イブの戦い

「これ、アネットさんの神器です。ということは、いよいよ……です!」


 王都防衛に参加するイブ。

 彼女は空を青白い光が覆ったのを見て、アネットの神器が無事に発動したことを確認する。


 作戦通りであればこれからすぐに魔族が送られてくる。

 イブたちの仕事は、アネットの手によって飛ばされてきた魔族をひたすら倒していくという単純なものだ。


「せっかく師匠に頼ってもらえたですから、がんばらないと!」


 イブはむんと気合いを入れた。

 彼女は王都を守るための戦力として、レヴィの判断でここに配置されたのだ。

 その期待にはしっかりと応えないといけない。


 イブはこの戦いで精一杯がんばって大活躍して、師匠であるレヴィに褒めてもらいたかった。

 そしてあわよくば、ご褒美として側室に。

 そんなことを考えていた。


「あ、来たです」


「は……え? あれ、転移した?」


 ひとり気合いを入れるイブの前に現れたのは、露出の多い服を着た魔族であった。

 長く鋭い爪に、腰のあたりから生える尻尾。

 側頭部に生える羊のような巻き角。


 人間に近い姿をした魔族。

 イブは事前に、魔族は階級が上がるほど人間の姿に近づいていくということを聞いていた。

 目の前の魔族は、人間に近しい姿からして高位魔族。


 あらかじめ打ち合わせしてあった通り、イブの元に転移させれてきたのは侯爵級魔族のようだった。


「よくわかんねーけど、アンタがアタシの敵ってこと? まだガキじゃん」


「私は弱くないですよ!」


「んなの、見りゃわかるし。すごい魔力じゃん。つーか、これってそっちの作戦? まんまと分断させられたっぽいけど、ヤバくね。アイツ、自信満々で王都襲撃するとか言い出したのに結局ダメじゃん。魔王様に気に入られてるからって、チョーシ乗りすぎじゃんね」


 巻き角の魔族は頭を抱えている様子だ。

 彼女の言う通り、アネットの神器によって王都防衛の戦場をコントロールされた現状は、完全に人類側の作戦がハマった状態である。


 戦力を適切に配置し、敵を分断し各個撃破を容易く行える『幽閉の迷宮ラビュリントス』の力。

 しかも、一度捕えられたら抜け出せない。

 こうなってしまえば、魔族はただアネットの手のひらの上ですり潰されるのを待つだけだ。

 魔族側からしたら完全に詰んでると言えるだろう。


 だが、事前にアネットの神器の力を知らなかったのなら仕方ないことだ。

 彼女の神器は防衛戦では本当にずるい力を発揮する。

 イブは少しだけ魔族たちに同情した。


「ま、やられちゃったんは仕方ないか。アイツにはあとで文句を言うとして……とりま、目の前の敵を倒さなきゃだ」


 ひと通り愚痴を言い終えて気が済んだのか、巻き角の魔族はこちらを睨みつけてきた。

 その睨みに対して、イブもまたグッと目に力を込めて受け止める。


「おー、アンタもやる気満々って感じ? でも、ちっちゃいからそんな睨んだってかわいいだけじゃんね」


「ちっちゃいのは今だけですよ! 私はすぐに大きくなって、師匠をのーさつする予定です!」


「何言ってんの。ウケる」


 巻き角の魔族が楽しげにケラケラと笑いだす。

 ふざけたような態度を見せる敵に対して、機嫌を悪くしたイブはむすっとした。


「――『白銀の弟子』イブ・リース」


「あれ、おしゃべりはもう終わり? アンタかわいいから、もっと話してみたかったけど。ま、いっか。――侯爵級魔族、リアムネーリヤ」


 巻き角の魔族――リアムネーリヤは、イブの名乗りに気楽な雰囲気で返すと姿勢を低くして構える。


「何がどうして今ここにアタシがいるかわかんないけどさぁ。わざわざタイマンになってるし、とりあえずアンタを殺せばいいってことでしょ? かわいいガキのくせになんか強そうな相手だけど、死にたくないし頑張るかな!」


 先手必勝とばかりにリアムネーリヤが接近してくる。

 彼女は近接戦闘を得意とする侯爵級魔族らしく、その速度はかなりのもの。


 このままでは接近戦のできないイブはリアムネーリヤに一瞬で距離を詰められ、簡単に殺されてしまうだろう。

 だけどイブに焦りはなかった。

 リアムネーリヤが動き出すよりも早く、魔法の準備を始めていたのだ。


「――『氷像風雅』! 私を守るです!」


 イブが発動した魔法によって、さまざまな姿をした氷のゴーレムが何体も現れる。

 その中の1体、巨人の姿をした大きな氷ゴーレムが目前に迫ったリアムネーリヤを受け止めた。


「――! 邪魔だっての!」


 リアムネーリヤの攻撃を防いだ巨人ゴーレム。

 しかしその直後、リアムネーリヤが手のひらを巨人ゴーレムの体に当てる。

 すると、ただ触れられただけにも関わらず巨人ゴーレムは音を立ててガラガラと崩れ去ってしまった。


 『氷像風雅』によって作られる氷ゴーレムは、魔物に換算するとせいぜいがS級程度の強さとなる。

 たしかに、侯爵級魔族であるリアムネーリヤからしたら雑魚だろう。


 だが、氷ゴーレムにはそれぞれ別の特性が設定されており、巨人型のものは頑丈さに特化していた。

 総合的な能力で言えばS級かもしれないが、頑丈さにおいてはSS級くらいまで高められている。

 いかに侯爵級魔族といえど、ただ触れただけとか、そんな簡単に破壊できるものとは思えない。


 となると、要因はまず間違いなく――


「これが権能……です?」


「そゆことー。アンタもすぐに、ぶっ壊してあげるよ」


「いやです、お断りです!」


 話している間にも油断なく術式を構築していたイブは、リアムネーリヤが動き出す前に即座に攻撃に移る。

 それは、超巨大な氷塊だった。

 リアムネーリヤを呑み込んで、形成される大氷塊、


 身動きなど取りようもなく、息もできず。

 全身を氷に閉じ込められたリアムネーリヤはもう何もできない――なんてことはないらしい。


 大氷塊が内側から破壊される。


「ぷはーっ! びっくりした。今のはアタシじゃなかったら、ヤバかったんじゃね?」


「……ダメでしたか」


「いやぁ、アンタかなり強い魔法使いみたいだけど、アタシと相性悪いみたいじゃんね。アタシの権能は、手で触れた物を強度を無視して全部ぶっ壊す能力! 氷なんて、最高に壊しやすいカモでしょ」


 リアムネーリヤがにやりと笑う。


「急に転移させられたときはヤバいかなって思ったけど。なんだ、こんな相性の良い相手が敵なら楽勝じゃん」


「勝ち誇るのは早いですよ」


 イブは余裕綽々な態度を見せるリアムネーリヤに言い放つと、胸元からひとつのネックレスを取り出した。


 ――氷に閉ざされた、ゆらめく炎。

 そんな意匠のネックレスを手に、イブは小さく呟く。


「師匠、力を借りるです」

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