愛ゆえに
女神から賜る神器の力には、所有者の強い望みや趣向が反映されることがある。
イブもまた、それは同じ。
「――『流炎装衣』です!」
それは、レヴィが編み出したオリジナルの魔法。
『氷魔法』の適性だけを持つイブが、なんとレヴィと同じ『火魔法』を放ったのだ。
「火の魔法!? なんで、アンタの魔法の適性は『氷魔法』じゃないの!?」
「師匠への愛ゆえに、です!」
『氷魔法』の適性を持つイブが、適性を持たない『火魔法』を使うというありえない事態。
驚愕するリアムネーリヤに対して、イブは胸を張って得意気に答えた。
しかし、実際は全然そんな理由ではない。
彼女が『火魔法』を使える理由は、その身に宿した神器にあった。
――『
イブの首にかけられた、ゆらめく炎を閉じ込めた氷のネックレスこそが彼女の神器。
ネックレスの先に付けられた氷――氷櫃の中に捕らえた魔法適性を自身のものとする能力を持った神器である。
これは、レヴィへの憧れから女神に『火魔法』の適性が欲しいと願ったことで、イブが与えられたもの。
イブとしては、シンプルに『火魔法』の適性だけをもらえればよかったのだが、それだけだと神器として弱すぎるということで女神はこういう形としたようだ。
その気になれば『光魔法』や『空間魔法』、『死霊魔法』のような希少魔法だって使えるようになる能力。
しかし、レヴィへの愛と憧れが強すぎるイブは『火魔法』以外を氷櫃に収めるつもりは微塵もないのであった。
「言ってることわけわかんないっての! でも、この距離なら――」
『氷魔法』だけならリアムネーリヤの完全有利。
しかし、物質的な性質を持たない『火魔法』は彼女の権能では破壊できないのだろう。
であれば、何かされる前に倒す……と言わんばかりの様子でリアムネーリヤが突っ込んでくる。
しかし、その動きはイブの周囲に展開された『流炎装衣』によって阻まれた。
「あっつ!? 何これ、勝手に防御するカンジの魔法!?」
「師匠の魔法です! すごいでしょ!」
『流炎装衣』は、触れれば火傷程度では済まない超高音の炎によって自分の身を守る攻勢防御魔法。
この魔法は一度発動してしまえば、接近戦が苦手な魔法使いの弱点を補うことができるという優れものだ。
といっても、侯爵級魔族ほどの強さであれば炎と接触して受けるダメージを問題なく耐えられるだろう。
それでも、熱いものは熱い。
ダメージは決して少なくはないはずだ。
イブに接近するだけで体に巻き付いてくる超高温の炎。
これに危機感を覚えたのか、とっさに距離をとったリアムネーリヤ。その好機を逃すイブではない。
「氷は壊せても、火は壊せないですよね! ――『炎竜爆破』!!」
イブの背後に5体の炎竜が現れる。
これもまた、イブがレヴィから教えてもらった彼オリジナルの『火魔法』だ。
竜の姿をした炎が、敵へと突っ込んで爆発する遠距離型の範囲魔法。
ただし今回は、『再編魔法』によって爆発の規模を縮小させることで単体への威力を増大させた、改造型の『炎竜爆破』であった。
「――っ!」
リアムネーリヤは『炎竜爆破』をなんとか躱そうとする。
しかし、そんなリアムネーリヤの前に『氷像風雅』によって作られた氷ゴーレムたちが立ち塞がった。
「逃さないです! 氷像たち、動きを止めて!」
「くっ、この!」
リアムネーリヤの権能によって氷ゴーレムが破壊されていく。だけど、足を止めさせることはできた。
わずかでも時間を稼げれば十分。
5体の炎竜が、続々とリアムネーリヤへと殺到する。
そして――爆発。
やがて煙が晴れると、そこには爆発に巻き込まれてボロボロになったリアムネーリヤが立っていた。
「痛ったいなー、もー! 人間なんか、アタシが指先だけでも触れればすぐにぶっ壊せるのに!」
「それがわかってて、触れさせるわけないですよ!」
思うままにいかないからか、怒りを露わにするリアムネーリヤにイブは当然のことを言って返した。
リアムネーリヤの権能は強い。
触れるだけであらゆる物体を強度を無視して破壊するという能力。
彼女の口ぶりからして、それは人体にも適用されるのだろう。
まともに近距離で戦えば、指先が触れることくらいは絶対にある。そうなれば権能によって確殺だ。
かと言って遠距離主体に戦う魔法使いでは、侯爵級魔族の身体能力を相手にするのは至難。
生半可な実力では、接近を許して殺されてしまうだろう。
しかしイブは、そんな強力な権能を振りかざすリアムネーリヤに対してあまり脅威を感じていなかった。
「――『
破壊された氷塊、崩れた氷像――周囲に散らばるイブの魔法によって作り出された氷の残骸、
そのひとつひとつが砕け散り、鋭く輝く氷の刃へと姿を変えて宙に浮かび上がった。
「破壊できるのは、手で触れたものだけ。それなら、いろんな方向から攻撃すればいいだけです! それに、これだけたくさん氷があったら破壊しきれないですよね!」
周囲を囲む無数の氷片。
その数は、何千か何万か、あるいは何億か。
数えることなど不可能な膨大な量の氷の刃が、すべてリアムネーリヤのみを狙って切先を向ける。
「……こんなん無理じゃん」
「終わりです!」
氷の刃がリアムネーリヤに殺到する。
「侯爵級魔族、強いけど油断しなければ問題なさそうです」
倒れ伏すリアムネーリヤを見て、イブは呟く。
「よし、この調子でもっともっと倒して師匠に褒めてもらうです! アネットさん! 私まだやれるので次、どうぞですよー!」
アネットへ戦いの続行を申し出たイブ。
レヴィのために、褒めてもらうために――そして、あわよくば結婚するために。
イブのやる気はみなぎっていた。
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