国境へ
アネットの転移魔法で国境へと移動する。
面子は校長室にいた俺とネロとフロプトにスター。
加えてメリーネとスラミィ、個別指導組のやつらだ。
「アネット、ありがとうな」
「いえ、私にできることをしたまでですわ。それに、我がエンデ領を守るためですし」
アネットは顔色を少し青くして言った。
このエンデ辺境伯領はアネットの家が治める領地。
かつてないほどの敵の軍勢が迫っていると聞いて、焦りや不安を抱かないわけがない。
だが、それでも表面上は気丈に振る舞っている。
それは貴族としての覚悟と矜持。
何か言ってやったり、配慮してやるのも不粋だろう。
「お、増援かの。まだ戦端は開かれておらんぞ」
「あ、師匠!」
「! お爺様……」
すでに国境までたどり着いていたらしいロータスがやってくると、メリーネは笑みを浮かべて駆け寄り、クライが緊張した面持ちで呟いた。
転移でやってきたから、俺たちの方が追い抜いて先に着くと思ったけどそんなことなかったらしい。
「む、そこにいるのはクライか? まさか、お前がやってくるとはのう」
「お爺様、僕は神器を手に入れて――」
「みなまで言わんでよい、見ればわかる。それなりに戦えるようになったようじゃな」
ロータスは好々爺然とした表情を崩し、好戦的に笑う。
「光るものはなく、どこまでいこうと優秀止まりの凡百な孫と思っておったが……ワシとしたことが見誤ったか。ふむ、少し興味が出てきた。どれ、手合わせでも――」
「ちょっと師匠、今は緊急事態だから後にしてください! 戦いならこれからいくらでもできるんですからっ!」
「おっと、そうじゃった。すまんの」
クライと手合わせを始めようとするロータスに、メリーネが苦言を呈すると彼は頭をかいて戦意を引っ込めた。
よくこの戦闘狂を止めてくれた。
ありがたい。
「クライ、お前の剣は戦場で見させてもらう。不甲斐ない姿でワシを失望させるでないぞ?」
「は、はい! 僕は絶対、あなたに認められて『剣聖』になって見せます!」
「それはどうじゃろうなあ。おそらく二代目は、すでにワシより強いぞ?」
「それでも、負けたくはありません!」
「……前までは身の程すら知らんガキだったが、こうも変わるとはのう。レヴィが何かしたのか?」
「クライが努力しただけですよ」
俺はそれだけ言って、メリーネを連れてロータスから離れることにした。
ゲームでクライの事情や思いを知っていた俺は、彼がロータスに認められているのを見て2人きりにしてやりたいと思ったのである。
人類の極致たる剣才を持つロータスは、子や孫には一切の期待をしていなかった。
剣の道を選んだのであれば、絶対に己を超えることはないという確信があったからだ。
ロータスが望んでいたのは、ただの剣では成し得ない自身を超える異才の後継者。
剣を取りながら、魔法まで操るジーク。
身体能力という最もシンプルな力の権化にして、どこまでも一途に努力を重ね続ける努力の天才メリーネ。
そういった、剣だけではない後継者を探していた。
ロータスは剣では己を越えることなど絶対にできるわけがないのに、それでも『剣聖』の家だからと愚直に剣を鍛え続ける子や孫を冷めた目で見ていたのだ。
それはクライの抱く『剣聖』への憧れや夢への、あまりにも痛烈な皮肉。
今後クライがロータスやメリーネを超えることができるのかどうかはわからんが、彼がロータスの視界に入るようになったのは喜ばしいことだろう。
「ど、どうしましょうレヴィさま。わたし、師匠よりも強いらしいんですけど本当でしょうか? 未だに勝てる気がまったくしないのですが……」
「いや、わからん」
現状のスペックでは間違いなくメリーネの方が上だが、ロータスは戦闘の中で常に成長していく怪物だ。
未来を観測する神器も彼の才能と合わされば無敵。
格下や同格に足を掬われるような剣士ではなく、格上殺しに特化したような能力の持ち主。
本人はメリーネの方が強いと思ってるらしいが、いざ戦いになれば『お前はワシより強い。だからこそ挑むのじゃ!』とか言いながら限界を超えていくのだろう。
そんな情景がありありと浮かんでしまう。
本当に理不尽な爺さんであった。
「ドレイク。これだけの戦力を隠し持っていたとは、さすがに我も呆れたぞ。だが、望外のことだ。人類の存亡をかけた魔王との戦い……これで我らの勝率は格段に上がった」
「すべてはこの日のためにですよ。指揮は校長先生が?」
「ああ、竜王女殿下より任されている。総軍司令はこの『賢者』を置いて他におるまい」
大げさにローブを翻したフロプトはニヤリと笑う。
『賢者』は七竜伯として相応しい極めて優れた魔法使いだが、その二つ名の由来は力ではない。
王国のすべての叡智を束ね、数々の戦いを勝利へと導いてきたその智謀を讃えた称号だ。
賢き者。
彼をおいて、この人類の存亡を賭けた戦いを指揮する者などいるわけがない。
俺は『影収納』から2つの魔道具を取り出した。
「では、これの片方を校長先生に」
「これは魔道具か?」
「はい。友人の優秀な魔道具師に作成を依頼した魔道具です。貴重な素材を使うためこれだけしか作製できなかったようですが、これがあればこの戦いをより有利に進められるはずです」
「ふむ、効果は」
「遠方と連絡を取り合うことのできる魔道具です」
「――!」
フロプトが息を呑む。
「…………効果範囲は?」
「ここから王都までは範囲内です。それぞれを別の者が持ち、語りかけることで対となったもう片方へと声を届かせる仕組みとなっています」
「やばいな、戦場の常識が変わるぞ…………」
フロプトが唸った。
この魔道具はミストに作製してもらったものだ。
遠方と通信をする魔導具……つまるところ、電話のようなものである。
この世界には前世の電話のような便利な伝達機器が存在しないため、急ぎの連絡手段は早馬が主流だ。
そのため目まぐるしく戦況が変わる戦場において、瞬時に連絡を取れる手段があればとミストに依頼した。
さすがのミストでも作製は難航し、結局この1セットしか作ることはできなかったようだが十分だ。
「これを踏まえて、戦力の配置に要望を出しても良いですか?」
「ああ、聞こうか」
「まず、アネットには対となる魔道具を持たせて王都へ。転移魔法を使える彼女には、後方から適切な支援を望む方がいいかと。それに、神出鬼没の魔族はこの戦場を無視して王都に現れるかもしれません。そうなったとき、アネットの神器は王都防衛においてエレアと同等の価値があります」
「竜王女殿下と同等……大きく出たな?」
「事実ですから。加えて『山割』スターを王都防衛に。生徒たちからはドークとメルナ、イブを」
「随分と王都に戦力を割くのだな」
「アネットの転移魔法で、臨機応変に派遣できる予備戦力として重宝できるかと。それに、王都だけは何としても陥落させてはならない。人類最強のエレアがいるとはいえ、これは絶対ですからね」
「…………ドレイク。まさかお前、王都の地下の――」
すっと目を細めるフロプトの言葉を遮り、指を口元に立てるジェスチャーをする。
「校長先生、そのことについてわざわざ口にする必要はありません。ただ、女神より聞いたとだけ」
「……そうか。まぁ、お前の意見には我も賛成だ。いざというときのため、王都にも戦力を多めに配置しようか」
「ありがとうございます」
これで準備は整った。
あとは、勝つだけ――俺は国境の先を睨んだ。
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