『竜王女』
「なんだそれは。不愉快じゃの」
王都に鎮座する大闘技場。
アネットの神器によってそこに配置されたエレアは、続いて転移してきた相手を見て眉を顰めた。
「不愉快なんて、酷いことを言うなあ。竜王女殿下、僕のことを忘れてしまったの?」
「後ろにぞろぞろと引き連れて、隠す気もないのに何を言う。『不滅』――いや、人の身を奪う公爵級魔族オールヴァンスだったか? 話はレヴィから聞いておる」
エレアの言葉を聞いて、白髪に真っ白な肌をした男が楽しげに笑う。
「まさか、本体がやられちゃうなんてね。『変態』の体を使った僕のスペックは、『竜王女』すら超えているはずだったんだけどなぁ。レヴィ・ドレイクが想像以上だったらしいね。いやあ、よかった。あらかじめ魂の欠片をこの体に分けておいて正解だった」
「…………『不滅』は生きておるのか?」
「いや、死んだよ。この体の本来の魂は失われている。すでにこの体は、正真正銘僕のものさ」
「そうか」
エレアは助けられなかった仲間を想い目を伏せる。
だけど、感傷は一瞬だ。すぐに意識を切り替えたエレアは、目の前に立つ敵を睨みつけた。
「そんな怒ることなくない? だって、僕と君の仲じゃないか。僕が『変態』として過ごしていた一年と少し、何度も笑い合ったでしょ。面白かったなあ、滑稽で。僕を本物の『変態』と勘違いしている君たちを前に笑いを堪えるのは、すっごく大変だったよ」
「本当に、不愉快」
あまりにも邪悪で、醜悪。
かつての仲間の姿で、魔族らしく振る舞うオールヴァンスに対する嫌悪と怒りが湧いてくる。
「『変態』、『聖女』、『不滅』。みんないいやつじゃった。国を守らんと戦う、わらわの仲間たちじゃ」
「みんな、僕が殺したけどね」
「そうじゃな。せめて、仇は討つからの」
敵討ちを宣言するエレア。
その言葉を聞いたオールヴァンスは嘲るように笑った。
「仇を討つって。いくら君でも無理でしょ。こっちは公爵級が僕を含めて3体だ。侯爵級は10体いる。アネットが何を思ってこんな戦力配置をしたのかわからないけど。さすがに、君1人でこの数を相手にするのは無理でしょ。僕だって『変態』の体を使っていた頃よりはだいぶ弱いけど、この体でもかなり戦える。さすがに負けないよ」
「アネットのことを知っておるのだな。それに、彼女の持つ神器についても」
「知ってるよ。『変態』のおかげかな。彼がいろんなことを知っていたみたいで、大いに利用させてもらってるんだ。『変態』のおかげで、僕たちは人間を滅ぼせる。ほんっと、感謝しかないよね」
「いちいちムカつく言い方をする。挑発のつもりか?」
「いや、ただの事実さ。でも、気に障ったなら謝るよ。『変態』のおかげで人類を滅ぼすことができて、ごめんなさいってね」
エレアは沸々と湧く怒りを抑え、ため息を吐く。
目の前の魔族と会話をしてもストレスが溜まるだけで、良いことなんて何もない。
『変態』――マックスの記憶を得ただけで、本来彼が知る由もないはずのアネットの神器についてなぜわかるのか。
マックスが知っていたという
気にはなるが、エレアはこれ以上オールヴァンスとまともに会話したくなかったので、今はいいやとひとまず流すことにした。
「『竜王女』――エレア・イリア・ノールトート・エル・ドラクレア。さっさと終わりにさせてもらうぞ」
「あれ、もうお話は終わり? せっかちだな……まぁいいや――公爵級魔族オールヴァンス。人類最強、墜とさせてもらうよ」
名乗りを交わすエレアとオールヴァンス。
たった1人、小さな体で立ち塞がるエレアに対し、オールヴァンス側には総勢13体の高位魔族が集う。
側から見れば、エレアが圧倒的不利で絶望的状況。
オールヴァンスや他の魔族たちは、勝ちを確信した様子で笑みを浮かべてみせる。
しかし、こんな状況でありながら、エレアは気負いや絶望感なんて何ひとつ感じていなかった。
ただひたすらに平静で、何の気もなく自然体。
『竜王女』はただ、最強であるゆえに。
「――『
赤光が、迸る。
エレアから放たれた血のように赤い光が、闘技場を瞬時に駆け抜けた。
「来るか……!!」
「いや、もう済んだ。あとはお主だけじゃな」
「――――は?」
エレアの言葉にオールヴァンスは振り返る。
そして彼は、その視界に映る光景を見て絶句した。
「わらわを超えているとか、勝てるとか。どこに根拠があるのか知らんが
オールヴァンスの背後に広がる光景。
そこにいるのは、2体の公爵級魔族と10体の侯爵級魔族。
しかし、それらはただひと言すら発することはなく、身じろぎのひとつも起こさない。
だってすでに――死んでるから。
オールヴァンスを除いた12体の魔族。
全員が揃って、闘技場の地面から伸びる赤光の槍によって脳天まで串刺しにされていたのだ。
それはまるで、立ち並ぶ墓標のようであった。
「お主には聞きたいことが山ほどある。だが、その前に――」
エレアが腕を横に薙ぐ。
なんてことのないようなエレアの動作。たった、それだけだった。
たったそれだけで、線のように放たれた赤光が一瞬にしてオールヴァンスの体を小間切れにバラした。
赤光が集まり、エレアの手に真紅の槍が現れる。
バラバラになったオールヴァンスの体。
あえて原型を留めるように切り離されたその頭へと、エレアは槍を突き刺して地面に縫い留めた。
「……おかしい。こ、こんなハズでは。予想外にも程がある。ゲームでだって、『竜王女』はここまで圧倒的じゃな――」
「どうせ、その体は死なんのじゃろ。話を聞く前に、憂さ晴らしくらいはさせてもらおうか。拷問なんぞわらわにはできんが、どれだけ痛めつけても死なんのなら楽で良い。3人分の仇だ。すぐに折れてはくれるなよ?」
エレアは、地面に縫い留められたまま呆然と見上げるオールヴァンスを睨みつけた。
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