終着点
王都防衛の戦況は人類側の圧倒的な優勢で進んでいた。
優勢に戦える最大の要因はやはりアネットの存在。
彼女の神器によって、魔族側に一方的な不利を押し付けながら戦うことができているのだから、間違いなく王都防衛における一番の立役者と言っていい。
加えて人類最強の名に恥じない強さを見せつけたエレア。
開幕速攻で魔族側の主戦力である公爵級を全滅させ、侯爵級を半減させた戦果は圧倒的だ。
神器を持つイブ、ドーク、メルナの3人の特級戦力の活躍も目覚ましく、それぞれが順調に侯爵級を倒していく。
とくにイブは、レヴィの弟子として圧倒的な魔法の腕を披露して次々と魔族を撃破していた。
他の『ドレイク塾』で鍛えられた者たちも、子爵級以下の魔族を相手に勝利を積み上げている。
伯爵級魔族が相手になっても、大人数で挑むことで勝利を掴む場面も多くあった。
「始まる前は緊張もしましたが、これほど上手くいくとなると安心ですわね」
神器越しに王都を
とは言っても、油断はしていない。
勝ってる時こそ慎重に……それは、戦いにおける鉄則だ。争いの多い国境を収める辺境伯家の娘であるアネットは、その精神を忘れたことなどない。
油断せず神器を操って王都防衛に力を尽くす。
そんな中、ふと手元の魔道具が光を発する。
レヴィから渡された遠方と連絡を取ることのできる魔道具だ。
備えられたランプの光は、対となっているもう片方からの連絡が入った合図。
アネットは魔道具を起動する。
「こちら、アネットですわ」
『お、繋がったか。何度使っても慣れないが、こんな簡単に王都にいる相手と連絡が取れるとは、本当に便利なものよな』
「ええ、そうですわね。案を出したレヴィさんと、これを実際に作った魔道具師は2人ともすごいです」
連絡を入れてきたのは、国境で帝国軍と魔族による侵攻と相対しているフロプトだった。
王都防衛で参謀のような役割を任されているアネットと同様、指揮官として王国軍を率いて帝国軍と戦っているのが彼だ。
一歩引いた立場から戦場を見守る2人は、情報の伝達をすぐに行えるようにこの魔道具をレヴィから預けられたのである。
「校長先生、そちらの様子はどうですの?」
『かなり優勢だな。魔族との戦いでは、ドレイクを筆頭に敵を寄せ付けていない。むしろ、帝国軍の方が面倒なくらいだ』
「仕方ありませんわ。王国軍と帝国軍では、数にかなりの差がありますもの」
『いかに我とて、ここまでの戦力差では持ち堪えるので精一杯だ。まったく、我が一発魔法でも放ってまとめて吹き飛ばしてしまえばすぐ終わるのだがな』
「…………ダメですわよ?」
『冗談に決まっておるだろ』
フロプトが魔法を放って、帝国軍を殲滅することは簡単にできることだろう。
だけどその結果についてくるのはろくなものではない。
王国民は七竜伯に頼っていればいいやと腑抜けることになり、帝国からは嫌悪と憎悪が集まるだろう。
友好国からも、きっと肯定はされない。
七竜伯による蹂躙の先に行き着くのは、恐怖と畏怖で覇を唱える修羅の道である。
帝国は同じ人類の国家だ。魔族を相手とするのとは根本的に違う。
七竜伯の力は同じ人類に振るうものではない。
たとえ敵対国との戦争であっても、通すべき倫理というのはあるのだ。
まぁ、冗談ならいいのだが。
アネットはちょっとだけ心配してしまった。
『そっちはどうだ?』
「順調に魔族を撃滅できていますわ。殿下が圧倒的ですし、イブさんたちも強い。ここまで作戦通りと言っていいでしょう」
『ドレイクの言った通りだったな。お主の神器があれば、防衛戦で負けることはないだろう。その調子で頼むぞ。殿下から聞いているだろうが、王都は絶対に落としてはならん。やばいことになるからの』
「心得ております」
相変わらず王都に何があるのか、その詳細なことまでは知らないアネットだったが、王城の守りは抜かりなく。
万が一に備えてスターが待機しているとはいえ、魔族の一人も王城に辿り着かせるつもりはなかった。
「そういえば、校長先生はどうして私に連絡を入れてきましたの? 戦況報告のためでしょうか」
『いや、我が連絡を入れたのは――魔王が出たからだ』
「――!? ま、魔王が出たって、本当ですの!? というか、それならそうと早く言ってください! のんきにお話ししてる場合じゃないですわよ!!!」
『ああ、いや。ドレイクたちが戦闘に入って、そろそろ勝ちそうな雰囲気だからまあいいかなって』
「!!?!?!? よ、よくないですわ! ちっともよくないですわー!! ちゃんと出てきたときに教えてください! 勝てそうなのは喜ばしいことですけど……ですけど!! なんだか釈然としませんわ!!」
『一応、悪いとは思っているぞ? しかしな、いつの間にか魔王が出てきていたようでな、気づいた頃にはドレイクたちが勝利目前だったのだ。王国軍の指揮があるから、魔族との戦いを常に見ることもできんでな。我も知ったばかりだ』
フロプトの言葉にアネットはぐぬぬとうめいた。
彼の言うことが本当なら、たしかに報告が遅れてしまうのは仕方のないことだ。
だけど敵の親玉の魔王がいつの間にか現れてて、知らぬ間に倒されそうになってるなんて、拍子抜けすぎてやっぱり釈然としない。
アネットは、やり場のない感情をため息とともに吐き出した。
「はぁ、何と言えばいいのか。とりあえず、親玉を倒せたのならあとは残党の処理だけ。
『そういうことだ。被害も軽微……さすがに王国軍の方には死傷者も出ているが、魔族と戦っているドレイクたちに死者は出ていない。完全勝利だな』
「こちらも、怪我人はいても死者はいませんわ」
アネットが常に適切な戦力配置を行ってきた結果だ。
それに加えて、レヴィから渡された大量のエリクサーを遠慮なく使えるので死者など出ようもなかった。
アネットの神器、鍛えられた人類戦力。
王都と国境、両方に提供されたものすごい数のエリクサー。
思えば、この戦いは開戦に備えた準備の時点で魔族に勝利しているようなものだった。
この戦争における最大の功績者は、今まで全力で備えを行ってきたレヴィで間違いない。
友人だから信じると決めたアネットだが、この戦いを想定してずっと前から準備をしてきたのであろうレヴィの先見に、末恐ろしいものを感じてしまうのだった。
そんなことを考えていると、ふと変な感覚を覚える。
「ん……これは」
『エンデ、何かあったか?』
「いえ、たいしたことないですわ。魔族が私の神器を破ろうとしたみたいで、それで少し。問題はありません」
フロプトの言葉に、アネットはそう返して神器へと目を向ける。
神器越しに王都を俯瞰して見ると、どうやら数体の魔族が力を合わせてアネットの空間支配を破ろうとしている様子が見えた。
さっき感じた変な感覚はおそらくこのせいだろう。
実は何度か、魔族たちは同じことをしている。
その度にゾワゾワするような、変な感覚がアネットに伝わってくるのだ。
とはいえ、この空間支配はただの魔法などではなく神器によるもの。
そう簡単に破れるものではない。
一応、その魔族たちの周囲の空間支配の強度を上げておくが、相手の力量からして問題はないだろう。
というか、ずいぶんと派手にやる。
本気で破りたいなら、気づかれないようにもっとこっそりとやるべきだ。
『問題ないのであればよい。勝利は目前だが、油断はせずしっかりと勝ち切るぞ』
「はい、もちろんですわ。校長先生もご武運を」
最後に言葉を交わし、魔道具の効果が切れた。
「あともう一息…………がんばりますわ」
アネットは、ぐっと拳を握って気合を入れた。
――かつ、かつ。
静かで閉塞的な空間に反響した硬質な足音が、規則的に響く。
そこは階段だった。
ひたすらに、ひたすらに下へと続いていく長い階段。
一歩一歩階段を降りるのは黒髪黒目の青年。
これといった特徴がない、どこにでもいるような青年だった。
「苦労した」
階段を降りながら、青年はぽつりと呟く。
「私の持てる力をすべて使って、やっとここまできた。立ち塞がる強敵、立ちはだかる宿敵。策を練った、優秀な配下を得た、それを使い捨てにした。ここを守る力も厄介だった。気づかれずに来るには本当に骨が折れた」
一歩、一歩、降りていく。
「長かった。ここにたどり着くまでいったい何千年か、あるいは何万年か。すべては、世界に拒絶されたあの日から始まったこと」
硬質な足音と、独白。
ただ、それだけが響く静かな空間。
やがて、青年はひらけた空間に出る。
長い長い、とにかく長かった階段の終着点だ。
そこにあったのは閉ざされた大きな扉。
そして、門番のように立ち塞がる大柄な男だった。
「――何者だ、テメェ」
「私が何者かなんて、そんなことはとうの昔に忘れてしまった。だけど、そうだ。たしか――『勇者』なんて呼ばれたことがあっただろうか」
大柄な男の誰何に、青年は上の空な様子で答える。
「今では、別の名を名乗っているのだが。思えば、なぜ自分にその名を付けたのか。その理由も忘れてしまった」
青年は、目の前に鎮座する扉を見据えた。
「だけど、わずかでも忘れていないことがある。その扉の先に会わなければならない人がいる。それは、私の目的にとって重要なこと」
警戒するように構える大柄な男を無視して、青年はぽつりと呟く。
「だから、会いに来た。そこにいるのだろう――」
――女神。
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