暗闇

「光を集めるということは、こういうこともできるわけです」


 ロートクレイドールが手を俺へと向ける。

 直後、視界が暗転した。


「俺の視界を封じたのか」


「僕の光を集める権能……それは言い換えれば、光を奪う力でもある。あなたから光を奪わせていただきました」


 真っ暗な視界。

 ロートクレイドールの声だけが聞こえてくる。


「いかに優秀な魔法使いでも、圧倒的な力を持つ戦士でも。何も見えないのであれば何もできないでしょう」


 勝ち誇ったような声。

 たしかにその通りだ。こんな真っ暗な視界では、戦いなんてろくに出来はしない。

 少なくとも俺には無理。


 だが、これで勝ち誇るなんて油断しすぎだろ。


「――『魔力転換・聴力』」


 多量の魔力を注ぎ込み発動する神器の力によって、聴力を強化する。

 視界は変わらず閉ざされたまま。

 しかし強化された聴力は周囲のすべての音やその反響を聞き分けることで、目で見えていなくとも暗闇の中で周囲の動きを捉えることができる。


「――!? なんで、わかるし……!?」


「さあな」


「がふっ!?」


 視界を封じられた俺へと斬りかかってきたベルリアリテットの攻撃を躱した。

 当たると確信した攻撃が外れれば思考に隙が発生する。


 驚愕に固まり致命的な隙を晒すベルリアリテットの体へと、俺は『レーヴァテイン』を突き立てた。

 そしてそのまま、炎剣へと術式の許容量を超過する莫大な魔力を込めた。


「『魔力波』」


「っ!」


 俺は暴走一歩手前の炎剣から手を離し、それが突き刺さったままのベルリアリテットを無魔法で吹き飛ばす。


 吹っ飛ぶベルリアリテット。

 直後、臨界を超えた『レーヴァテイン』はベルリアリテットに突き刺さったまま大爆発した。


「ちっ、耳がイカれた……」


 聴力強化をしたデメリットだな。

 爆発音で鼓膜が破れたみたいだ。『影収納』からエリクサーを取り出して飲めば、それで解決だけど。


 さて、聞こえてくる音からしてベルリアリテットは沈黙したみたいだな。


「まず1体だ」


「な、なぜ……光を奪ったのに……」


「どうせお前1人じゃ俺には勝てないから、冥土の土産に教えてやる。俺の神器の能力だよ」


「!? レヴィ・ドレイクの神器はその異常な魔力量か魔法使いでありながら闘気を持つことだったのでは……」


 哀れなやつだな。

 オールヴァンスから与えられていたであろう俺の情報をしっかりと把握していれば、違ったかもしれないのに。


 逆に俺は前世の頃からお前のことを知っていたから、対策をしたんだよ。

 視界を塞いで強化された聴覚だけで戦う練習をしてな。


「お前のおかげで、ベルリアリテットが隙をさらしてくれた。あいつはかなり強い魔族だし、普通にやってたらもっと苦戦しそうだったから助かったぞ」


「や、安い挑発だ……!」


「挑発じゃなくて、単なる事実だよ」


「っ! ナメるな! 僕一人でも、お前くらい倒せます! ――光よ!」


 ロートクレイドールの光を集める権能の強さは、別に相手の視界を奪うことだけではない。

 光を集めることで攻守に活用し、それ以外にもさまざまなことができる強力無比な力だ。

 権能であるためジークの持つ光魔法よりも出が速く消耗もなく、それでいて自由。


 だが、この権能には致命的な弱点がある。


「いや、終わりだ――『暗闇』」


「! ひ、光が!」


 光を遮り周囲を暗くするという闇魔法の初歩中の初歩。

 再編魔法によって効果と範囲を拡大した『暗闇』は俺とロートクレイドールを包んで展開され、太陽の光を遮ったその魔法の内部からは一切の光が失われる。


「俺から光を奪って勝ち誇ってたが、お前こそ周りに光がなければ何もできないよな」


「あ、ああ……」


 ロートクレイドールの権能は、あくまでも光をというもの。

 周囲に光があることが前提で、それを集めるという力であって自ら光を生み出すような力ではない。


 だから、ロートクレイドールはわずかな光すらない真っ暗闇では強力な権能を一切使えないのだ。


「な、何も見えない、わからない……レヴィ・ドレイクはどこに、僕はどこに……こ、これでは僕はどうすれば」


「他者の視界を奪うくせに、いざ自分がそうなったら狼狽えるしかできないか。なんというか滑稽だな」


 目が見えず権能が使えずとも、ロートクレイドールの能力がすべてなくなったわけでない。

 魔族の中でも最上位の数値を持つ、公爵級魔族としての基礎的なスペックは健在だ。

 高い身体能力も、強力な魔法もそのまま。


 だから警戒は解かない。

 何らかの反撃の可能性を警戒しつつ、俺は混乱の最中にいるロートクレイドールへと近づいていく。

 火魔法はダメだ。あれは光源になってしまう。


 俺は『影収納』から剣を取り出した。

 あまり使うことはない武器だけど、いざというときのために『影収納』に入れておいてよかったな。


 俺は足音を極力消して静かにロートクレイドールの背後を取る。

 そしてその心臓めがけて、剣を突き刺した。


「じゃあな」


 …………警戒したが、反撃はなかったか。

 暗闇の中で終始狼狽えるだけで、本当に何もなかった。こんなのが公爵級なのか。

 ちょっと弱すぎるぞ。


「……こふっ。し、死にたく、ない……僕は、まだ……レ、レヴィ・ドレイク……許、し…………」


 公爵級魔族の命乞いは初めてだな。

 最後に魔族らしく命乞いをしたロートクレイドールが、どさりと崩れ落ちた。


「これで俺の方は終わりか」


 さて、この後やることは苦戦してる味方がいればその援護か、あるいは姿を見せない魔王への警戒か。

 公爵級2体との戦いを終わらせた俺は、周囲を包む『暗黒』を解いた。

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