【プロローグ】第5話


 村と森の往復は大変ではあったが、カモミルが気を利かせ、村のことや周辺の事など、色々な話を交えながら先導してくれたので、あまり時間を感じることなく作業が出来た。


「こいつで最後でござんすね」

 十郎がポイっとトロールの頭を投げ捨てる


「ジューロさん、お疲れ様!帰ったら…お昼にしよう!」

 カモミルの腹がぐぅ…となるのが聞こえ、その音に思わず視線を向けると、カモミルは恥ずかしそうに顔を赤くしていた。


「そういや朝から何も口にしてやせんね…」

 日は高くなっており、もう昼は過ぎているだろう。

 十郎も腹は減っていた。


 道中、カモミルに聞いたことだが。

 トロールによって村の倉庫が荒らされていたらしく、食糧はほとんど残ってないとの事だ。

 昨日の豆の粥は、カモミルの母親…パセリたち家族の食糧を分けてくれたものらしい。

 改めて礼を言わなければ…と考えながら村に歩を進めていた。


 村に戻る道すがらに小川がある。

 手と手拭いを洗い、持ってきていた竹の水筒に水を汲む。

 水は腹の足しにする為だった。

 魚を獲ることも考えたが、帰りが遅いとカモミルの母親にも要らぬ心配をかけると思い、その場を後にした。



 村に戻ると、パセリさんと一人の男が待っていた。


 男は茶色い髪をしており、背が高く、体の至るところにサラシのような布を巻き付けている…。

 男をよく見ると、瓦礫から助けた者の一人であることに十郎は気付いた。


「二人共おかえり!」

 体中が布だらけの見た目に似合わぬ元気な声で、男は二人を出迎えた。


「父さん!!」

 カモミルがそう言って駆けていくと、父親であろう男に抱き付いた。


「あだだだだだだ!!!カモミル、ストップ!ストーップ!」

 痛がる父親をカモミルが慌てて離した。

「あっ、ごめん!父さん」

「もう!あなたったら…、すみませんジューロさん、お見苦しいところを…。まだ動かないように言ったんですけど…」

 パセリさんが溜め息をつきながら溢した。


「そう言うな、命の恩人にお礼をどうしても言いたくてな?それに異国の人を見る機会もあんまりな──」

 そこまで言って、パセリさんが旦那さんの尻を叩いたのが見えた。


「あいっ…たぁ!!」

「もうっ!本当すみませんジューロさん、この人はバジール──」

「あー、あっ!自分で自己紹介するから!待った!」

 パセリさんを男が制止すると、一つ咳払いをした後、十郎に向かい頭を下げて自己紹介した。


 彼の名前はバジールと言うらしい。

 話によると、息子のカモミルを逃がし妻を匿った後、囮として村に残りトロールを相手取っていた男衆の一人だそうで、トロールに投げ飛ばされた後、瓦礫に埋まり気絶してしまったとの事だった。


 目が覚めた後、パセリから十郎の事を色々聞いていたらしく、カモミルや村の事をいたく感謝された。


 十郎は、昨日パセリさんから食事を分けて頂いたこと、そして今日の先導役としてカモミル殿に世話になったことの感謝を伝え、頭を下げる。


「世話になったのはあっしの方もなんで、先日はありがとうございやした」

「いやぁ、本当に嬉しいことを……痛たた」

 深々と頭を下ろそうとしたバジールが痛がる。


「あっと、無理はなさらねぇでくだせぇ」

「あなた!変に調子に乗らないで大人しくしといて下さい!」

 パセリがバジールをまた軽く叩く。

「いだだだ!ごめん!あだだーっ!」

「父さん母さん!もう…恥ずかしいからやめてよ!」


(良い家族でござんすね…)

 カモミル達のやり取りを見て十郎は思っていた。


「あっ、そういえば…!もう食事の用意ができてるはずだな」

 思い出したようにバジールが言うとパセリも続ける

「あら!いけない、忘れるところでした…ジューロさん、こっちです」


 ついてきて下さいと言われ、招かれるままにバジール夫妻に付いて行く。


 細かい瓦礫は片付けられ、村を囲む塀も少しだけだが修繕が進んでいるようだった。


 十郎が村の様子を眺めながら進んでいくと、他と比べて少しだけ大きな家の前まで来た。

 その庭先で、村の方々が机を囲んで椅子に並んでおり料理を用意してくれていた。


 一人の村人がこちらに気付いたかと思えば、こっちこっちと村の人達が手招きして呼んでいる。



「ジューロ様、重ね重ねありがとうございました。心ばかりの御礼ですが、一緒に食事でも…」

 村長さんが代表して挨拶をすると隣の席を勧められた。


「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきやす」

 軽く会釈をしてから村長さんに促されるまま席に着き、三度笠を外す。

 それを見たカモミルも十郎の隣に座った。


 机の上には各々に料理が並べられている。

 恐らく芋を蒸かして潰したものと、昨日の豆の粥に山菜が加えられたもの、見たことがない木の実…。

 そして少し茶色くて丸い形をしたものが置かれていた。


「では…皆さん」

 村長が両手の指と指を組み合わせると目を瞑る。

「大地の神、そして精霊のお恵みよ…その糧に感謝いたします…」

 他の村人達もそれに続いて同じく感謝の言葉を口にしてから食事を摂りはじめる。


 なるほど、これがこちらでの作法なのであろう

 十郎は両手を合わせ「いただきます」と、その一言だけを発して食事を摂りはじめた。


 茶色くて丸いものはパンと言うらしく、食べ方がわからなかったが、隣に居てくれたカモミルが色々と教えてくれたお陰でつつがなく食べることができた。


「ジューロさんが化け物を片付けてくださったから、手の空いた私らが山菜を獲りにね?」

「さすがに肉とかは無理だったけどな!ははは!」

「川に罠を仕掛けといたから、明日にゃ魚が捕れてるといいんだが…」


 食事を終えて村人たちとそんな話をしていると、村長から声が掛けられた。

「実は折り入って、ジューロ様の腕を見込んで、ご相談がありまして」

「ん?なんでござんしょう?」

 一宿一飯の恩…というワケではないが、話だけでも聞いてみる。


「厚かましい願いだとは思ってますが…、森に住む【魔女】の事を探って欲しい次第でして」

「魔女…とは一体なんでござんすかい?南蛮…いや、異国の事にはなにぶん疎いもんで…」

 素直に聞き返す。


「魔術を使い…厄災をもたらす悪魔の遣い、とでも言いましょうか…」

「魔術…?悪魔…?」


 再び知らない言葉が出てきて十郎が首をかしげながら聞き返す。

「すまねぇ、厄災という言葉だけは知っておりやすが…」


 村長が顎髭をさすりながら「うーん…」と考えると言葉を選んで再び話をしてくれた。


「えー…すみません、あの…トロールを不思議な力で操って、村を襲った元凶の女…ではないかと疑っておりまして、それを探ってきて欲しい…と、思っている次第ですな…はい」

「なるほど!」

 ようやく理解できた十郎であった。


 しかし同時に、隣でそれを聞いていたカモミルから声が上がる。

「待ってよ村長!?あの人がそんなことするワケないじゃないか!」


 カモミルの言葉を皮切りに、村人たちも各々に話をし始める。


「確かに、あの子がそんなことをするとは思えないわねぇ…」

「だけど、あの母娘(おやこ)が来てからだろ?化け物が森から下りてくるようになったのは」

「そこは偶然かも知れないだろう、薬草とかも売りに来てくれるしウチは助かってるが」

「確かに魔法は使えるみたいだけどねぇ、でも珍しいワケでもないでしょ?」

「でも…あの母親ずいぶん前に、娘はそういうのは使えないって嘘をついてたって。隠してたのはちょっと気にはなるなあ…」

「あの森に住んでて無事ってのも、確かに不思議だけど…」


 色んな話が飛び交っている。


 今一つ内容が理解が出来なかった十郎だったが、話を聞く限りは悪い人間じゃなさそうに思える。


 そこで一つ提案してみた。

「要するにトロールとやらさえ何とか出来れば問題ねぇんでしょう?」


 その一言で村人の皆が一瞬だけ静まり、少しの沈黙の後…リカブト村長が静寂を破る。

「引き受けて下さいますか?」


「その女の人については…よく分かりやせんが、トロールだけは何とか出来たらとは思っておりやす」


 村人たちがざわめいた…。

 ざわめきの中、バジールが村長に声を掛ける。

「リカブト村長、確かにジューロさんは腕が立つみたいだけどね?あまり危険な事を頼むのは反対ですよ」


 続けてバジールの隣にいたパセリも声をあげる。

「そうですよ、もう充分すぎるくらい助けられましたし…王都からも騎士様がこちらに救援に向かってくれているんでしょう?」


 それを聞いた村長は腕を組み「うぅーむ…しかし…」と唸り、考え込んだ。


 それを見ていた十郎が口を開く。

「あっしにはお構いなく…ここでの事が済み次第、急いで出立せねばと思っておりやしたし」


 元より長居はするつもりはなかった。

 出来る事なら、早いところ故郷に戻って親分や一家がどうなっているのか、無事なのか知りたかった。


 かと言って心残りしたくはない、村を出るなら先に彼らの不安を取り除いてあげておきたい。

 そう考えいることを村人に伝え。


「ですから、その頼み。お引き受け致しやすよ」


 十郎がそう言うと、村長は深々と頭を下げる。

「ジューロ様…ありがとうございます…」


 それを聞いていたカモミルは不安な表情を浮かべていたので、十郎は彼の耳元に顔を近付けると。

「…その人を手に掛ける真似はしやせん、約束しやしょう」

 一言だけポツリと呟いた。


「ん?ジューロ様、どうかされましたか?」

 コソコソ話してるのを少し怪訝に思ったのか、背中から村長の声が掛かった。


「いやぁ、お恥ずかしい話。ちと厠(かわや)の場所を聞いておりやして、なにぶん食事が終わったばかりなんで…聞こえねぇようにと」


「カワヤ…?…あぁ!トイレですか、これはすみません。こちらこそ変に聞いてしまいまして」

 村長が申し訳なさそうに小声で返すと、カモミルに案内してあげるようにと送り出した。


「ごめん、ジューロさん…気を遣わせちゃったみたいで…」

「いや?別にそういうワケじゃござんせんよ、それに」


 十郎が頭を掻く。

「厠…こっちではトイレ?でござんしたっけ?行きたいのは本当の事でござんして…」


 カモミルに案内された厠は日ノ本にあるものと似ており、十郎にとっては助かったという。


 夜──


 お借りした空き家、窓から十郎が空を眺めている。

 空には大きな月が一つ…小さな月が一つ、二つの月が夜の村を照らしていた。


 前日とは異なり、静かな夜だった。

 他の村人達はある程度、自家を片付ける事が出来たらしく、各々の家へと戻っていったからである。


 明日の朝、森に探索に行く。

 村長に地図を貰っていて、カモミルと共に今日遠征した地理と照らし合わせれば、なんとか理解できそうであった。


 救援が来るまで、あと五日ほどは掛かるらしい。

 探索し、トロールをもし見つけられなくても、救援と入れ替わりなら心置きなく出ていけるだろう。


 親分たちの事も心配であるから早く出立したい。

 勿論それは理由の一つだが、食糧事情もよろしくないのに、更に五日もここに居座るのは村の人の負担になる。

 十郎という食い扶持が増えているからだ。


 それに怪我人の事もあるから尚更である。

 バジールさんは回復したものの、他の怪我人は体調がよろしくないらしい。

 彼らは村を守る為に残って戦った者達なので、なんとかしてやりたい気持ちはあるが…何が出来るのだろう。


 十郎は流れ着いてから、たった二日間ではあったが考えることばかりであった。


 十郎は考え疲れた頭で、ぼんやりと月を眺める。

(異国の月は、二つあるのでござんすね。もし無事に帰る事が出来たら、そういう話を土産にするのもありかも知れねぇな…)


 そんな風に故郷へ想いを馳せていると、玄関から二人の声がした。

「こんばんは!ジューロさん居ますかー!?」

「こんばんは…ちょっと、あなたったら…声が大きいでしょ?寝てたら迷惑に…」

 バジール夫妻だった。


「こんばんは、まだ起きておりやすよ?何かありやしたかい?」

 月明かりがあるとは言え夜も更けている、火急の用でもあるのだろうか?

「あの…カモミルの事で少しご相談がありまして…」

 パセリがおずおずと言う。


「む?カモミル殿のこと…でござんすか?」

 何故あっしに?とも思ったが、わざわざ夜分に来たのには意味があるのだろう。


「あっしの家ではございやせんが…どうぞ」

 十郎は二人を椅子に腰掛けさせて、対面に座ると二人に話を促す。

「して、相談とは?」


 二人の話はこうだった──

 探索に行くことに決まった後、カモミルも十郎と一緒に行きたいという申し出があったらしい…。

 バジール夫妻が何とか説得して引き留めたと聞いたが、黙って後を追うのではないかと心配しているようだ。


「ふーむ、なるほど…」

 十郎には少しだけ心当たりがあった。


「おそらく、村長が言っておりやした例の魔女とかいう者の事が心配なのでしょう。トロールに襲われたりしねぇか…もしくは、あっしがその人を手に掛けてしまわないか」


 十郎は食事の席で、村長の頼みを確かに引き受けた、手に掛けないとカモミルと約束はしたが、やはり心配なのだろう…。


「あぁー、そうか!カモミルとあの娘は仲良かったからなぁ…それでかぁ…」

 十郎の言葉を聞いたバジールが膝を叩く。


「…ジューロさん、村長さんは確かにああ言ってましたけど…ウチの子が言うように、私も…あの娘は関係ないと思うんです」

 パセリもそう続けた。


「カモミル殿には伝えやしたが、あっしはトロールだけを斬るつもりでござんすよ。その人の安否は分からねぇが、お二人がその人の住居を知ってるなら…あっしが危険を伝えるぐらいは出来ると思いやすが…」


「それなんですが、不思議と誰も森であの娘と会えたことが無いんです…森に住んでるとは聞いてるんですが…」

 パセリさんは頬に手を当てて考えるような仕草をとる。


「そうだな!他の人も言ってたが、あの子は魔法が使えるらしい!自分の家にモンスター達が入れないような魔法で、身を守ってるという噂だ!」

 バジールは何か納得したような頷いていた。


「ふぅむ…?」

 十郎にはチンプンカンプンな話であったが、昼に聞いた村長の話からすると、所謂【陰陽術】みたいなものなのだろうか?

 陰陽術に関しても噂で聞いた程度でしかないが…。


「どちらにせよ、心配の元凶。トロールさえ何とかすれば解決でござんすね」

 十郎がそう言うとバジール夫妻は互いに顔を見合せ、少しだけ安堵した表情に変わっていた。


「ジューロさん!頼りきりですまない…!でも本当に、ありがとうございます!」

 顔を机に突っ伏してバジールが感謝すると、パセリもそれに続けて頭を下げる。

「ありがとうございます…色々と気を遣って下さってくれて、なんとお礼すれば良いのか…」


「顔を上げておくんなさい、あっしはかしこまられるような人間じゃありやせんよ」


 かなり照れくさく感じ、話題を逸らすことにした。

「しかし、問題はカモミル殿でござんすな。勝手に付いて来られると危ねぇし…」


 腕を組み十郎が考える。

 バジール夫妻に関しては、大人なので無茶は避けるだろうが、子供は平気で無茶をしたりするのものだ。


「そういうことなら…邪魔にならないよう、ウチの子を縄で縛ってでも…!」

 パセリさんがそう言うと、バジールも頷きながら。

「よし!寝てる今がチャンスだ!ちょっと縄持ってくる!」

 などと言い出した。


(いや、流石にやりすぎでは?)


 冗談でもなく、二人は本当にやりかねない勢いに見えた。

「ちょ、ちょっと待っておくんなせぇ!」

 慌てて玄関口に回り込んで出口を塞ぐ。


「大丈夫!ジューロさんに迷惑は掛けませんよ!」

「私たちが相談してしまったせいで…ジューロさんが気を回してしまうと、それこそご迷惑になりますから」


 二人とも善意なのだろう。

 しかし、それなら最初からカモミルを縛れば良かったのだが、それをしなかったという事は…。

「穏便に済ます為に相談しに来たのでござんしょう!?」

 という事…だと思って流石に制止する。


「そ…そうでした、私としたことがつい…」

 パセリさんは顔を赤くして俯いた。

 バジールさんはまだ微妙に納得していないのか、「うーん」と唸って考えているようだが。


「ま、まぁ…明日、あっしがカモミル殿を説得してみやすよ?それでダメならば…ということにしやせんか?」

 流石にグルグル巻きにされているカモミルを想像したら…不憫だと思った。


「すみません…余計な負担を背負わせたみたいで……」

「すまないジューロさん!もしダメなら私らでなんとかするから!」


 とりあえず、この場は収まったようだ。

 ふぅ…と一息つく。


「お二人とも、今日はもうお休みになりやしょう…バジール殿にいたっては病み上がりでござんすよね?」


「いやはや、本当に心配させてすまない!…そろそろ帰ろうか、ジューロさん!おやすみなさい!」

「そうね…本当にごめんなさいねジューロさん、今日は夜分遅くにお邪魔しちゃって…」


「いや、賑やかなのは嫌いじゃねぇんで…じゃあ、お二人共お休みなせぇ…また明日」

 休みの挨拶を交わした後、二人の背中を見送った。


 バジールが足の悪いパセリを支え、お互いに気づかい合い、ゆっくり帰る夫婦二人を見て、十郎は美乃梨さんの婚儀に想いを馳せていた──



 朝になり、十郎は窓からの日差しで目を覚ます。

 今日は森にトロールを探しに行く手筈だ。


 道中の支度を整えたあと、昨日の食事会で半分残していた固くなったパンを齧り、水筒の水を飲んで空き家を出ると、村の出入口に向かって歩き出す。


 一日で痕跡の一つでも見つかれば良いが、地図を見た限りでは十郎の脚でも数日は掛かる広さだろう。

 そして、村の出入口に差し掛かると、後方から声が聞こえてきた。

「ジューロさ~ん!」

 振り返ると勢いよく走ってくるカモミルの姿が見える、同行する気満々といった様子であった。


「はぁ…はぁ…っ、ジューロさんっ…ボクも一緒に行きます!」

「カモミル殿?親御さんに聞いたが、同行は反対されてたハズでござんすよね…?」


「うっ…」

 カモミルの狼狽した様子を見ると、やはり勝手に飛び出して来たようだ。


 出入口付近で待ち伏せされてないかと考え、見回りする予定でここまで来たが、探す手間が省けたと考えるべきか…。


「あっしもカモミル殿の同行には、反対でござんすよ」


 こちらから危険に足を踏み入れるのだ、万が一にも何かあった場合取り返しがつかない。

 少し強い口調で言ったのだが、カモミルも食い下がる。


「で、でもボクの脚なら!危険があっても逃げきれるし…囮にだって!」

 どうやら意思は固く、このまま行ってもやはり強引に付いてくるだろう…。

 カモミルがコッソリと後を付けてくる姿が、容易に想像できた。


「カモミル殿、おめぇさんの考えは分かりやす。村長が言っておった人の事が、どうしても心配なのでござんしょう?あっしが手を掛け殺してしまうんじゃねぇかと…」


 それを聞いたカモミルが驚いたように目をしばたたかせる。

「そ、そんなこと!」

「あっしはカモミル殿に約束しやしたよね?その人に手を掛ける真似はしないと…」


 十郎はカモミルと目線を合わせると続けて言う。

「それとも、あっしとの約束は信用されねぇので?」


「違う、違うんだ!ジューロさんは信用してる!でもボクは…」

「信用しているなら、任せてもらいてぇんで」

 我ながら卑怯な言い回しだと思う。

 話をしていて分かったが、カモミルは純粋に助けになりたいという気持ちもあるのだろう。


 しかし、ここは譲ってはいけない。

「それに、おめぇさんの脚は村を助けることに使ってほしいので」


「村を…?」

 少し寂しそうにカモミルがポツリと呟く。


「左様、あっしが森に行っている間はカモミル殿が頼みの綱。村を襲われた時にはその脚であっしの所まで駆けてきて欲しいのでござんす」

 そう言うと地図を広げ、カモミルに目的地を指し示して見せた。


「今日はここから森の北側を探索してきやす。もし村が襲われたなら北側に向かいあっしを探しに来ておくんなせぇ」

 指し示した地図を、カモミルがまじまじと見つめている。

「ようござんすね?」

「…分かった!村の事は任せて、それがボクの役割って事だよね?」

 そう答えるとカモミルが屈託のない笑顔を向けてくる。


「あぁ、あっしはカモミル殿との約束を守る。カモミル殿は村を守る!…侠の約束ってやつで」

 十郎もカモミルに笑顔で返した。


「うん!約束!」

 そう言うとカモミルが右手を差し出してくる──


「…?こいつは?」

 十郎には意味が分からず、首をかしげながら聞いた。


「え?…握手しようって思って」

「握手…とは、なんでござんしょう?」

「えーと…ジューロさんも右手出してくれる?」

「ふむ?」


 カモミルに倣って、同じように十郎も右手を差し出すと、手を重ねるようにして握りしめてきた。


「これが握手!」

 まだ幼さが残る小さな手ではあったが、どことなく力強さを感じられた。


「なるほど…して、どのような意味合いを持っているので?」

「えーっと…」

 手を繋いだまま、しばしカモミルが考える…。


「挨拶の意味もあるんだけど…心が通じた時とか、今みたいに約束した時とか…感謝したいときとか色々!」


「なるほど、覚えておきやしょう!」

 そうやってカモミルと握手を交わしていると、遠くからパセリさんの声が聞こえてきた。

「カモミル!カモミルー!」


「あっ!母さん!」

 その声に気付いたカモミルがパセリの方へ駆け寄って行く。

「もう、カモミルったら!ジューロさんに付いて行こうとしたんでしょ?」

「うっ…ごめんなさい…」


「パセリさん、カモミル殿とはしっかり話はつけやしたんで安心しなせぇ、縛るような真似はしなくても大丈夫でござんすよ?」

 冗談めかして言うとパセリが少し顔を赤くしていた。

「もう、ジューロさん!」

「ははは!冗談でござんすよ」

 会話の意味が分からないであろうカモミルだけが、キョトンとしていた。


「さぁて!それじゃ、あっしはそろそろ森に参りやすが…その間はカモミル殿、よろしくお願いしやすぜ?」


「うん!ジューロさんも気を付けて!」

「どうか、無理はなさらないで下さいね…」



 二人の言葉に深々とお辞儀で返すと、十郎は三度笠を被り、森の中へと進んで行くのであった──

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