【プロローグ】第4話
人手が増えるのは有効で、日が沈む頃には村をくまなく探し終えることが出来た。
他にも瓦礫に埋まっていた者もおり、怪我こそひどかったが三人の生き残りを見つけ出すことも出来た。
(長い一日でござんした…)
そう思う──
村の女衆が怪我人を観ている間。
十郎と村の男衆は、散り散りに倒れていた亡骸を一ヶ所に集め、日が沈む頃には全てムシロに包んでやることが出来た。
埋葬は明日になるらしい。
家を壊され失った村人と共に、今は空き家となっていた場所を借りて休んでいる。
最初は村長やカモミル達の家に招かれたのだが断った。
寝床が無事なら怪我人を優先させるべきだろう。
共に泊まることになった村人たちから代わる代わる御礼を言われた。
なんというか、こそばゆい感じではあったが悪い気分ではなかった。
こんな状況下で不謹慎とは思いつつも、親分に近付けたような感じがして少し嬉しかった。
村人さん方に、逃げた他の村人たちの安否などを色々と聞かれたり、トロールとどうやって戦ったのか等を聞かれたりした。
そのトロールで思い出した十郎が、実は二匹ほど取り逃がしたことを伝えると村人たちの顔が少し青くなるのが見えた。
少しだけ沈黙の間があったで十郎が口を開く。
「あの、村人さん方にお尋ねしてぇことがありやして、よろしいでござんすか?」
「…あっ、はい!私らに聞けることなら何でも!」
村人たちがハッと我に返る。
「日ノ本という国をご存知ですかい?」
「ヒノモト…?」
十郎の言葉を聞いた村人たちが互いに顔を見合せあう
「…聞いたことある?」
「知らないわねぇ…近所じゃないわよねぇ」
「村長なら…どうだろ?知ってるかな?」
「あんたは知ってるかい?」
「いやー知ってる地名なんて、王都と近くの村ぐらいだよ」
…どうやらここにいる人達は誰も知らない様子である。
十郎は少し質問を変えることにした。
「すいやせん、では。この村の名前を聞いても?」
「あぁ!それなら【イゼンサ村】って名前ですよ」
「いぜんさ村?でござんすか…」
今度は十郎が首をかしげた。
自分がこの村の名前に聞き覚えがないのは当然として、もし、ここが日ノ本だったなら、最初に日ノ本の場所を尋ねた時点で笑われててもおかしくはない。
(やはりここは異国の、いずこかなのだろうか?)
そんなことを考えていると玄関口から声がした。
「ごめんください、皆さん、いらっしゃいます…よね?」
視線をそこに向けるとそこに女性が立っていた。
金髪に青い瞳、長い髪を縄のように結ったような不思議な髪型をしている。
よく見ると、カモミルが肩を貸して地下から上がってきた人であった。
「少ないですけど、食事を持ってきました!皆さんで召し上がってください」
そう女性が言うと、女性の後ろから鍋を持ったカモミルが入ってくる。
「こんばんは!」
カモミルがそう挨拶をしてから鍋を机に置くと、女性は持ってきた人数分の器に注いでいくと、注ぎ分けたものをカモミルが手際よく配りはじめる。
鍋は質素なもので、豆をすり潰した粥のようであった
器と一緒に渡された木製の匙を使い、ゆっくりと啜る
豆の仄かな甘味が空腹に染み渡るようだった。
「あの…ジューロさん」
名前を呼ばれ、粥から視線を女性に向けると、先程の女性が立っており、ペコリと頭を下げる。
「助けていただいてありがとうございます、なんと御礼を言えばいいのか…」
「いや、出来ることをしただけなんで。どうか顔を上げておくんなさい」
その言葉で女性が顔を上げる。
「あの…息子は、ご迷惑を掛けてなかったでしょうか?」
「息子??」
十郎はその言葉を聞いて、そんなに幼い子を見掛けただろうかと頭をひねる。
「あっ、すみません!紹介が遅れました…私はカモミルの母で、パセリと申します」
ずいぶんと若く見えたが、あの少年の母親らしい。
「ご丁寧にありがとうござんす、パセリさん。堅気さんに名乗るほどの名前じゃござんせんが、十郎と申しやす」
十郎も軽く会釈をして話を続ける。
「カモミル殿は立派でござんしたよ。人を助ける為に一日中、駆け回っておりやした」
こうやって無事な人がいるのはカモミルの尽力があったからに他ならない。
そうパセリさんに伝えると、少しだけ彼女は顔をほころばせた。
「それに、こうやって飯を分けて頂いておりやすし…あっしも世話になってる次第でござんすから」
そう言って十郎は粥を飲み干した。
「あの、おかわりなどはいかがです?」
気を遣ってくれたのだろうか?パセリさんがそう聞いてくる。
「いや、十分ご馳走になりやした」
「お口に合わなかったとか…」
不安そうにパセリさんが聞いてくる。
「そういうことはありやせんよ…ただ、腹を満たし過ぎると、次に飢えた時がツラくなりやすので」
十郎はそう言って、空になった器に向けて手を合わせるのだった──
村人全員が食事を済ませるのを見て、カモミルが村人から器を回収している。
全ての器を空になった鍋に入れて片付けるとカモミルがパセリに声を掛けた。
「母さん、これで全部だよ!」
「ありがとうカモミル、それじゃ皆さん…お休みなさい」
頭を下げて挨拶をするパセリに続けて、それに倣うようにカモミルも頭を下げて挨拶をする。
「みんな、おやすみ」
村人それぞれが挨拶を返すのを見届けながら、二人は帰っていった。
「じゃあ、私らも寝ましょうか」
村人の誰かからそんな声が掛かると、各々ごろりと床に横になり始める。
「ジューロさん、寝心地が悪いなら何時でも言ってくれ…ベッドという訳にはいかないが、私らの敷物を重ねればいくらかマシになるさ」
「ベッド?良く分からねぇが…その心遣いだけありがたく頂戴しときやす」
彼らの話からたまに聞き慣れない言葉が出てくるが、何故か不思議と理解できたりするし、会話になるのであまり気にしないでおいた…気にする余裕もないが。
そもそも、なぜ異国の言葉が通じるのか…なぜ理解出来るのか…それも不思議だったが…。
なにより今日は、もう疲れた──
今は体を休めることに集中しよう。
そう考え、十郎は道中合羽にくるまり長脇差を抱くように横になると静かに目を閉じた。
夢を見た──
稲作親分とその娘──美乃梨さん。
美乃梨さんの隣にいるのは新郎の漁師さんだろうか?
一家の皆も一緒にいる。
晴れ姿に身をつつんだ娘を見て感極まる親分の姿、それを慰めたり、一緒に泣いたりする兄弟分たち…。
(めでてぇ、良かった…無事に婚儀は出来たんですね)
自分の事のように嬉しかった。
祝福の言葉を一つ掛けようと、十郎は親分と新郎新婦に近付こうとしたが、一向に近付くことは叶わなかった。
唐突に足元が波に掬われる感覚に襲われる。
そこで十郎の目が覚めた──
目を開くと、いつもと違う天井が視界に入った。
(夢でござんすか…)
それとも、今が夢の中なのだろうか?
自分の頬を思い切りつねると、ジンと確かな痛みを感じた。
外からは鳥の鳴き声が聞こえ、窓から朝日が差していた
既に部屋には誰もおらず、十郎は外に出てみる。
「おはようございますジューロさん、少しは眠れました?」
玄関口で年配の女性に声を掛けられた。
どうやら掃除をしていたらしく、箒を持っている。
「お早うござんす、お陰でしっかりと眠ることができやした」
そう言って、軽く辺りを見回してみる。
改めて見ると、今まで見てきた日ノ本の建物とは違った家ばかり並んでいた。
まぁ、いくつか瓦礫となっていたが、その違いは明らかだった。
「ところで他の皆さんは、どちらに行かれたので?」
「あぁ、それなら塀の修理や片付けに向かってますよ?」
そう言うと指で方向を示してくれた。
「村長さんもそこにいると思うから、昨日の事も聞いてみると良いかもねぇ…ヒノモト?だったかい?」
この女性は昨日の話を気に掛けてくれていたようだった。
「えぇ、ありがとうござんす…それでは」
少しだけ話を伺ってくるつもりで村長の姿を探す。
女性に言われた方向に進むとすぐに村長を見付けることが出来た。
昨日倒したトロールの近くに村長を含め、数人集まって話し合っている。
「おはようござんす」
十郎が集まってる人に挨拶をすると、皆が振り返り挨拶を返してくる。
「おはようございます、ジューロ様…で、宜しかったでしょうかな?」
やはり名前を微妙に間違えて覚えている様子だったが、特に訂正を求めるほどの名前でもないと思うので、そのまま頷いた。
「えぇ、改めて自己紹介させて頂きやす。十郎と申しやす。それと、あっしは様を付けるほどの名前でもございやせんよ」
軽く頭を下げて挨拶をする。
「そんな畏れ多い、ジューロ様はこの村を救ってくれた方なのですから」
「…恐れ入りやす、ところで話を変えやすが。村長さんにお聞きしたいことがござんして」
「あぁ、ヒノモトという国についてですかな?」
「ご存知で?」
「いえ…、実は他の者に先ほど聞かれまして、私もヒノモトという名前は初めて聞きましたし。お力になれず申し訳ないのですが…」
村長が深々と頭を下げた。
「とんでもねぇ、知らねぇならそれは仕方のない事でござんす。あと、もう一つ聞きたい事がござんして」
少し気まずそうに十郎が続ける。
「村長さんの名前は…なんと申しやしたっけ?」
異国の人の名前は覚え難かった十郎であった──
(※ちなみに村長の名前はリカブトである)
イゼンサ村のはずれに墓地があり。十郎は、村人の亡骸を埋葬する手伝いをしていた。
「すまないねぇ、ジューロさん…手伝ってもらっちゃって」
「これくらいは大したことありやせんよ、この方で最後でござんすね…」
各々が最期の挨拶を言い終わるのを待って、埋葬をした
指と指を組んでから祈る村人たちの横で、十郎も手を合わせて冥福を祈った。
村に戻ると【トロール】の死骸が未だに転がっている
その近くで村長達が話し合っていた。
このまま放置すると、腐って流行り病の原因になるだろうとの事で、人の立ち入らないような森の奥へと捨てに行くことになった。
しかし、あの巨躯を乗せれるような荷車などはないので、トロールの体に縄を巻き付け引き摺り出すことにしたのだった。
「ジューロさん!こっちまで、お願いします!」
カモミルが申し訳なさそうに、遠慮がちな声で十郎を先導している
「承知しやした」
十郎はというと、縄で固められたトロールを一人で引きずって運んでいた。
始めは皆で引っ張っていく予定だったのだが、十郎一人の力がひたすらに強く、単独で運んだ方が早いと判断したのだ。
「ジューロさん!ここ!ここなら人が来ることはないから」
十郎はいわれた場所にトロールを破棄すると、手拭いで汗を拭い、一息入れた。
「ジューロさん…本当に全部一人で運ぶの…?」
心配そうにカモミルが聞く
「一匹くらいなら…村のボク達みんなで運べると思うんだけど…」
「いや、これで良うござんす」
「でも…」
「取り逃がしたトロールがまだおりやすし、運んで疲弊してる所を堅気さん方が襲われたら、たまったもんでもねぇでしょう?」
「あっ…」
カモミルは言われて気付いたようだ。
「それに残った人には見張りをして貰っておりやす。村には見張り台の代わりになる家もいくつかありやしたし、急な襲撃があっても、こちらに知らせる事になっておりやす。まぁ、その時はまた何とかなるでしょう…たぶん」
それでも大丈夫とは言い切れないが、と付け加えた。
「…あの、ボクは何か役に立てるのかな?」
「ん?」
「今も道案内しただけだし…」
自信なさげにカモミルが呟く。
それを見た十郎は少しだけ考え込んだ後、口を開いた…
「これはあっしの親分の受け売りだが、役割ってもんで…」
「役割?」
「おめぇさんは親の為に……パセリさんは見たところ脚が悪いんでしょう?その脚がわりとして負担を掛けねぇよう、一生懸命に良くやっておりやす…」
「でもそれは」
「それに…」
カモミルの言葉を少し遮るように十郎が言葉を続ける。
「あっしも助かっておりやすよ…おめぇさんは足が速い、そんなおめぇさんが先導してくれる事で…どんな危険が迫って来ても、疾風のように知らせてくれるという安心感がありやす」
当たり前と感じてることでも、他人の助けになっていることがある。
自分がやれることをやってるなら、胸を張っていいのだとカモミルに伝えた。
「さて、戻りやしょうか!道中(どうちゅう)頼りにしてやすぜ…カモミル殿」
「ッ…はい!任せて、ジューロさん!」
沈んでいた声から少しだけ元気が戻ったようだった。
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