第21話 腕の中
初めての夜とは、何もかもが違った。
あの時のような強烈な痛みはなく、その代わりに形容しがたい不思議な感覚を味わっていた。熱くて、苦しくて……、それでいてただ辛いだけではない。
体感したことのない、快楽に近い何か。
ぎゅっと目を閉じて熱い呼吸を繰り返し刺激に耐えながら、時折ぼんやりと目を開き、私の上にいるマクシム様を見上げる。額やたくましい胸に汗の粒を浮かべて、獰猛な獣のような瞳で私を見つめながら息を荒げるマクシム様に、どうしようもなくドキドキした。普段の温厚さをかなぐり捨ててただひたすらに私を求めるマクシム様の、その瞳の銀色の光が、経験したことがないほどに私の体を熱くさせた。
時間が経つにつれ夢中になってマクシム様の固い腕に爪を立て、堪えきれずに声を上げながら、その時間が終わる時、私は言いようのない幸福感を味わっていた。
「……すまなかった」
「……。……え?」
「決して無理をさせないと決めていたはずなのに……。辛くないか?」
いまだ火照りの冷めない体をくっつけあったまま、彼の腕の中でうつらうつらしていた私は、その声にふと正気を取り戻した。
間近で見上げたマクシム様のお顔は、なぜだかとてもバツが悪そうに見える。
「私は、大丈夫です。……どうしてそんなお顔をなさってるのですか……?」
「それは……、何度も求めてしまったからだ。お前はまだ不慣れで痛いはずなのに。……悪かった。辛いだろう」
「……いえ、大丈夫ですよ」
「嘘をつけ」
「ほ、本当です」
「……お前はいつも無理をしている。だからなおさら心配になるんだ」
「……。」
困ったように眉間に皺を寄せながら、マクシム様がそう言った。けれど、私は本当に辛くない。最初の時に比べたら痛みもそれほどなかったし、何より、あの時の訳も分からぬまま蹂躙されていくような感覚が一切なかった。むしろ、この人からこんなにも強く求められているんだって思うと、無性に体が熱くなってきて……。
心の余裕が最初の時とは全然違ったからかもしれない。
それにしても……、私がいつも無理をしている、なんて。マクシム様には、何をどこまで見抜かれているんだろうか。
「……私は本当に大丈夫です、マクシム様。今日は少しも辛くありませんでした」
「……。本当なのか?」
「はい」
「……。エディット、俺たちは夫婦だ。お前が困っていることや辛いことがあったら、何でも正直に話してほしい。……頼むから」
「は、はい……」
そうは言われても、私本当にそんなに辛くないんだけどな……。強いて言えば……、
「あ、あの、……辛くはないのですが、体は疲れてしまったので、ちょっぴり眠い、です」
言われたとおりに正直にそう答えると、マクシム様はほんの一瞬目を丸くしてクスリと笑った。
「……そうか。お前は本当に可愛いな、エディット」
「……っ?」
マクシム様の笑顔と、ふいに言われたその言葉にまた心臓がドキリと跳ねた。
(……あ。そういえば……)
ずっと気になっていた。聞いてみたかったけど、聞く勇気が出なくてここまで来てしまったんだった。
だけど今なら、何だか素直に聞けそうな気がする……。
「マクシム様」
「何だ?エディット」
そう返事をしながら、マクシム様は腕の中の私を愛おしむように額にキスをする。私の髪をゆっくりと撫で、耳をなぞる。
「あの……、どうしてマクシム様は、私のことを結婚相手にと望んでくださったのですか……?」
「……っ、」
「私は……、あの夜会の日、あなた様とほんの少し会話をしただけです。……いえ、会話というよりも……」
むしろ、ただ迷惑をかけただけ。
初めて話しかけてきてくださったこの人に、いきなり粗相をしてお召し物を汚し、介抱させてしまったのだから。
私の言葉を聞いたマクシム様は脱力したように私を抱き寄せると、私の頭に顔を埋めるようにしてはぁー……と深くため息をついた。
「……そうだ……。肝心なことを、俺は……。……何をすっかり舞い上がって……」
「……?マクシム様……?」
何かブツブツ言いながら悶えているマクシム様の様子が気になり困っていると、彼は片手で顔を覆ってまた深く息をついた。
「そうだな。俺はお前に肝心な話をしていなかった」
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