第29話 消えた美男子(※sideアデライド)
「ここならゆっくり話せますね。ところで……、さっきお名前を伺った時から気になっていたのですが、オーブリー子爵家といえば、あのバロー侯爵家の親戚筋のお家柄でしたよね?」
「あら、よくご存知ですのね」
庭園のベンチに並んで座るやいなや、セザール様はそのきらめくような眼差しで私の瞳をジッと覗き込みながらそう尋ねてきた。距離が近くてドギマギしてしまう。……本当に、素敵な方……。
「やはりそうでしたか。いえ、バロー侯爵家といえばかつては有名な名家でしたから。そうですよね?」
「……いえ、実際はそうでもなかったんですのよ」
「え?そうなんですか?と、仰いますと……?」
セザール様が美しい瞳で私にそう問いかける。間近で見つめ合うとあまりの麗しさにもう頬が火照って仕方がない。すごく素敵……本当に素敵……っ。
激しく動揺してしまった私は慌てて目を逸らすと、できるだけ意識しないようにと彼の問いに淡々と答える。……意識しすぎて無様な女だと思われたくないわ。のぼせ上がっていたら相手が冷めて他の女に目移りしてしまうかもしれない。男に追わせる女でいなくちゃ。特にこんな、誰もが放っておかないような美男子が相手ならなおさらよ。
「実はバロー侯爵家って資金繰りに困っていてすごく逼迫していたんですって。それを周囲に知られないようにと私の両親であるオーブリー子爵夫妻がお金を工面してあげたりして、フォローしていたんですのよ」
「なんと、そうだったのですか。それは初耳だな。そのお話は、どちらから?」
「もちろん両親から直接聞きましたわ。バロー侯爵夫妻の死後、そこの一人娘をうちに引き取ったのですけれど、この娘がまたろくでもない子で」
「ほぉ……。一体どんなお嬢さんだったのですか」
セザール様が気遣うような優しい瞳で私を見つめながら問いかける。よっぽど私に興味があるのね……。こんなに私の家の事情を知りたがるなんて。
気を良くした私は彼の視線を受け止めながら話を続けた。
「私が7歳の時にはもううちにいた娘なんですけどね。昔から両親には何度も言われていましたの。あれはろくでもない親の血を継いだ子だから、決して甘やかしてはいけないと。外に出ようとしていたら引っ叩いてでも何をしてもいいから必ず止めさせなさいって。両親が言うには、人目を盗んで家のお金を盗み出そうとしたり、私の持ち物を勝手に持っていこうとしたり何度もしていたんですって。やはり浪費家の娘だわ。生まれつき素行が悪かったのよ」
「……ほぉ……。では、かなり厳しく育てられたのでしょうか、そのバロー侯爵家のお嬢さんは。お屋敷の中ではどのように過ごしていたのです?」
「まぁ、そうですわね。両親はあの子を決して甘やかしませんでしたわ。使用人たちと一緒に屋敷のために労働をさせながら、母や私たち姉妹の世話をさせたり……。少しでも怠ければ、父や母が厳しく折檻していましたわね」
「……。ではご令嬢としてではなく、あくまで使用人として過ごしていたと」
「ええ。そうです。私や妹とはもちろんまるっきり生活が違いますわ。小さい頃からそんな子が屋敷の中にいて、とても嫌でしたの。ようやく最近嫁いでいったんですけどね」
「そうなのですか。一体どちらへ?」
「ご存知ありません?ほら、氷の軍神騎士団長とかいう二つ名のある、西端の地の恐ろしい辺境伯ですわ。戦へ行けば一人で敵軍を皆殺しにして辺り一面血の海に変えるとか、血も涙もない噂話がたくさんある殿方です。ニヶ月ほど前に、その方のところへ」
私がその辺境伯のことを話題に出すと、セザール様は何だか少し楽しそうな表情をした。
「ああ、分かります分かります。恐ろしい男ですよねぇ。人の血が通っているのかな。何でも近付く女たちは皆食い殺されるらしいですよ」
「ま、そうなんですの?やだわ。じゃああの子ももう死んでるかもしれませんわね」
「そうですねぇ。ご無事だといいのですが」
セザール様は口元を手で覆って咳払いをすると、また私のことを見つめて言った。
「では、今は妹君とあなただけがオーブリー子爵家にいらっしゃいるのですね」
「ええ。と言っても、妹は婚約しましたし、私ももうすぐ婿取りを……」
「えっ……、あなたは、もうご結婚なさるのですか……?」
案の定、私がもうすぐ結婚することをほのめかすと、セザール様の表情が曇った。胸がときめく。
「仕方がありませんの……。私ももういい歳ですし、両親が決めてきたことですから……。まぁ、もっと素敵な方が現れればまた話は別かもしれませんけど……」
「……そうですか。ご両親はどのような婿を望んでおられるのでしょうか。領地の仕事を任せられるような男ならば、僕なんか適任だと思いますが」
「っ!や、やだわセザール様ったら……。うふふふふ」
期待した以上に真っ直ぐな好意を示され、思わず顔がニヤける。えー、ちょっと待ってよ……。もうこれって決定的じゃない。この人私に一目惚れしたんだわ。
「もっと聞かせてください、あなたやご両親のこと、お宅のことを。……使用人たちは、皆勤めて長いのですか?」
その後気を良くした私は彼に問われるがままに次々とオーブリー子爵家の内情を話していった。
しばらくすると、「ちょっと飲み物を取ってきますね。待っていてください」という彼の言葉に頷いて、私はウキウキしながら庭園のベンチで待ち続けた。
けれど。
数時間後、パーティーがお開きになるまで、彼は戻ってこなかった。
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