第27話 嫉妬

「今夜は楽しいひとときをありがとうございました、エディットさん」


 食事が終わるとマクシム様が早く帰れと何度も急かし、やれやれと肩を竦めながらセレスタン様は玄関に向かった。マクシム様の部下とはいえ、お客様相手に失礼ではないのかしら……。私は気になって仕方なかった。玄関ホールまでお見送りに来た私にそう声をかけてくださったセレスタン様に、私はおずおずと謝罪をする。


「せ、せっかく来てくださったのに、何だか、その……、すみません……」


 口下手な私の謝罪の意味を察してくださったのか、セレスタン様はにっこりと笑う。


「ああ、いえいえ、全然お気になさらず。団長と俺はいつもあんな感じですから」

「そ、そうなのですか……?」

「ええ。長い付き合いですし、団長は俺のいろんなを見てきてるから不安でしょうがないんでしょうね。ふふ」

「……?」


 何だろう、悪行って。

 こんないい人そうな方でも、何か悪いことをしていた時期があったのかしら?

 そんなことを考えていると、セレスタン様がその端正なお顔を私に近付けて、耳打ちするようにそっと言った。


「団長はヤキモチ焼いてるんですよ。他の男にあなたを盗られたらたまったもんじゃないとピリピリしてるんです。俺が何かするわけないのにねぇ。ま、それほどあなたに首ったけってことですね」

「……っ!」


 そ……っ、そんなことを言われても、どう反応すればいいのか……。

 会話が下手な私はセレスタン様の言葉に上手く切り返すこともできない。情けなく真っ赤になって固まっている私のことをジッと見つめていたセレスタン様が、ポツリと言った。


「……可愛いなぁ。ある意味では正解だったのかもしれませんね、あなたが子爵家の屋敷から外に出ずに育ったのは……」

「……え?」


 その時。


「おい!!いつまでいるんだお前は!用が済んだなら早く出て行け!」


 思わずビクリとしてしまうほど大きな声で怒鳴りながら、マクシム様がこちらにやって来る。


「はいはーい。全く……。あなたのために来たんでしょうが……。ではまた、エディットさん。あんな無骨者ですが、どうぞよろしくお願いしますね」


 何やらボソリと呟くと、セレスタン様は最高の笑顔を作って私に微笑みかけ、颯爽と出て行った。その笑顔の美しいこと。眩しすぎて目がチカチカする。きっと女性にすごくモテる方なんだろうな。


「エディット、いつまでも見送っていなくていい。こっちへ来い」

「は、はい」


 何だかすっかり機嫌が悪くなってしまったマクシム様にビクビクしながら、私は言われた通りに彼の後について居間へと戻ったのだった。







 その夜。

 寝室に入ってきたマクシム様は、何の前触れもなくいきなり私をベッドに押し倒すと互いの服を剥ぎ取り、貪るような情熱的なキスをした。驚いて固まっている私の全身を包み込むように力強く抱きしめながら、息もできないほどの熱い口づけを繰り返す。ようやく唇が離れたかと思うと、マクシム様は私の首筋に噛みつくような激しい愛撫を繰り返した。それでも手加減してくださっているのか痛みはさほどないものの、あまりにも性急な触れ方に私は戸惑うばかりだった。

 余裕のないマクシム様の動きと瞳の色を少し怖いと思ったものの、私はされるがままに彼を受け入れた。


「……あいつを気に入ったのか?」

「……え……っ?」


 ずっと無言のまま私を求めていたマクシム様が、ふいに掠れた低い声でそう囁いた。耳元に熱い吐息がかかってピクリと体が弾む。何のこと……?話しかけられても……、私は彼を受け入れて応えるのに必死で、それどころじゃない。だんだんと快感の度合いが増してきた刺激に耐えながらも、マクシム様の体に爪を立ててしまわないようにと必死なのに。今喋ったら……また変な声が出てしまう。


「エディット……、俺だけを見ていろ。いいな。……お前は、俺のものだ……。誰にも、渡さない……」

「…………っ、ん……」


 どういう意味ですか?一体どうされたのですか、マクシム様。私はもちろん、あなただけのものです。あなたの妻なのですから。


 そう答えたかったけれど、片時も止まることのないマクシム様の動きと与えられる熱に翻弄され、私は今にも漏れそうになる自分の声を堪えるのに必死だった。

 彼の分厚い筋肉に覆われたたくましい体は、今までに感じたことのないほどに熱かった。




 数刻後。

 マクシム様は荒い呼吸を繰り返しながらぐったりしている私をおずおずと抱きしめ、バツが悪そうに謝罪した。


「……すまなかった、エディット……。大丈夫か?」

「……ん……、だい、じょうぶ、です……」


 心配させないように気力を振り絞って答えるけれど、もう限界。眠っても、いいですか……?

 別に痛いわけでも辛いわけでもない。味わったことのない快楽の波に、たしかに戸惑ったけれど。それに無我夢中で私を求めるマクシム様の動きは性急ではあったけれど、決して乱暴じゃなかった。

 だけど私に腕枕をしてくれながら片方の手で私の髪を優しく撫でるマクシム様の声はシュンとしていて可哀相なほどだ。……どうしてそんなに沈んでいるのかしら……。


「頭ではちゃんと分かっているんだ。あいつが俺の妻に手を出すような奴ではないことも、お前が夫以外の男に靡くような女ではないことも。だが……、そういった意味ではなくても、他の男と話しながら頬を染めているお前の姿を見るだけで、理性が飛んでしまう。お前のあんな可愛い顔は、他の誰にも見せたくない。一生この腕の中に閉じ込めて、お前を俺だけのものにしてしまいたいと、そんな独りよがりな願望を抱いてしまうんだ。……それじゃお前のためには決してならないのにな。せっかくこうして、外の世界に出られたというのに……。……はぁ……」


 マクシム様の声がだんだん弱々しくなる。……何だかすごく落ち込んでいることだけは分かる。

 こんなに強くて頼もしい人が、私のことで悩み弱気になっている。……安心させてあげなくちゃ。

 そう思った私は、今にも途切れそうな意識を必死で繋ぎ止めながらどうにか言葉を絞り出す。


「マクシム、さま……。私は、あなただけを見ています……。あなたのものだし、あなたのことだけが、好き、ですよ……」

「──────っ!エ……、」

「いつも、私を、気遣って……だいじにしてくださって……。あなた以外の人のことなんて、もう、……かんがえられない……」


 口に出してみて初めて気付いた。

 そうか、これが男の人を好きになるっていう感覚なのね。

 そばにいると安心して、嬉しくて、求められるとドキドキして。

 こうして素肌を触れ合わせて一緒に眠る時間が、何よりも幸せで……。

 マクシム様……、

 

「……だいすき……」

「~~~~~~っ!エ……エディット……ッ」


 眠りに落ちる瞬間、マクシム様の硬くて熱い腕にぎゅっと強く抱きしめられた。

 くっついていたマクシム様の胸から、突然狂ったように激しく鳴りはじめた鼓動が、はっきりと伝わってきた。





 

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