第25話 計画(※sideマクシム)

(ああ……。駄目だ、もう……歯止めが効かん……)


 騎士団の詰め所に顔を出して書類を片付けながら、俺は今朝のエディットの可愛らしい姿をまた思い出し、ニヤけそうになる顔を覆って深く息をついた。何だあれは。あの可愛さは。お見送りさせてください、だと?あんな甘えるような可愛い声でそんなことを言われて、しずしずと俺の後ろをついて来て、「いってらっしゃいませ、マクシム様」などと言われたらもう……。


(たまらん……。可愛すぎて片時も離したくない。四六時中連れ回したくなるじゃないか)


 それに昨夜も……。

 決して妙な下心があったわけではない。……いや、微かにはあったかもしれない。が、何より俺はあの痛々しいエディットの手指の荒れを治してやりたかったんだ。ただそれだけだったのに……あんなに瞳を潤ませて真っ赤な顔をして、挙げ句あんな可愛い声を聞かされてしまってはもう……。

 自分を抑えることなど、俺には到底できなかった。


(いかん、思い出したらまた……)


 昼日中ひるひなかから妙な疼きを覚え慌てて目の前の書類に意識を向ける。

 しかしいくら仕事に集中しようとしても定期的に頭の中に浮かんでくる今朝の可愛いエディットの顔に、俺は今にも頬が緩みそうだった。


「おはようございまーす。……どうしたんですか?団長。そんな気持ちの悪い顔をして。何を一人でニヤけてるんですか」


 その時、セレスタンがまた失礼極まりないことを言いながら俺の執務室に現れた。


「……ニヤけてはいないだろう」

「いや、めちゃくちゃデレデレした顔になってましたよ。似合わなくて不気味ですから止めてくださいよ。大方奥方のことでも考えていたんでしょう。やらしいなぁ朝っぱらから」

「うるさい!馬鹿なことを言うな」


 あながち間違っていないものだからバツが悪く、俺は大きな声を出した。だがセレスタンは気にするそぶりもない。これがあの報告書で~、こっちがなんとかの書類で~、と、いつもの間延びした声で言いながら次々と俺に新たな書類を回してくる。


「……セレス、あの塗り薬は娼館の女に入手してもらったものだと言っていたが、まさか媚薬なんか入っていないだろうな」

「まさか。そんなわけないでしょう。質の良い普通の塗り薬ですよ。何でですか?塗ってあげてたら気持ちよくなっちゃったんですか?そりゃなりますよ。ヌルヌルした手で優しく撫で回されたら」

「黙れ!!この馬鹿者が!!」

「……自分が聞いてきたんじゃないですか……」


 もういい。この話は止めておこう。何を言われても平静を保っていられない。

 それよりも──────


 俺はひとしきり朝の連絡事項を確認しあった後、セレスタンに言った。


「前に言ったが、お前にもう一つ頼みたいことがある」

「ええ、何なりと。どういったことですか?」

「……探りを入れてきてほしい」


 昨夜、バロー侯爵夫妻や俺の両親の話、そして俺とエディットとの出会いについて、眠る前にエディットに話をした。

 時折声を弾ませて相槌を打ちながら興味深げに聞いていたエディットだったが、激しい交わりの後で疲れ切っていたのだろう、次第にウトウトしはじめた。

 その時に、妙なことを言ったのだ。


『オーブリー子爵夫妻から……ずっとそう、いわれてた……。しゃっきんまみれの、ひどい夫婦だったって……。めいわくばっかり、かけられた……て……。だけど……、人の役にたったことも、あったんだ……ね……』


 父や母に関するいい話を聞いたのは初めてだと言っていた。彼らはあんなにも人望の厚い素晴らしいご夫婦だったのに。世話になったのはうちの家族だけではない。誰に聞いても、バロー侯爵夫妻は聖人のような方々だったと言うだろう。

 なのに、何故実の娘であるエディットがそのことを全く知らないのか。それどころか、自分の両親を借金まみれの夫婦だったと思っている。

 それに、あの体に残っていたいくつもの古痣。

 何度も言い訳するように自分が病弱だったと言い張るエディットは、たしかにか細く体力はないものの、今のところ他に悪いところなど一つもなさそうに見える。

 俺のオーブリー子爵夫妻への疑念は揺るがぬものとなっていた。


 奴らは引き取って以来、エディットをどう扱っていたのか。

 何故エディットを屋敷の中に閉じ込めたまま、少しも外に出さなかったのか。

 何故エディットの両親であるバロー侯爵夫妻のことを、まるで悪人であるかのようにエディットに言い聞かせてきたのか。


 俺はそれらの話や自分の疑念をセレスタンに説明した。


「……ふぅん……。なるほど。たしかにおかしな話ですね。何かいろいろ隠してそうですよね、オーブリー子爵夫妻は」

「ここで俺が出向いて行って貴様ら何を隠していると問い詰めたところで、しらばっくれるだけだろう。子爵夫妻の行動を間近で見てきたであろう人物に、お前から当たってもらいたいんだ。警戒させないよう、やんわりとな」


 俺は考えていた計画をセレスタンに話した。ふんふんと頷きながら聞いていたセレスタンは、俺が話し終わると楽しそうにニヤリと笑った。


「了解です。俺の得意分野ですね。任せてください」

「頼って悪いな。信頼のおける人間の中でこういうことを上手くやってくれそうな者といえば、お前以外に考えられない」

「構いませんよ。あの可愛い奥方のためでしたら労力は惜しみませんから」

「セレス!!貴様俺の妻に対してよからぬことを少しでも考えてみろ、二度と女と遊べない体にしてやるぞ!」

「……最近情緒がおかしいですよ、団長……」





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