初手ブッパ

 戦端が開かれる。

 侵攻してくるのは帝国軍10万の大軍勢。


 対するはエンデ辺境伯軍5千と周辺から馳せ参じた貴族軍が全部で合わせて5千。

 フロプトを総軍指揮に据えた合計1万の王国軍だ。


「……始まっちゃいますね」


 メリーネが沈んだ表情で呟く。

 相手が帝国とはいっても、俺たちは人間と戦うために強くなったわけじゃないからな。

 多分、メリーネは帝国軍と戦うのが嫌なのだろう。


 俺も同じ気持ちだ。


「メリーネ、俺たちが戦う相手は魔族だ。帝国軍の相手は基本的に王国軍の方に任せることになる」


「そ、そうなんですか? いえ、それなら私としては嬉しかったりするんですけど」


「俺たちが本気を出せば、帝国軍10万だろうと100万だろうとすぐに殲滅できるだろ。それは、戦争じゃなくて蹂躙だ。基本的に七竜伯は人間同士の戦場に武力介入しないんだよ」


 核兵器のような扱いの七竜伯をポンポンと戦いに投入しても、得られるのは畏怖と嫌悪だけだ。

 そもそもが人類の危機に対する部隊であり、同格の敵対者や人類に仇なす魔族と魔物にのみ対応する存在。


 人の枠組みを外れた戦力である七竜伯は、同じく人外の敵を倒すから、人間の相手は極力人間にやってもらう。

 そういうスタンスだ。


「さすがに国家存亡の危機となれば出ることになるが、今はまだ帝国軍相手に出張る場面じゃない」


 それに貴族や騎士、兵士にとっては武功をあげるチャンスだからな。

 徴兵された農民などにとっても、武威で身を立て成り上がることのできる貴重な機会。


 戦争で何を悠長なことをって思うけど、七竜伯におんぶに抱っこな腑抜けた王国民ばかりになってしまうより、こっちの方が健全なのだ。

 戦争になったら即核兵器をぶち込んで終わりにするとか、そんな国は敵にとっても味方にとっても嫌だろ。


 まぁ、さすがに数の差が10倍だからネロのアンデッドは駆り出されてるけど。

 指揮するフロプトも、アンデッドを積極的な攻勢に使うことはないだろうな。

 役割は王国軍が結集するまでの繋ぎだろう。


 だがいかに転移魔法が使えるアネットがいるとしても、数万人規模の転移は魔力が足りない。

 王国軍が結集するまではしばらくかかりそうだな。

 結局いつも通りネロが大活躍である。


「レヴィの言う通りじゃな。弱者をいくらなぶったところで、ワシの剣は微塵も満足せん。そおら、来るぞ。あれがワシらの手合いであろう」


 ロータスが指を差す。

 帝国軍の大軍勢のその向こう、空を埋め尽くすように飛んでくる大量の影。


「来たか、魔族」


「……学園の時以上だね」


 ジークが言うように、空を埋め尽くす魔族の数はおそらく1万を超えている。

 学園襲撃の際は100体ほどだったか。

 この数の魔族はまさしく魔族の総力と言っていいだろう。


 本気で勝ちに来ているな。

 これだけの数の魔族を動かせるのは魔王以外ありえないし、魔王も既に復活してると見ていいだろう。


「さすがにあの数は面倒だ。数を減らすぞ――『ムスペルヘイム』」


 遠方の上空へと向けて放つ超広範囲魔法。

 『黒炎魔法』の性質によって、魔族のみを燃やし尽くす効果を持った魔法だ。

 術式強度のギリギリまで魔力を注ぎ込み、極限まで威力を上げた『ムスペルヘイム』が魔族の大軍へと迫る。


 しかし――


「防いだな……伯爵級までなら消し飛ばす魔法だが」


 黒炎が魔族たちにぶつかる瞬間。

 先頭に立つ魔族が手を掲げ、その手に黒炎が触れると吸い込まれるようにして消えてしまった。


「レヴィさまの大魔法を防ぐ魔族……公爵級ですよね」


「そうだろうな。この距離だから詳しくは見えないが」


 心当たりはある。

 『エレイン王国物語』で、手に触れた対象を消滅させるという極めて強力な権能を持つ公爵級魔族がいた。

 今の挙動からして、まず間違いなくそいつだ。


 俺は確信を得ると同時に再び魔法を発動する。

 右手と左手、それぞれに生み出すは炎の剣。圧縮し凝縮し、その姿が漆黒の槍へと姿を変えた。


 俺の最強魔法。

 それを同時に2つ。


「厄介な魔族はさっさと潰させてもらう――『破滅の黒レーヴァテイン』」


 最初から全力だ。

 この戦争は遠慮も手加減もするつもりはなく、人類の完全勝利以外必要ない。

 だから危険な高位魔族なんてさっさと死ね。


 俺の放った黒槍が公爵級魔族へと迫る。

 そいつはまたも手を出して消滅させようとするが――その力には、許容量があるだろ?


「――爆ぜろ」


 轟音を上げて空を揺るがす大爆発。

 立て続けに2度起こったそれは太陽のように地上を照らし、消え去った後には何も残さない。


 消滅の権能を持つ公爵級魔族は、周囲にいた魔族を諸共に巻き込んで跡形もなく消し飛んだ。

 何やら慌てているのか焦っているのか、ざわめいている様子の魔族だが、おれはさっさと次の魔法を発動する。


「『ムスペルヘイム』」


 再度放つ超広範囲魔法。

 今度は遮られることはなく、遠方の上空を埋め尽くす魔族たちをひと息に呑み込んだ。


 『破滅の黒レーヴァテイン』によって照らされた周囲が、今度は『ムスペルヘイム』の黒炎によって夜の帷が下りたように暗くなる。


 黒炎が消えて光が戻り始めた頃、上空を埋め尽くしていた魔族のほぼすべてが消え去っていた。

 これで伯爵級までの魔族は倒せたかな。


 1万はいただろうが、そのほとんどは男爵級と子爵級だっただろうしこんなものだ。


「い、いきなり飛ばし過ぎじゃないか? ドレイク、魔力は大丈夫なのか?」


「余裕。今と同じことをまだ1000回はできる」


「め、めちゃくちゃすぎる――!」


 クライの言葉にそう答えると、彼は驚愕して叫んだ。


 そんなこと言われても俺の今までの努力はすべて今日のためなんだ。

 これくらいはできないと話にならないだろ。


 遠距離から魔法をぶっ放すのが得意な魔法使いを前に、軍勢で固まってゆうゆうとやってくる魔族が悪い。

 的にしてくれと言っているようなものだ。

 遠慮なくやらせてもらえて助かるよ。


「あはは、さすがだよ。でも、それでこそレヴィだね!」


「ほんと、頼もしすぎるよ〜! あたしも強くなったからこそ格の違いを感じるよ。でも、負けてらんないね!」


 ジークとエミリーがやる気に満ちた声を上げる。

 俺と差があることを自覚していても、絶対に超えてみせると気炎を吐く。

 それでこそっていうのは、こっちの台詞だな。

 さすが主人公チームって感じだよ。


「さすがあたしの副船長なのだ! だけどまだ、終わりではないよな?」


「ああ、その通りだ」


 俺が倒したのは1体の公爵級を除けば、他はすべて伯爵級以下の有象無象だ。

 今なお空を飛ぶのは、さっきと比べればあまりにも少ない100にも満たない数の魔族たち。

 しかしあれらすべてが、侯爵級以上の高位魔族。


 1万の軍勢を片付けたところで、俺たちに勝ち誇る余裕なんてまったくない。


「完膚なきまでに勝つ」


 ただ、それだけを求めて。

 人類と魔族の最終戦争が――始まった。

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