第28話 美しい殿方(※sideアデライド)

 その日、私はとある伯爵家の令嬢に招かれ、彼女の家のタウンハウスで行われたパーティーに参加していた。彼女と侯爵家嫡男の結婚を祝しての、友人たちだけのパーティー。もうとうに式も挙げ、大規模なパーティーもやったというのにまだやるの。豪勢なものね。今回は学生時代の友人などがメインの若者ばかりが集まるパーティーだのいうのに、それでも盛大なものだった。すごい人数だわ。お相手が侯爵家の嫡男だもの。そりゃ浮かれて見せびらかしたくもなるでしょうね。

 奥の方で夫となった男にピタリと寄り添い、周囲に集まった友人たちからの賛辞を受け満面の笑みを浮かべている主催者の顔を見て、私はひそかにため息をついた。パーティーは大好きだけど、今日は気分が上がらない。彼女と自分を比べてしまうからだ。

 なかなか上手くいかなかった私の縁談。ようやく進みそうな相手と破談になったりしたこともあったけれど、そんな私もついに来月結婚する。相手は決して有力な家柄でもない子爵家の次男。パッとしない結婚。


(はぁ……。しょうもない人生よね。うちは子爵家の中でも結構裕福な方だったはずだけれど、結局私が結婚するのは誰からも羨ましがられないような、見た目も全然カッコよくない、うちよりだいぶ貧乏な家の次男坊……)


 親のせいだと思った。私が若い頃に父と母が高望みしすぎたからよ。絶対に無理そうな家柄の子息ばかりを狙っては断られ続け、いつしか私は22にもなっていた。


(要領が悪いのよね、お父様もお母様も。何であんなに頭悪いのに商売だけは上手くいってるのかしら。信じられないわ)


 幸せそうな主役の二人に近付く気にもなれなくて、私は広間の片隅で椅子に腰かけ甘い果実水をちびちび飲んでいた。こんな時に素敵な男性に声をかけられたら少しは気持ちも華やぐはずのに。だけど誰も私のことなんか気にも留めていない。皆主催者たちの周りに集まってキャッキャと褒めそやしている。苛々してきた。


 その時、だった。


「失礼、レディー。隣に座ってもよろしいですか」

「はい……?…………っ!」


 声をかけてきた人を振り向いた途端、心臓が痛いほど大きく高鳴った。衝撃に息が止まる。

 そこには、あまりにも端正なお顔立ちの殿方が立っていたのだ。サラサラの艷やかな銀色の髪に、優しそうな翡翠色の瞳。スラリと高い身長に、しっかりと筋肉のついていそうなたくましい肩幅。まるで夢物語の王子様のような人が、私のことを見つめていた。


「人混みがあまり得意ではなく、少し疲れてしまって。……よければ僕もここで少し休みたいのですが。構いませんか?」

「……っ、」


 ゴクリと唾をのむ。心臓がドクドクと暴れはじめ、緊張のあまり全身にじんわりと汗が滲むほどだった。こんなにカッコいい人をこの目で見たのは、初めてかもしれない。


「ど……どうぞ」

「ありがとう」


 私の言葉に微笑んでそう返事をすると、その方はスマートな仕草で隣に座った。




「アデライド・オーブリー子爵令嬢、か……。名も華やかで美しいですね。あなたにピッタリだ」

「そ、そんな……。お上手ですわ、セザール様」


 友人を尋ねて遠方からやって来たというその男性、セザール様は、私に興味津々といった様子だった。広間には大勢の若い令嬢が集まっているにも関わらず、この人は私から一切視線を逸らさない。美しい翡翠色の瞳でジッと見つめられ、ドギマギして体温が上がる。……ねぇ、これってもしかして、運命の出会いなんじゃないの?

 男性があまりにも素敵なものだから、まだどこの誰かさえはっきりしないというのに、私の頭の中にはそんな考えさえ浮かんでいた。


「……ね、ここは賑やかすぎて話しづらいから、人の少ないところへ移動しませんか?」

「……えっ……」


 セザール様は突然私にそんなことを言った。

 何よそれ。まだ出会ったばかりだというのに、失礼な男ね。私に何を期待しているのか知らないけど、そんなに手軽な女じゃなくってよ!

 ……なんて言う気には全くなれなかった。だって、本当に素敵なんですもの、この人。もしかして、本当にもしかしたら、この出会いをきっかけに私たちは恋に落ちるかもしれないのよ?そしたら、上手くいけば私はこの美男子と一緒になることに……。そうすればあんな不細工な子爵家の次男なんかと一緒にならずに済む……!


「……まぁ、構いませんわ、少しでしたら」

「ありがとう。嬉しいな」


 尻軽な安い女と思われたくなくて少しためらう演技をした後、私はセザール様と一緒に広間を出て人気のない庭園に移動した。






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