第18話 避けられてる……?

「お前は?今日は何をして過ごしていたんだ?エディット」


 ふいにマクシム様が私にそう尋ねた。私は慌てて答える。


「あ、はい……。えっと、今日は……あの……、朝はゆっくり過ごさせていただきました……」


 体のあちこちが痛かったし、マクシム様もゆっくり休むよう気遣ってくださったから。その話をしていると、また昨夜のいろいろを思い出して気恥ずかしくなる。


「それから、カロルやルイーズとお喋りをしたり、家令のフェルナンさんに邸内のまだ見ていないところを案内してもらったりしました。……構いませんでしたか?」

「ああ、もちろん。どこも殺風景なものだったろう。もうここの女主人はお前なのだから、好きなように飾ったり調度品やら何やら買い足したりしていいんだぞ。やりたいことがあれば、遠慮しなくていい」

「あ、ありがとうございます」


 よかった。今朝そそくさと寝室を出て行ってしまったマクシム様だけど、特に怒っているわけでも不機嫌なわけでもないみたい。本当にお仕事がお忙しかったのかな。

 昨日よりもだいぶ会話が弾んでいることに私は安心していた。だけど……この後また昨日のように一緒にベッドに入るのかと思うと、やっぱり恐ろしさが拭いきれなかった。


 けれど食事が終わる頃、マクシム様が言った。


「今夜から俺はしばらく別の寝室で寝ることにする」

「……え……、」

「雑務が溜まっていてな。日中は忙しいから、寝る前に少しずつ片付けるつもりでいる。お前は何も気にせず、しばらく一人でゆっくり休むといい」

「……っ、わ、分かりました……」


 それを聞いた瞬間、正直ホッとした。今夜からしばらくはあの痛みを味わわずに済むのかと思うと、ありがたかった。

 けれど、ひ弱な私の心はまたすぐに不安を感じた。マクシム様……、まさか私と一緒に夜を過ごすことが嫌になったんじゃ……。


 そう思った途端に、頭の中にはまたあの二人の顔が浮かんでくる。

 私を憎々しげに睨みつけ、怒鳴り、蹴り、杖でぶってくる義父母の顔が。




 その夜。昨夜マクシム様と過ごした大きなベッドの中で、私は一人ゆっくりと朝まで眠ったのだった。長旅や緊張の連続でまだ疲れが溜まっていたのか、自分でも驚くほどにぐっすりと眠ることができた。


 翌日は、マクシム様と顔を合わせることがなかった。朝早くからもうお仕事に行かれたそうで、帰りも遅く、夕食は一人でとることになった。


 そんな日が何日も続いた。朝食だけ一緒にとった後マクシム様がそそくさと出て行ってしまったり、また夕食の時にだけ顔を合わせたり。けれど、夫婦の寝室で一緒に眠ることは決してなかった。「まだ仕事が残っているから」「お前は先にゆっくり休め」、いつもそう言ってすぐに執務室にこもってしまう。

 時折、去り際に私の頬を少し撫でたりするけれど、私がお顔を見上げるとマクシム様はふいっと目を逸らしてすぐに行ってしまった。


「……。」


 一週間も過ぎる頃には、不安が大きくなりだんだんと眠れなくなってきた。


(私……、避けられてる……?)


 そう思い至ったその日の夜、私はベッドの中でブランケットを被って頭を悩ませた。一体どうして。何がお気に召さなかったのだろう。顔を合わせればマクシム様はいつも優しく接してくださるけれど、こんなにずっと夫婦の寝室さえ使われないなんて、私が何かしてしまったからに決まってる。




『ナヴァール辺境伯からはうちへ法外な支援金を約束していただいてるの。間違っても!辺境伯のご機嫌を損ねて返品されるようなことになるんじゃないわよ!分かったわね?!』




『余計なことは一切喋らず、ただただ毎日辺境伯の要求に応えるんだ!泣き言を言ったりしてご機嫌を損ねるなよ。これまで何不自由なく育ててきてやったんだ。あのろくでもない夫婦の娘であるお前を。恩を感じているのなら最後くらいはしっかりと役に立て。分かったな!!』




「──────っ!」


 オーブリー子爵夫妻の言葉がすぐ耳もとで聞こえるようだった。私ったら。何を呑気に一人でぐっすり眠っていたんだろう。謝らなきゃ。マクシム様が何かお気に召さないことがあるのなら、私がちゃんと直さなきゃ。


 とめどなく押し寄せる不安にいたたまれなくなり、私は一人ブランケットをギュッと握りしめて祈る思いで夜を過ごした。

 




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