ、はい!お薬は無事ですっ!」
「いや、おめぇさんの…」
十郎が心配したのは薬の事ではないのだが…。
それを言葉に出しかけたが止めた。
彼女を見ると、荷物を抱える腕には力が入っているものの、体は震えていて怯えているように思える。
…ここは彼女の心意気を汲んだ方が良い気がした。
「うむ…よくぞ守りなされた」
十郎はトロールに向き直り、三度笠を脱ぎ捨て、長脇差に手を添える。
「あっしが連中を引き付けやすんで、リンカさんは逃げておくんなさい」
「で、でも…!」
「時間を稼ぐだけで、無理は致しやせんので…」
十郎はそれだけ言うと、トロールに向かって駆け出す。
出来るなら真っ向勝負をしたくはない…。
十郎は腕が立つ人間ではない、それを十郎自身も自覚している。
不意討ちや搦め手、それらが出来ないなら倒す事は考えない。
とにかく相手を撹乱して彼女が逃げれる時間を稼げればそれで良い…のだが、一つだけ懸念があった。
トロールが明確に彼女を狙っていたように感じたのだ。
その不安は的中していたようで、揺さぶりをかけるような動きを見せても、こちらに警戒こそするものの、肝心のトロール二匹がリンカに意識を向けていることが分かる。
理由は定かではないが、狙いが彼女であるなら──
彼女の方へ行かせない為にも、真っ向から相手取るしかないのだろう。
一匹に狙いを定め、距離を詰めていく。
「グガアアアァァー!!」
トロールが雄叫びをあげる。
明確な殺意が向くのを感じると同時に、トロールが棍棒を凪ぎ払ってくるが、十郎はそれを良く見つつ、相手の攻撃に合わせて踏み込み跳躍すると、トロールの喉に刃を突き立てた。
「ガッ!ガガ…」
絶叫をあげる事も出来ず踠(もが)くトロールに構わず、突き刺した刃を捻(ひね)りながら思い切り引き抜く…。
その刹那、壁に強く当たったかのような鈍い衝撃が身体中に走った。
もう一匹いたトロールの棍棒が、十郎を捉えたのである。
ミシミシと、身体が悲鳴を上げるのが聞こえたかと思うと、今度はしこたま地面に身体を打ち付け、毬のように弾むと木々に背中を打ち付けた。
内臓が圧迫され息が詰まる。
口内に鉄の味が広がるのを感じ、ぐらりと一瞬だけ意識が遠くなるが…,
「きゃあぁっ!!」
リンカの悲鳴が十郎の意識を繋ぎ止めた。
暗転しそうになった視界が、かろうじて元に戻るとトロールが一匹こちらに向かって叫びながら走って来るのが見えた。
「グオオオォォォー!!」
相手を見据えながら、長脇差の柄(つか)を両手で握りしめ、立ち上がる…。
腕には青アザが出来ていたが、しっかりと手に力は入る、幸いなことに骨に異常はないようだ。
「ぜぇあああぁぁぁーっ!!」
十郎がトロール相手に叫び返しながら、長脇差を上段に構える──
何時でも懐に飛び込めるよう、間合いと隙を見計らい渾身の殺意を相手に返す。
仮に隙が出来なくとも、渾身の一撃だけは振り抜くつもりだったが…、相手の隙が突然訪れた──
ゴウッ!と音を立て、トロールの顔面が火の玉に包まれたのだ。
「グギャアア!?」
突然出てきた火の玉に、トロールがもんどり打って倒れこむ。
突然の事に十郎も驚いたが、相手を屠(ほふ)る千載一遇を逃す手はない。
十郎は容赦のない一撃をその火の玉に包まれた頭に叩き込み、脳天をカチ割る。
【トロール】がビクン!と体を震わせると、そのまま倒れて動かなくなり、同時に謎の火の玉も消えてなくなった…。
「はぁっ…はっ…はぁ、げはっ…」
十郎は息を整えると、最初に喉元を抉(えぐ)り斬ったトロールに視線を向ける。
緑色をした血溜まりに突っ伏して倒れているが、そちらも絶命しているようだ。
十郎は刃に付いた緑色の血を手甲で拭い、鞘に納めると、倒れた二匹のトロールに視線を向けたまま、その場に座り込む。
あの火の玉は一体何だったのだろう?
トロールから焦げた肉の臭いが気持ち悪く漂っており、あれが幻でなかったと証明している。
色々な疑問は尽きなかったが、異国とはそういうものなのかもしれない…と、ひとまずの納得しておく。
そもそも今は身体中が痛くて頭もクラクラしているし、それどころではない。
あの一撃を受けて肉塊になってないだけ奇跡みたいなものだが…。
「ジューロウさん!」
リンカがぱたぱたと駆け寄って来る。
「リンカさん、早いとこ逃げてもよござんしたのに…」
「ジューロウさん、いま怪我を治しますから…少しじっとしておいて下さいね」
「おめぇさん、本当に人の話を聞きやせんね…」
視線をリンカに向け、十郎が半ば呆れたような声でリンカに言う。
リンカは目を瞑ると、青アザができている十郎の腕に黙って手を添えた。
痛みで発熱しているせいだろうが、リンカの手のひらを少し冷たく感じ、少し心地がよい。
(診察でもしてくれてるんでしょうかね…?)
そんなことを考えながらリンカを見ていると、十郎の身体が淡く白い光に包まれる。
「ぬあっ!?」
これに十郎は驚き、思わず退く。
「な、何でござんすかこれ!?」
「あのっ、じっとしてて…!」
リンカが十郎にグイッと寄る。
「いやいや!なにをされてるのか説明を…」
「お怪我を治すんですけど!?」
治療とは、普通に考えて薬を使ったりするのではないのだろうか?
薬の入った荷物に手をつける気配さえないのは気になったが、しかしリンカの眼差しは真剣そのもので、冗談を言っている感じではない。
「いや、まぁ…うーむ、じゃあ…お任せしやす」
十郎は観念して腹をくくった。
仮に彼女が悪党か妖怪のたぐいで、危害が自分に及んだとしても、それは自分の見る目がなかったというだけである。
それに、トロールは無事に倒せたし、あれらに生き残りがいたとしても、おいそれとこちらや村に手は出し辛くなったはずだ。
…と、信じたい。
そんな考えを巡らせている十郎とは対照的に、リンカは目を瞑り集中していた。
再び十郎の身体が光に包まれる。
奇妙な現象ではあるが、今度は大人しく…じっと待ってみると、不思議と身体中の痛みが和らいでいくのが分かった。
リンカが手を添えていた自分の腕に目を向けると、青アザが無くなっている。
「…ジューロウさん、痛みは残ってませんか?」
包まれていた光が消えると、リンカがそう聞いてくるので、試しに…と立ち上がり適当に身体を動かしてみた。
「おぉ…お?痛みがすっかり取れやした、ありがとうございやす」
十郎が腕をグルグル回してみながら言う。
「なんか、…凄いでござんすな?」
そういえば村長が言っていた…不思議な力を使うとはこの事なのだろうか?
だとすると、リンカという少女が村長の言っていた魔女ということになるが…やはりカモミル達が言うように悪人には見えなかった。
「なんて無茶をするんですか…」
安堵したような、そして心配するような声でリンカが話掛けてきた。
「えぇ…?おめぇさんがそれを言うので…?」
「えっ…!?うぅ…」
十郎は本音がつい言葉に出てしまい、それを聞いたリンカも言葉を詰まらせ、うつむいてしまう。
余計な事を口走ったな…と思う一方、トロールに構わず、無理矢理に走り抜けようとした人に言われたなかったのは正直なところだ。
…それとも、リンカは十郎よりも強いからこそ、ああいう行動が出来たのだろうか?
考えてみれば、あんな不思議な力を使えるのであれば、トロールの頭を焼いた火の玉にも納得がいく。
やはり、あれもリンカがやった事なのだろうか?
そう少し考えてから十郎が声をかける。
「いや、まぁ…リンカさんはあっしより強いのかも知れやせんね…。出過ぎた真似をしたのかもしれやせん」
そう言って深々と頭を下げると、リンカが慌てて否定する。
「ふぇっ!?いえっ、そんなことないですっ」
「トロールを焼いた火の玉、リンカさんがやった事なのでござんしょう?」
リンカがそれをやったという証拠はないが、しれっと聞いてみる。
「えっ、えぇ…ちょっとした魔法が使えるだけで、戦う為に魔法を使ったのも初めて…だし…」
十郎が考えた通り、あの火の玉はリンカがやったもので間違いないようだ…。
しかし、初めて戦ったという言葉に嘘はないように思える。
「あのっ、もぅっ!顔を上げて下さい!ちょっとイジワルです」
「いや、申し訳ねぇ。そういうつもりじゃねぇんですが…」
十郎はそう言うと、こめかみを掻きながら顔を上げる。
「ともかく、あの火の玉のおかげで助かりやした…ありがとうございやす」
「あっ…、いえ!助けられたのは私の方です、ありがとうございます、きっと私だけじゃ何も…」
お礼を言われた後に何かを続けて言っていたが、リンカの声が徐々に小さくなったので最後まで聞き取れなかった。
そういえば、半ば乱暴にトロールの攻撃からリンカを引き離したのを思い出す。
声が小さくなったのは何か体に痛みでも走ったからかもしれないと思い付いた。
「リンカさん、どこか怪我でもされやしたか?…ちと乱暴に飛び付いてしまいやしたから、身体に痛みでもござんすかい?」
「えっ?私は」
リンカが体を軽く動かし、体の調子を確認すると元気よく答えた。
「んっ…大丈夫です!」
その様子からすると本当に怪我は無いようだ、まずは一安心といった所か。
「うむ、それならなによりでござんす。じゃあ改めて村に参りやしょうか…荷物はあっしがお運びしやしょう」
「…ご迷惑じゃ」
「いやなぁに、あっし自身、早く村に戻りてぇだけのこと…手前の為でござんすから」
リンカが身軽になれば、移動の効率が良くなって村に早くつく事が出来るだろう、という算段であるから嘘はない。
「じゃあ…お願いします、ジューロウさん!」
少し遠慮がちにリンカが荷物を渡してくる。
「うむ、参りやしょう」
十郎が荷物を受け取ると、リンカと一緒に村の方向へと再び走り出した──
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