第26話 初めてのお客様

 その夜、帰宅したマクシム様を玄関前でお出迎えしていると、彼とともに突然お客様が現れ私は驚いて固まった。


「……すまない、エディット。こいつがどうしてもお前に挨拶したいとうるさいものだから……」

「ご無沙汰しております、奥方。覚えてくださってますでしょうか。セレスタン・ラクロと申します。改めまして、この度はご結婚おめでとうございます」

「あっ、は……、ご、ご無沙汰、して、おります……っ」


(あ、あの時の銀髪の騎士様だわ……っ)


 はっきりと見覚えのある、銀髪に翡翠色の瞳をした美しい男性。あの日の夜会で先に私に声をかけてきた、マクシム様と一緒にいた方だ。

 マクシム様とは随分気負わずに会話ができるようになってきたとはいえ、まだ他の若い男性とは話したこともない。緊張してしまい、一瞬にして頭が真っ白になる。


「いやぁ、こんな無骨な団長と結婚してあんな都会からこの辺境の地に移り住んで、奥方がどうしてらっしゃるかなぁと心配になりまして。ぜひとも俺の妻と一緒に夕食をどうだと、何度も団長から声をかけられていたものですから、せっかくなので奥方へのご挨拶も兼ねて伺おうかと思いましてね」

「何故そんな分かりやすい嘘をつくんだお前は。お前の方から屋敷に連れて行け連れて行けとしつこく言ったんだろうが。……エディット、すまないがしばらくの間我慢してくれ。夕食が済んだらすぐに追い出すから」

「なんでそんな言い方するんですか。ひどいなぁもう」


 どうご挨拶すればいいのかとオロオロしていたけれど、私が口を挟む間もないほどにお二人で話が盛り上がっていらっしゃるので少しホッとした。私はそんなお二人に続いて食堂に入っていった。




「────そうですか。では、エディットさんの義理の姉上は、一つ年上で?」

「あ、はい。そうです。義姉のアデライドが22歳、義妹のジャクリーヌが今15歳ですわ」

「そうですか。で、アデライド嬢とジャクリーヌ嬢はどちらも社交好きなお方なんですね」

「は、はい。よく義母と一緒によそのお茶会やパーティーに行っていました。……わ、私は体が弱かったので、行ってませんが……」

「ええ。お屋敷から出ることのないままお育ちになったんですよね」


 食事の席では、まるで尋問のようにセレスタン様が私にいろいろなことを質問してこられた。質問責めだ。聞かれたら困ることを突っ込まれはしまいかとビクビクしていたけれど、不思議とセレスタン様は私が困るような質問はしなかった。ただ、義姉妹がどんな人か、義姉妹はどこの学園に通っていたのか、普段義父母はどんな生活を送っていたのか、どんな人たちと仲が良いのかだの、私の家族に関することをたくさん質問された。


「……おい、セレス。いい加減にしろ。エディットが困ってる」

「い、いえ、私は……」

「ああ、すみません。ついつい。団長の奥様になられたエディットさんとこうしてゆっくりお話しできるのは初めてですから楽しくて」


 マクシム様が低い声でセレスタン様をたしなめると、彼はあははと悪びれた様子もなく笑っていた。見目麗しいだけでなく、明るくて感じのいい方だ。


「それにしても美味しいですね!この仔羊のロースト。さっきのスープも絶品だったし。……もしかして団長、シェフも雇いなおしたんですか?」

「まぁ、何人かはいないと困るだろう、これからは」

「へーぇ……すごいなぁ。久しぶりにお屋敷に来てみたら、なんか全体的に綺麗になってるわ花は植わってるわ、出てくる食事は豪華になってるわ、エディットさんは以前にお会いした時より数倍もお美しくなられてるわで驚きますよ。団長がこんなに気の利く人だったなんて。……そのドレスも団長が?素敵ですね。本当に綺麗ですよ、エディットさん」

「っ?!……あ……、ありがとう、ございます……」


 真っすぐに褒められて、顔が真っ赤になってしまった。恥ずかしくてモジモジしながらお礼を言うと、突然マクシム様の機嫌が悪くなった。


「……いい加減にしろ、セレス。俺の妻をジロジロ見るな。それ以上見るならつまみ出すぞ」

「だって本当に綺麗なんですもん。俺じゃなくても誰でもつい見惚れちゃいますよ。ね?エディットさん」

「貴様……、だいたい何だそのなれなれしさは。何が“エディットさん”だ。無礼な奴だな。叩き切るぞ」


 どうしてセレスタン様はこんなに飄々としていられるのだろう。見たことがないほど怖い顔をして不穏な空気を漂わせはじめたマクシム様に、私の方が怯えてしまう。胃がぎゅうっと縮こまるような感覚がして、もう食事が喉を通らない。


「はいはい、分かりましたよ。……で?さっき話してたエディットさんの姉妹ですが、お二人ともご婚約されてるんですか?……へーぇ。お相手は?」

 

 そんなマクシム様の様子などまるっきり意に介さないセレスタン様にその後もいろいろと質問されながら、どうにかその夜の食事会が終わった。





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