第30話 ご両親との対面

 マクシム様と結婚してから、およそ二ヶ月後。私はついに彼のご両親が住んでいるという南方のナヴァール家別邸を訪れていた。

 馬車が目的地に近付くにつれ、緊張のあまり体がカチンコチンに固まってしまう。私は何度も深呼吸を繰り返しては気持ちを落ち着かせようとしていた。


「そんなに怖がらずとも、父や母はお前を取って食ったりはしないぞ。むしろ、バロー侯爵夫妻の娘との対面を心待ちにしているのだから。この二ヶ月間何度も矢の催促があっていた。早く嫁を連れて来いと」


 ふー、ふー、と胸を押さえながら深呼吸を繰り返す私を、向かいに座ったマクシム様が優しい眼差しで見つめて微笑んでいる。


「で……ですが……っ、実際にこんな私を見たら、ご両親はがっかりされてしまうかもしれません……っ。マクシム様が雇ってくださった先生方とお勉強を始めたのもたった数週間前ですし、な、何の知識もなくて、まともにお話しができるかどうか……っ」

「馬鹿なことを。お前のような可愛らしくて健気な嫁が来て嬉しくないはずがない。いろいろな事情は先に説明してある。お前はそう気負わずに、ただ両親に顔を見せてやるくらいの気持ちでいたらいいんだ。何かあれば俺が全部フォローする」

「は、はい……。……いえ、そんな、か、顔を見せてやるだなんて……」

「ほら、後ろの馬車にはお前の大好きなカロルとルイーズも乗っているぞ。何も心配するな。大丈夫だから」


 マクシム様はそう言うと私の隣に移動してきた。そしてそのたくましい腕で軽々と私を膝の上へ抱き上げると、何度も額やこめかみ、頬や唇にキスをする。


「……可愛いな、お前は。適当に挨拶を済ませたら、明日は近くの湖に散策にでも行こう。この辺りは自然が豊かで景色の美しい場所がたくさんある。きっとお前も気に入るぞ」


 そう話しながらも、マクシム様は私を抱き寄せキスするのをやめない。……二人きりにしてもらっててよかった。カロルたちと一緒の時にこんなことをされたら、恥ずかしくて気絶してしまう。

 最近のマクシム様は、以前にも増して私に甘い。


「……マクシム様、お仕事の方は大丈夫なのですか……?初めてですよね、こんなに長くお休みをとられるのなんて」

「ああ。むしろこの日のために急ぎの仕事は全部集中して片付けていたんだ。何も心配いらない。たまにはいいさ」

「それならよかったです。……長くお姿をお見かけしていませんが、セレスタン様もお元気でいらっしゃいますか?」

「ああ。あいつは今長期出張中だ。あいつにしかできない重要な任務を任せてあるからな」

「……そうなのですね」

「ほら、エディット、邸が見えてきたぞ」

「っ!」


 マクシム様の居心地の良い膝の上で雨のように降ってくるキスを受けているうちに、ついに到着してしまった。ど、どうしよう……っ!気に入っていただけますように……気に入っていただけますように……っ!


 門が開かれ、花々の咲き乱れる美しい道を通り馬車から降りると、私はマクシム様にエスコートされながらお屋敷の中へと足を踏み入れた。




 ◇ ◇ ◇




「……ようやくお目にかかれたな。申し訳ない、私がこんな体なものだからね、なかなか遠方へ出向くことが難しく、ご挨拶が遅れてしまった。よくぞあのような辺境の地に、こんな図体ばかり大きな無骨者のために嫁いできてくれたものだ」

「本当に可愛らしいお嬢様だこと……!バロー侯爵夫人にそっくりじゃありませんか。ああ、懐かしくて涙が出ちゃうわ」


 応接間で対面したマクシム様のご両親は、想像していたよりもはるかに温和でお優しい雰囲気の方たちだった。特にお父様……、マクシム様のように歴戦の猛者として名を馳せたお方であると聞いているけれど、一見したところとてもそんな厳しい雰囲気はない。松葉杖を横に置き大きな椅子にどっしりと腰かけたそのお体は、たしかにマクシム様に負けず劣らず大きいけれど。

 グレーの瞳も、マクシム様とそっくりだ。


「お……お初にお目にかかります。エディットと申します。こ、このたびは……」

「いい、いい。そんな固い挨拶などしなくとも。さぁ、あなたもそこへ座って。積もる話は山とあるんだ。しばらくはゆっくりしていくといい。……ゆっくりできるんだろう?」


 私のカチコチの挨拶をやんわりと遮ると、ニコニコとソファーを勧め優しくそう言ってくださったお義父様、ナヴァール前辺境伯様は、コロッと仏頂面を浮かべマクシム様にそう尋ねた。


「まぁ、数日はな」


 同じような仏頂面でそう答えるマクシム様とお義父様は、そうしているとたしかによく似ていた。私に話しかける時と二人で話す時とはまるで別人のようだ。そんな二人を尻目にお義母様はうふふふと嬉しそうに笑いながら私に言った。


「この日のためにと思って、美味しいお茶やお菓子をたくさん取り寄せてあるのよ!一緒に食べましょうね、エディットさん」

「は、はい。ありがとうございます」






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