第19話 必死で自制する(※sideマクシム)

(……もう一週間は経つか……)


 その朝。鍛錬場で汗だくになって剣を振るいながら俺は考えていた。体の痛みはどうだろう。もう完全に引いただろうか。俺は気付けば毎日エディットのことばかり考えてしまっている。


 エディットが無理をしているのは見ればすぐに分かった。嘘をつくのが下手な子だ。痛みはないのかと尋ねた時、明らかに顔が強張った。大丈夫ですと答えながらも、俺との夜に怯えているのは手に取るように伝わってきた。

 せめて彼女の体が完全に回復するまで、次の閨事は我慢しなければ。ただでさえ不慣れな環境と俺との初夜で怯えきってしまっているのに、これ以上無体な真似をしてエディットに嫌われたくはない。

 そう思ってこの一週間、俺はエディットが屋敷に来て以来すっかり頼りなくなってしまった自分の理性に鞭打って、外れそうな箍を締め直していた。だが時折会うたびにエディットが可愛すぎて……。あの夜空のような深い紺色の瞳で上目遣いにおずおずと見つめられたら、もう……。

 プライドをかなぐり捨てて跪き、「今夜こそ触れてもいいだろうか」と懇願したくなる。


「……クソッ……!」


 振り払っても振り払っても湧き上がってくる雑念をまた振り払いながら、俺はがむしゃらに剣を振った。もう手合わせする相手もいない。団員の騎士たちは皆ぐったりして休憩中だ。


「団長~。お疲れ様でーす」


 その時。間延びした気の抜ける声で俺を呼びながら無遠慮に近付いてくる男がいた。……セレスタンだ。


「どけ。邪魔だセレス。……何ならお前、手合わせするか?」

「嫌ですよ俺疲れてますもん。団長に使いっ走りにされたから。頼まれていたもの、ちゃんと手に入れてきましたよ」


 その言葉に、俺はようやく剣を下ろした。




「────これがよく効くらしいですよ。異国のものらしいんですけど、美容にかなり力を入れている国だから作る品物には間違いがないそうです。高級娼館の女たちの中でもごく一部の者しか入手できていないそうですよ」


 そう言って品物を渡してくるセレスタンに感謝しつつも、俺はギロリと一瞥した。


「……高級娼館だと?全くお前は……。仲の良い令嬢たちの誰かから聞いてくるかと思いきや、いいご身分じゃないか。婚約者が泣くぞ」

「嫌だなぁ団長のためじゃないですか。あなたがどうにかしていい品物を探して来いと言うから……。本当に久々に顔を出したんですよ、俺も。誰か詳しい子がいないかなーと思って」

「嘘つけ」

「それに婚約者ならあらかた何でも察してますから大丈夫ですよ。互いにドライなもんです。ただの政略婚ですからね」


 しゃあしゃあとそう言うと、侯爵家の三男でもあるこの色男は楽しそうにニヤリと笑った。これで剣術の腕前は俺に次ぐほどなのだから侮れない。


「それにしても最近ずっと苛立ってますね。まさかもう奥方に嫌われちゃったんですか?ああまでしてようやく手に入れた愛妻なのに……可哀相に、団長」

「馬鹿言え。そんなはずないだろうが。ちゃんと大事にしているんだからな」


 そうは答えつつも、内心気が気ではなかった。初夜のエディットの怯えようは思い出しても憐れなほどだった。まさか、あれで俺に嫌気が差してしまっていたりはしないだろうか……。そう思うとますます夫婦の寝室に入りづらい。


「じゃあその苛立ちはただの欲求不満ですね。団長も娼館行きますか?お供しますよ。たまには発散した方がいいんじゃないですかね」

 

 揶揄するようなセレスタンの言葉についムキになってしまう。


「ふざけるな。俺はもう妻帯者だ。エディットに対して後ろめたいことは一切せん」

「そう言うと思いましたよ。ふふん。……で?どうですか?可愛い奥方のご様子は。少しは団長に慣れてくれましたか」

「……まぁ、多少はな。……それよりも……」

「?……どうしました?」


 気になるのはエディットの体の痣だ。そして、俺にそのことを追及された時の彼女のあの怯えよう。


「……。」

「……団長?何考えてるんですか?……おーい」


 エディットとの結婚の申込みをした時、にべもなく断ってきたオーブリー子爵夫妻。しかし俺が支援金を申し出るやいなや、その態度は一変した。

 それに、夫婦の閨でのことについてあまりにも初心うぶだったエディットのあの態度。


(……奴らは……一体エディットをどう育ててきたんだろうか)


「……セレス。もしかしたら近々お前にまた頼み事をするかもしれん」

「えぇ?……ま、いいですよ。こういう任務なら大歓迎です」


 俺は軽薄な部下を再びギロリと睨みつけた。





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