休憩、終わり!

「そういえばさ〜、ジークってなんで学園に来たの?」


「え、今更聞くんだ」


 学園都市のダンジョン第6階層。

 連戦に次ぐ連戦の合間、小休止を取るジークたち。

 そんな中、ふとエミリーが尋ねる。


「でも、たしかにそういう話ってしたことなかったよね。そう言うエミリーはどうなの?」


「あたし? あたしは勉強のためだよ。もともと1級冒険者としてお金に余裕があったから、将来何があってもいいように勉強しとこうって。ほら、冒険者って大怪我して引退なんてよくある話でしょ」


「堅実ですのね」


「エミリーはしっかりしてるでゲスからなぁ。さすがはソロで1級まで登り詰めた冒険者といったところでヤスな」


「まぁ、大怪我なんてする予定はないけどね〜。あくまで保険のつもりだったよ。でも、それでみんなと会えたんだから我ながらナイス判断だったかな!」


 そう言ってエミリーは照れたように笑う。


 ジークも同感だった。

 同じクラスで入学して、入試成績上位の3位から5位ってことがキッカケで話すようになって、3人でパーティを組むようになった。

 今ではそこにドークも加わり、良い仲間たちに恵まれたジークはこの幸運に感謝していた。


 出会いっていうのは不思議で特別なもの。

 この中の1人でも今に至るまでの選択をどこかで変えていたら、この4人で集まることはきっとなかった。

 だから特別なんだ。


「アネットとドークは、貴族だからだよね?」


「あっしは乗り気ではなかったでゲスけどね。モルドー家は貧乏でヤスからなぁ。貴族として当然のこと、なんて言っても学園に通う以上お金はかかるもので。まぁ、結果的に色んな人との縁ができてあっしも強くなれたから大正解だったわけでゲスが」


「ダンジョンで適当に狩って売り捌けばお金は稼げるし、レヴィくんっていうすごい人と知り合えたもんね」


「ええ、モルドー家を救ってくれたと言っても過言ではない兄貴には本当に感謝でゲスよ!」


「あはは、レヴィだったらドークが感謝してるって伝えても『お前が努力しただけだろ』とかって言って受け取らなさそうだけどね」


「王国有数の大貴族の嫡男で、七竜伯で、めちゃくちゃ強くて、メリーネちゃんっていうかわいいお嫁さんもいて、顔もかっこいいし背も高いし。そんな完璧超人なのに嫌な性格じゃなくて謙虚なんだから、すごいよね〜」


「そうですわね。本当にすごい人ですわ」


 エミリーとアネットの言葉に同意して頷く。

 同じ年なのに相当な差があることに悔しく思う気持ちもあるし、いつか超えてやるという気概もある。

 それはそれとして、こんなにすごい友人がいることがジークにとってはとても誇らしかった。


「私もドークと一緒で、学園に来るのは乗り気じゃなかったわ。でも、ただでさえ王国中央とは関わりが薄くなりがちな辺境伯ですから、学園に行かないという選択肢はありえなかったのですわ」


「へえ、2人とも乗り気じゃなかったんだ。偶然かな?」


「貴族が学園に来る目的は勉強以上に、国内の貴族や将来有望な平民と子どもの頃から縁を作るため……ほぼ義務のようなものですわ。学園に行きたいとか、行きたくないとか、そんな次元の話ではないのよ」


「お貴族さまも大変だね〜」


 なかなかシビアな貴族の事情を聞いて、ジークとエミリーの平民組は顔を見合わせて苦笑した。


 日々を生きるのに一生懸命な平民からすれば、煌びやかで裕福な貴族は苦労なんてないと思われがちだ。

 だけど貴族には貴族なりの苦労がある。

 貴族なのに貧乏なドーク、辺境伯という特異な立場であるために幼い頃から戦場に立っていたアネット。


 貴族の事情なんて、学園に来てアネットたちと友人にならなければ知る由もないことだった。

 やっぱり学園に来て良かったと、ジークは思う。


「それで、ジークが学園に来た理由は?」


「うーん、オレはみんなと違ってそんなに大した理由じゃないんだけどね。オレの住んでた村にいた魔法使いが、学園に行った方がいいって言ってさ」


 過去に学園に通っていたことがあるというその魔法使いは、ジークの稀有な才能を見て学園に行くことを勧めてきたのだ。

 才能があるのだから、活かすべきだと。

 

 とくに深い考えなどはなく勧められるままに学園の試験を受け、才能を示すことで奨学金を勝ち取り。

 晴れて学園に通うことを許された。


 将来のためにという明確な目的があるエミリーや、貧乏な家をどうにかしたかったドークや、貴族としての責務を全うしようというアネット。

 彼女たちのような、明確な理由はジークにはなかった。


「まぁでも、今はそれだけじゃないけどね。オレには才能があって、こんなところまで来れるくらい強くなれた。それなら、この力を使って困ってる人を助けなきゃ! ――ってさ。今はそう思うよ」


「あんなことがあったしね……レヴィくんたちのおかげでみんな助かったけど、あたしたちがレヴィくんくらい強ければもっとたくさんの人を助けられたのに」


 エミリーの言葉にジークは頷く。

 、というのは魔族による学園襲撃事件のことだ。

 あの日、ジークたちは魔族に立ち向かったが力及ばず解決することはできなかった。


 アネットがレヴィたちを呼ぶことでなんとか最悪の事態こそ免れたが、ジークはあの事件で自分の無力さを痛感した。

 あの事件があったから、ジークは強くなって困ってる人を守るのだという意思を強く持つようになった。


「ノブレスオブリージュ、ですわね」


「ノ、ノブ……何?」


「特権を持つ者は、それに付随した義務と責任を果たさなくてはならない――簡単に言うと『強い力を持つなら、他者を守るべき』という話ですわ。貴族の強権を戒めるための言葉ですが、突出した個の戦力もそれと同じく。その意識を持つのは、とっても良いことだと思いますわ」


 ノブレスオブリージュ。

 その言葉を聞いてジークの脳裏に浮かぶのは、損得や危険を度外視して人を助けるため、恐ろしい魔族に立ち向かうレヴィたちの姿。


 それはまさしく、アネットの言葉通りだった。

 あれこそ自分の目指すべき姿だと漠然と考えていたジークは、アネットに教わったその言葉を胸に刻み込んだ。


「よし! それならオレたちはもっと強くならなきゃだね! まだまだレヴィには敵わないんだから!」


 ジークはパッと立ち上がる。

 その姿を見た仲間たちは、各々の武器を手に一緒になって立ち上がった。


「ジークの言う通りだね〜! 負けてられないよ!」


「ええ、せっかく期待してくれているのですから、しっかりと応えないといけませんわ!」


「へへ、あっしもここまで来たからには、とことんまでやっちまうつもりでゲスよ!」


 仲間たちの威勢の良い声を聞き、ジークはふっと笑う。


 目の前にあるのは大きな扉。

 それはダンジョン第6階層の終点――ダンジョンの最奥へと繋がる最後の扉だ。


 ジークはその扉へと、何の気負いもなく手を掛けた。


「じゃあ、休憩は終わりだ! 行くよみんな!」

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