第17話 新たな不安
その日、マクシム様は夕方には帰宅され、私たちはまた共に夕食をとることになった。ここに来た時に用意されていた数着のうちの一枚、淡いライラック色のドレスを身にまとった私は、高鳴る鼓動を落ち着かせながら食堂に向かった。マクシム様がドレスまで準備してくださっていて本当にありがたい。正直、私はろくな服を持ってきていなかった。手ぶらで行くのもおかしいと義母から持たされた服は、義姉や義妹のお下がりの、サイズの合ってない古いドレスばかりだったのだ。
「体の調子はどうだ?」
私が食堂に入るなり、マクシム様からそう声をかけられる。今日こそは私の方からカロルやルイーズを雇ってくださったお礼や、今朝の失態についてのお詫びを言おうと思っていたのに。出鼻を挫かれて少し焦る。
「は、はい。大丈夫です」
「……痛みはないのか」
「……っ、」
そう問われて心臓が大きく跳ねる。昨夜の行為を思い出し、いたたまれず俯いた。裸になって、あんな姿を見せて……何だかすごく恥ずかしい……。それに、本当はまだ下腹やマクシム様を受け入れた部分に鈍い痛みが残っていた。けれどそんなことを言ってはいけないと思い、私はまた本心とは別の言葉を紡ぐ。
「……はい。もう、大丈夫です」
「……。」
マクシム様はそれ以上追及しなかった。座れと言われ、私はマクシム様の差し向いの席につく。ドキドキしながら、今度はこちらから口を開いた。
「……あ、あの。……侍女たちから、聞きました。私のために、彼女たちを……。ありがとうございます」
私がそう言うと、マクシム様はほんの少しそのグレーの瞳を見開く。綺麗だな、と思った。背がとても高くがっしりとした威圧感のある体格をしているから、その雰囲気でつい怯えてしまうけれど、よく見ればマクシム様のお顔立ちは本当に整っていらっしゃる。特に、この銀色の光を帯びた瞳の色は本当に素敵で、何だか心が落ち着く。
「いや……。どうだ?上手くやっていけそうか」
「は、はい。カロルもルイーズもとても明るくて、素敵な人たちです。彼女たちと話していると楽しくて、気持ちが落ち着きます」
「そうか。よかった」
そう答えたマクシム様は柔らかく微笑んでいて、本当によかったと思ってくださっていることが伝わる。
……いい人なんだな、とても。
マクシム様の優しい雰囲気に勇気が出て、私はさらに自分から話しかけた。
「そ、それにこのドレスも……。とても素敵で、嬉しいです。玄関の前の可愛いお花たちも、全部……。私のためにいろいろと準備してくださって、本当にありがとうございます」
「……お前が気に入ってくれたなら、よかった。俺は何をすれば女性が喜ぶのかなど、今ひとつ分からない。前にも言ったかもしれないが、何か不便があれば言ってくれ。何でも揃えるから」
「……はい」
その優しい言葉が嬉しくて、頬が熱を帯びる。昨夜はとても怖かったけれど、やっぱりこの人は私を痛めつけようとしたわけじゃない。あれは夫婦の間に必要な儀式なんだと思う。
その後食事をしながら、ポツリポツリと言葉を交わした。
「……あの……、マクシム様のお仕事は、どのようなものなのですか?私も、あなた様の妻になったわけですから……、お仕事のお手伝いをさせていただきたいのですが。わ、私にできることが、あれば……」
「俺はこのナヴァール辺境伯領の領主でもあり、私設騎士団の団長でもある。騎士団の方は特にお前に頼みたい仕事はないが、領民たちの生活を守るために領主としてやるべき仕事は多岐に渡る。いずれはお前にもいろいろとやってもらいたいが……、まぁ、当面は気にしなくていい。まずはお前自身がここでの生活に慣れることが先だろう」
「は、はい」
聞いておきながら不安になってきた。何せ私は物心ついた時からオーブリー子爵邸での下働き以外何もしてきていないのだ。貴族令嬢としてのまともな教育さえ何も受けていない。教育係も私にはつけてもらったことがないし、学園にも通っていない。勉強らしい勉強をしたことがないのだから。
私にできることといえば、掃除や洗濯、料理をしたりお茶を入れることくらい。
(どんなことをすればいいのかしら……。領主の仕事って、私に務まるのかな。そもそもマクシム様は、私がこんなに何もできないことをご存知なのだろうか……)
スープを口に運びながら、頭の中にはまた新たな不安が芽生えてきていた。
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