第13話 痛みの合間に見える優しさ
「……あなたが嫌なら、無理強いはしない。……つもりだ。俺のこの痩せ我慢がいつまで持つかは分からないが」
「……っ、……あ……」
何か答えなきゃ。でも本当に分からない。どういう意味ですか?なんて尋ねて、不快な思いをさせてしまったらどうしよう……。きっとこの方は本来ならば当然知っているはずの何かを、私に問うているのだと思う。私がただ、何も知らないだけで。
覆いかぶさるような格好のまま私を見つめ返していたマクシム様が、怪訝そうな低い声で言う。
「何故何も言わない、エディット。……俺はどうすればいい。このまま夫婦として、夜を過ごしても構わないのか」
心臓がドクドクと脈打ち、激しく暴れ出す。義父母であるオーブリー子爵夫妻の恐ろしい顔が頭に浮かぶ。
『間違っても!辺境伯のご機嫌を損ねて返品されるようなことになるんじゃないわよ!分かったわね?!』
「……っ、……は、……はい……っ」
とにかく、同意しておこう。妻として、あなたに逆らう気持ちはないという意志を示さなければ。
上擦る声で返事をし私が頷くと、マクシム様はほんの少し表情を和らげた。
「……分かった」
そう呟くと、マクシム様は羽織っていたガウンをバサリと音を立てて脱ぎ捨てた。
「……っ!」
薄暗い中に浮かび上がる、その大きな体。首筋から肩にかけてのラインも、腕も胸も、お腹も……。マクシム様の全身が硬い鎧のような分厚い筋肉で覆われていた。腕の太さが私のウエストほどもある。
突然たくましい裸を見せつけられ息をするのも忘れて固まる私の夜着も、マクシム様の手によってあっという間に剥ぎ取られる。肌を空気に晒され、思わずひっ、と声が漏れた。
そのままマクシム様は、再び私に唇を重ねてきて──────
「──────っ!!」
その後に起こった衝撃は、とても言葉では言い表せない。
私はただ翻弄されるしかなかった。
どこもかしこも、体中に触れるマクシム様の指先、手のひら、唇。まるで自分の痕跡を私の全身に残すように丹念になぞられた後、経験したことのない激しい痛みが、荒波のように何度も押し寄せてきた。揺らされる合間に必死で浅い呼吸を繰り返しながら涙を零し、苦痛のあまり漏れそうになる呻き声を堪えながら、私は指が痺れるほどの力でシーツを握りしめていた。
ショックだった。自分の体なのに、意に反してただされるがままに体内を蹂躙されたようで辛かった。これが夫婦の間になされる行為だなんて。誰にも教えられたことはなかった。こんなことなら、先に知っておきたかった。聞いていれば、少しでも心の準備ができたのに……。
永遠に終わらないのではないかと思えたその行為からは、数刻後ようやく解放された。まだ続けたそうなマクシム様が、突然止めてくれたから。彼は自分を私の中から引き抜くと、私を強く抱きしめて肩口に顔を埋め、切なげな深いため息をついた。
「……辛かったな。このまま休め」
低く響くその声に安堵し、私は全身の力を抜きすぐさま意識を手放しかけた。ずっと緊張し強張っていた私の体と神経は、もうヘトヘトに疲れ切っていた。
マクシム様が起き上がりどこかへ行ってしまう。しばらくして、体中を温かいタオルで拭かれる感触がした。ああ、起きなきゃ……、これは私がして差し上げなきゃいけないことなんじゃないの……?謝らなきゃ……。
頭の中でそう考えてはいるけれど、もう体に力が入らない。そのうちベッドが揺れ、再びベッドに入ってきたマクシム様に後ろから抱きしめられる。熱くて大きな硬い体が、私のこの小さくて細い体をすっぽりと包み込む。……温かい。気持ちいい……。
後頭部に何かが触れる。そのまますうっと眠りに落ちていきながら、私は思い出していた。必死に堪える合間に何度も聞こえていた、マクシム様の低く掠れた声を。
『……痛いか。……すまない。力を抜け、エディット。その方が楽だ』
『腕を回して、俺に掴まっていろ。……大丈夫だから……』
『……ああ……、エディット……』
感極まったように私の名を呼び、何度も気遣う言葉をかけてくれていた。今頃になってようやくそれらの言葉の意味を理解しながら、私はマクシム様に守られるように抱きしめられたまま眠りに落ちた。
怖くて辛かったはずのその夜が終わる時、なぜだか私の心は安らかな心地良さを感じていた。
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