心が躍る

「お主、剣士じゃな? ワシと戦え」


「いきなり突っ込んできたかと思えば、随分な挨拶だな」


 居並ぶ高位魔族たちの中から、もっとも強そうな剣士を瞬時にかぎ分けたロータス。

 彼は真っ先に飛び出し、その魔族と相対していた。


「まぁいい。一目見てわかった、貴様が『剣聖』だな。この場にいる人間の中で貴様がもっとも優れた剣士だろ」


「ほう、『剣聖』の名を知っているのじゃな」


「あたりまえだ。私は魔族最強の剣士を自負している。人類最強の剣士である『剣聖』とは戦ってみたかった」


「クク、魔族にしては話がわかるな。ま、たしかに剣に限って言えばワシが人類最強じゃろうて。魔族最強の剣士を名乗るお主の剣、ワシも気になって仕方がない」


 ロータスと魔族は笑い合う。

 人類と魔族、お互いがそれぞれの種族において最強を自負する剣士。

 ただひたすらに剣の道に生きてきた同類。


 ロータスは目の前の魔族の考えることがよくわかる。

 なぜなら、それは自身も考えていることだから。

 強者の示す剣の冴えをその目に焼き付け競い合い、そして自身の剣によってねじ伏せる。

 それが、剣士の生き様だ。


「公爵級魔族、キルエラード――往くぞ」


「『剣聖』、ロータス・リンスロット――参る」


 先制はキルエラード。

 踏み込み、振るわれる剣をロータスは一切の無駄な動きなく体を少し傾け紙一重で躱してみせる。


「ふむ。速いな。剣にブレもなく鋭い。魔族最強の剣士を自負するだけのことはありそうじゃ」


「避けるか」


 攻め手は変わらずキルエラード。

 キルエラードの怒涛の攻めをロータスは躱し、受け流し、防御し、ひたすらに捌き続ける。

 一手一手が見事な剣であり、一度でも守りをミスれば一気にやられてしまうとロータスは直感していた。


「よくぞここまで練り上げたものじゃ。魔族ながら、賞賛を贈ろうか」


「嫌味にしか聞こえんな。貴様は私よりもずっと短い命でありながら、すでに私よりも強いだろう。こうもすべての攻撃を容易く捌かれては、貴様に攻撃を通すイメージがまったく湧かない。だが、守ってばかりでは勝てないぞ」


「今のワシにお主のような攻めは無理じゃからのう」


 ロータスは歳をとりすぎた。

 剣技や体捌きに衰えはなくとも、身体能力は全盛期には遠く及ばない。

 だからこうして、守りを主体とした剣を操る。

 少し先の未来を観測する神器、『悪魔の義眼』もこの戦い方に適していた。


 だけど、それは決して攻めないという話ではなく。

 攻撃回数が少ない分、その攻撃は一つ一つが研ぎ澄まされた致命の刃。


「そこじゃな」


「っ!」


 怒涛に攻めるキルエラード。

 その連撃の中、わずかに生じた隙を的確に突いたロータスの剣がキルエラードの首へと振るわれる。

 対して、キルエラードはとっさに左腕を首と剣の間に置いて防御した。


 キルエラードの防御によって、ロータスの剣は差し込まれた左腕を斬り飛ばす。

 しかし、狙った首は浅く斬り裂くにとどまった。


 だが、これでいい。

 ロータスは防御されることも織り込み済みである。


「片腕では、ワシの相手をするには不足じゃろ」


「クソ、しくじったな」


 怒涛の攻めを展開していたキルエラードだが、片腕ではその剣の威力、正確性、速度すべてが足りない。

 勢いが弱まり、隙が増える。


 こうなってはもう、キルエラードはさっきまでのような一方的な攻撃はできない。

 それどころか、片腕となったことで発生しやすくなる隙を何とかカバーするために守りに比重を置く必要があった。


 たった一つの隙、たった一度の攻撃が、戦況をひっくり返した。

 攻守逆転だ。


「どうした、守ってばかりでは勝てないぞ?」


「チッ」


 一転して、攻めるロータスと守るキルエラード。

 ロータスにはキルエラードのような速さはなく、力も遠く及ばない。

 しかし、剣の冴えだけは目の前の魔族をはるかに上回っていた。


「…………なるほど、これはもうどうしようもないな。『剣聖』か。その名に相応しく、埒外の剣技だな」


「なんじゃ、弱気じゃな。降参か? つまらんことを言うなよ?」


 ロータスの剣をその身に幾度も受けたキルエラードは、全身に傷を作りボロボロの姿だ。

 対してロータスは未だ無傷。

 これではすでに決着はついたようなもの。このまま続けていれば、ロータスの勝利は確定的だった。


 だが、キルエラードは不敵に笑った。

 その笑みには焦りや諦めといった感情は、何一つ浮かべていなかった。


「いいや、降参する気はないから安心しろ。ただ一人のとして貴様を上回りたかったが、こうなっては仕方ない。ここからは私のすべてで、貴様を屠るとしよう」


「――!」


 直後、ロータスは瞬時に跳び退く。

 首に触れれば、ぬるりとした感触。見ると、手には血がベッタリと付着していた。


「これは……不可視の剣か?」


「驚いた。普通躱せるものではないはずだが」


「目に見えずとも、肌に触れればそこにあることはわかるじゃろうて」


「それにしても、反応が早すぎるが」


 ふと肌に何かが触れた感触を受けたロータスは、瞬時に反応して身をよじった。

 左腕にわずかな斬傷ができている。

 身をよじっていなければ、おそらく今の一撃で腕を斬り飛ばされていただろう。


「私の権能だ。不可視の斬撃を発生させ、敵を斬り裂く。派手さはないが、威力は高く回避は困難。悪くない力だろう?」


「ふむ、厄介じゃな。本当に厄介で――心が躍るわ」


 そう言って、ロータスは獰猛に笑った。

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