【プロローグ】第3話
十郎達は林道から外れ、雑木林を進んでいく──
少年が言うには村までの最短距離らしい。
逃げ出す時にも同じように近道としてここ通ってきたらしいが、運悪く先程の鬼──
トロールとか言うらしいが、それに見つかり追われていたのだそうだ。
その名残なのか、木々が打ち倒されていて獣道が出来上がっており、そこを少年と共に走り抜けている。
少年は村でも脚の速さには自信があるらしく道案内を買って出てくれた。
かなり脚が速く、大人顔負けの飛脚のようだった。
先ほど助けた人達は、救援を求めにそのまま町へ向かうらしいが、恐らくそれでは村に残された者たちは手遅れになるだろう。
走り続けて四半刻(※15分)いや、それよりも速く到着しただろうか?
木造の塀で囲まれている村──
もっとも、今はそれらは破られているようで、内側から激しい音が聞こえ、土煙が巻き起こっていた。
「ここまでで十分だ、おめぇさんは戻りなせぇ…」
案内してくれた金髪の少年に声を掛けた。
全速力で案内してくれたので少年は息を切らしているが、ここが危険な場所と化してるならば、早めに離れてもらった方がいいという考えだった。
「はぁっ…はぁっ……で、でも…!」
「不安なのは分かりやすがね、人には役割ってもんがあるんで」
それだけ言うと少年をその場に残し、十郎は塀の内側へ入っていく。
まず村に足を踏み入れると目についたのは瓦礫の山だった。
農具や槍を持った男達がそこかしこに倒れており、強い血の臭いが辺りに充満している。
最期まで抗ったのだろう…。
手を合わせて弔(とむら)ってやりたいのは山々だったが、今はそれどころではない。
周囲を警戒しつつ、何かを壊すような音のする方へと向かっていくと、先程のトロールという化け物を視認できた──
一匹は瓦礫の山を棍棒で殴り続けており、残りの二匹は瓦礫から何かしらを漁って食べている。
見えているだけで三匹──
他にもいるかも知れないが、一匹は瓦礫を殴ることに集中しており、残りの二匹は武器を置いたまま食事に夢中ときてる。
十郎は意を決し、長脇差に手を添え走り出す。
まずは棍棒を瓦礫に振るっている方へと距離を詰め、背後からその首目掛けて長脇差を振るった。
ザシュッ──!!
気が急いたからか、踏み込みが足らず一撃では仕留められなかった。
「ガアァァアアーッ!?」
相手に絶叫を許してしまう。
残り二匹の、トロールたちの三ツ目が驚愕に見開かれ、こちらに視線を向けたのが見える。
(流石に、気付かれるか!)
十郎は軽く舌打ちをすると、絶叫を上げたトロールの首に向かって、再び刃を薙いだ。
トロールの首と胴体が泣き別れになり、絶叫がピタリと止まる。
十郎は、飛んだ首には目もくれず、間髪入れずに残りの二匹に飛び掛かった。
それを見たトロール達は、一匹は武器を取りに向かい、もう一匹はこちらに素手で殴りかかってくる──
十郎は体を屈めて拳を避け、体をひねりながら刃を振り上げると、驚くほど簡単にトロールの腕が斬り落とされた。
「ギャガッ!?」
振り上げた刃をそのままトロールの顔面に振り下ろし、脳天をカチ割る。
「ガ…」
今度は絶叫を上げる間もなく、トロールは絶命した。
残された最後の一匹に目をやると、そのトロールは既に棍棒を手にとっていたが、狼狽の表情を浮かべている。
「ウボッ!グボッ…グオオッ!」
トロールが声を上げ、踵を返したように退散していく。
追撃しようかとも思ったが、退散していく大きな足音が他にも一つ聞こえた。
恐らくもう一匹トロールが潜んでいたのだろう、うかつに深追いするのは危険と判断し、止めておいた。
「ひとまず、終わりやしたかね?」
はぁ~っ!と深く息をつくと、十郎は再び辺りを見回した。
潰されている者、腕や足があらぬ方向に曲がり血を流している者、ピクリとも反応がなかった…。
「誰かいねぇかい!?」
大声で叫んでみる──
残された人がいると聞いていたが、皆殺しにされてしまったのだろうか?
「おぅい!生きてる人はいねぇのかい!?」
いくらか無事な家は残っていたものの、そのどれにも人の気配はない。
「剣士さん…」
不意に背後から声を掛けられ十郎はビクリ!と体を跳ねさせ驚いた。
「ぬあっ!?……驚かせねぇでくださいよ…」
振り向くと、そこには案内してくれた少年が立っていたが、顔は青ざめ、今にも泣きそうな顔をしている。
無理もないだろう──
そこかしこに骸となった人達が倒れているのだ。
「あまり聞きたくはねぇが、倒れてる人が残りの村人全員なので?」
「……いえ、怪我や病気で動けない人とか…お年寄りとかも、残ってたハズなんですが…」
少年は首を横に振ると絞り出すような震える声で答えた。
十郎は少年の傍に近付くと、背を屈めて目線を合わせる。
「左様で…、しかしまだ生きてる人もいるかも知れやせん、手分けして探してみやしょう」
こくりと少年が頷くのを見て十郎も頷き返した。
「そういや名前を聞いておりやせんでしたね、あっしは十郎と申しやす」
十郎に名前を訊かれた少年はおずおずと答える。
「ボクは、カモミル…って言います」
「カモミル殿、諦めちゃいけやせん。きっと無事な人もおりやすよ」
少年を十郎なりに励ますと、二人で手分けして捜索することになった。
人が瓦礫の下敷きになっている可能性もあったので、大声で呼び掛けた後しばらく静かに耳を澄ます。
瓦礫に向かってこれを繰り返す──
地道な作業ではあるが一軒ずつしらみ潰しにやるしかなかった。
「ジューロさん!ジューロさん!」
慌てたカモミルの声が聞こえ、こちらに走ってくるのが見えた。
名前が微妙に違う感じで覚えられているが、この際それはどうでも良かった。
「誰かおりやしたかい?」
「いたよ!手伝って欲しいんだ!」
ついてきて!とカモミルが走り出したので、その後を付いていく。
案内されたその場所は、トロールとやらが一心不乱に殴りつけていた瓦礫であった。
今にして思えば、アレが執拗に殴っていたのは人が隠れていたからなのかも知れない。
「ここ!ジューロさん!地下に避難してたみたいなんだけど…」
呼ばれてカモミルのいる場所に近付くと、確かに声が聞こえた。
「カモミル!逃げなさいって言ったでしょう!お母さん達は大丈夫だから…」
瓦礫が邪魔をして聞こえ難かったが、話から察するに、どうやらカモミルの母親が閉じ込められているらしい。
「大丈夫だよ、母さん!今助けるから待ってて!」
声のする方に向かって、大きな声でカモミルが返していた。
よく見ると、既に少し瓦礫がいくつか退けられている…。
カモミルの手が黒く汚れてるのを見ると、慌てて自分だけで掘ろうとしたのだろう。
「ジューロさん、お願い!これ、二人ならなんとか退(ど)かせないかな?」
カモミルが指差した場所に、大きな土壁のような瓦礫が倒れている。
「わからねぇが、まずは試してみやしょう」
二人でその瓦礫をつかむと「せーの!」という掛け声と共に全身に力を入れる。
ゴバァッ──!!
結構な大きさの瓦礫だったが容易く持ち上げるができた。
この少年──カモミルは相当な怪力の持ち主なのでは?
視線を瓦礫からカモミルに移すと驚いた表情をしていた。
「ジューロさん、ボク必要だったかなぁ…?」
尻餅をついて、手は離してしまっていたらしく、どうやら十郎一人で瓦礫は持ち上げていたようだ。
退かした大きな瓦礫を見るが今一つ実感は湧かなかった。
「いや、おめぇさんが幾つか退かしてくれてたお陰でしょう」
ともかく今は、そんなことを考えている暇はない。
砂のついた手をはたきながら次の瓦礫に手を延ばし、次々と退かしていく。
カモミルもそれに続いて邪魔になりそうな瓦礫を取り除いてくれた。
そうして二人で作業を続けていると、地面に寝そべるような板戸が見えてきた。
「母さん!もう大丈夫だよ!今開けるから」
カモミルが板戸に駆け寄ると、取っ手を持って懸命に引っ張る…。
しかし板戸が曲がっているからか、びくともしない
その様子が地下からでも分かったのか、内側から心配する声が再び聞こえた。
「カモミル、お願いだから無理はしないで…私達が押し上げてみるから…」
「わ、分かった…」
カモミルが板戸から離れると内側からガン!ガン!と音がする。
数人で体当たりしているようだが一向に開く気配がない…。
ラチが明かない気がしたので十郎はたまらず、ある判断を決めて、板戸の内側に向けて声を掛けた。
「みなさん方、あっしが開けれるか試してみやす」
体当たりしているような音が止むと、今度は板戸の内側から男の声が聞こえた。
「あ…、あなたは?」
「夕暮れまで時間もねぇんで、紹介は終わってからにしやしょう、下がってておくんなさい」
「…分かりました、お願いします」
そう言うと男は内側にいる人と一言二言交わすと奥へと引いて行った。
人の気配が無くなるのを確認した十郎が、取っ手に手を掛けて勢いよく──
…ポキン!
「あ」
「うっ?!」
カモミルと目が合う──
「今の音は?」
内側から先ほどの男の声が聞こえた。
「いや、気にしないでおくんなさい」
カモミルから視線を逸らし、するりと鞘から長脇差を抜いて構える。
長脇差を使って板戸を斬ることで、取っ手代わりの穴の一つでも出来ればいいとの算段だった(本来こういう使い方は、武器を痛めるのでしたくはなかったが)。
気を取り直して刃を振り下ろす──
スパッと、まるで豆腐を切ったように板戸が裂けた。
十郎自身、その切れ味に驚いたが、すぐに頭を切り替え、板戸の裂けた隙間に手を掛ける。
板戸を引き剥がしていくと、地下に延びる階段が目に入り、カモミルと共に中の様子を伺う。
夕焼けで日が入りにくくなっていて見え難かったが、奥には多くの人が身を潜めているのが分かった。
「母さん!みんな!大丈夫!?」
カモミルが地下に降りていく。
そこから再会を喜ぶ話声や泣き声が聞こえてきた。
十郎は地下に入らず周囲の警戒を続けていた。
しばらくすると階段を上る足音が聞こえてきて人が出てくる。
二十人ほどは居ただろうか?
そのほとんどが年配で、他には怪我をしている者が数人
カモミルが肩を貸して出てきた女性も同様か、足を引きずりながら出てくるのが見えた。
そうして出てきた人々の中から、髭を生やした中年の男が十郎の前に一人出てくると、深々と頭を下げる。
「剣士様、ありがとうございました。私は村長のリカブト、村を代表して御礼を申し上げます」
声から先ほど扉で会話した男だと分かった。
「いや、礼には及びやせん。あっしは十郎と申しやす」
十郎は三度笠を外して頭を下げる。
「村を助けていただいた御礼を…したいのは山々なのですが……」
「いや、そいつは別に構わねぇこって。それより他にも生き残りがいるか、探さねぇとならねぇでしょう?」
目の届く範囲に倒れている者達が息絶えているのは既に確認している。
しかし見落としがあるかも知れないし、他にも瓦礫の下敷きになっている者もいるかも知れない。
出来れば日が沈む前には一通り調べておきたい。
そう村長に伝えると、今いる村人全員で捜索にあたることになった。
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