クライ・リンスロットは苦労する

「うえへへへへへ!!! 痛い! 痛いですぅ!! 痛くて痛くて、気持ちいいよぉ!!」


「メ、メルナさん! 突出しすぎないで! 危ないよ〜!」


「危ない! それってつまり、もっともっと気持ちいいってことですよぉ! えへえへうへへへへ!!!」


「メルナさ〜ん!」


 ――なんだこれは、悪夢か?


 クライは、目の前で繰り広げられるてんやわんやのドタバタした戦闘を見て頭を抱えた。


 だけど、ここはダンジョン。

 頭を抱えているだけではどうにもならないので、クライは仕方なく突出して魔物に突っ込んでいくメルナを追いかけていった。


「メルナ。何度も言っているけど、いきなり突撃していくのはやめてくれ。ここはS級魔物が出現する第6階層だぞ。いくら頑丈とはいっても、取り返しのつかないことになるかもしれないだろ」

 

「ご、ごめんねクライ君。メルナ、大きくて硬くて強そうな魔物を前にすると、どうしても自分を抑えきれなくて。でも、次からは我慢するよ」


「頼むぞ、本当に…………これ言うの12回目だぞ」


「うえへへへ――あぅ」


「たーのーむーぞー?」


「わ、わひゃっは、わひゃっははら」


 クライは笑って誤魔化そうとするメルナの頬を引っ張って注意する。

 しかしこんなこと言ってるけど、どうせまたやるんだろうなという諦観に近い確信がクライにはあった。


 仕方ないので頬を離してやると、メルナは頬をすりすりとさすりながら笑みを浮かべる。


「うえへへへ。クライ君って、メルナのこと遠慮なくなじったりひっぱったりしてくれるから好きぃ」


「…………はぁ」


 クライは深く深くため息を吐いた。


 怒っても、注意しても、無視しても。

 何をやっても最終的に快楽に昇華するメルナの相手をするのは、本当に疲れる。


 これでも先頭に立って魔物の攻撃を一身に引き受ける、パーティの壁役だ。

 魔物に突っ込んでいく悪癖があっても毎回無事に帰ってくるので、その頑丈さだけは信頼していた。


 優秀な仲間ではあるのだ。本当に。

 ただ、性癖のせいで全部台無しなのだ。残念ながら。


「メルナさん! クライくんの言う通りだよ! ちゃんと連携しないと、メルナさんが危なくなるんだからね! メルナさんが倒れちゃったら、パーティは瓦解しちゃうんだよ! ここは危険なダンジョンなんだから、もっと緊張感をもって――!?」


 ぷんすかと腕を振り上げて怒るターナ。

 そんな彼女だったが、いきなり何もないところでつまずいて顔面から地面に激突した。


「あーあ、またやってる……」


 ターナが転ぶのはよくあることだ。

 3人の中で唯一の大人なのにとにかくドジで、小石につまずけば転ぶし、何もなくてもなぜか転ぶ。


 普段は教師らしくしっかりしているのだが、呪われてるのかと疑いたくなるようなドジのせいで帳消しだ。

 優秀な魔法使いで元宮廷魔法使いという立派な肩書を持つのに、生徒たちからはイマイチ尊敬されていない。


「痛そうで、羨ましいなぁ……って、違くて。ターナちゃん、大丈夫ですかぁ?」


「あ、ありがとうメルナさん。でも、私のことは先生って呼んでね。…………うぅ、頭がヒリヒリする」


 メルナが手を差し伸べ、それを取ったターナが額をさすりながら起きあがろうとする。


 ――と、そのとき。

 カチャリ、という不吉な音が周囲に響いた。


「あ」


「あ」


「…………またこのパターンか」


 周囲の壁から滲み出てくるように現れる魔物。

 そのすべてがS級やA級で、30体ほどの大量の魔物がわらわらと湧き出てきた。


 モンスターハウス――ダンジョンに配置された、魔物を呼び寄せる起動式の罠である。

 ターナのドジには決まってこういう不幸がついて回る。


 それなりに彼女たちと長い付き合いとなったクライは、このパーティの定番コンボである『ターナ式ドジ・アンド・トラップ』に慣れきってしまっていた。

 悲しいことに。


「全部倒す必要はない! 脱出するぞ! 僕が道を切り開く! メルナは殿! ターナ先生は魔法で魔物の足止めを!」


「ご、ごめんね! ダメな先生で本当にごめんね! いつも迷惑ばっかりかけて、ううう……!」


「うえへへへ! 大きくて硬くて強い魔物がいっぱいだぁ!!! フィーバータイムだよおおお!!!!」





 その後、何とか頑張って大量の魔物を振り切りダンジョンを脱出した頃にはクライたちはズタボロであった。


「はぁ、はぁ……くっ、はぁ、はぁ! ああ、外だ!」


 ダンジョンから出てきたばかりの視界いっぱいに広がる、綺麗な夕焼けの空をクライは見上げる。

 それはあまりにも美しく、清々しく、綺麗で儚く。


「うへ、うへ、うえへへ。いっぱい殴られて、蹴られて、噛まれて、こんなに幸せでいいのかなぁ? 今日もクライ君とターナちゃんのおかげで気持ちよかったよぉ!」


「ぜぇ、ぜぇ、はぁ――うぷっ……おろろろろろろ」


 ――隣で恍惚としながらビクビクと体を震わす変態と、逃走劇により体力の限界を超越し盛大に吐く教師から全力で目を逸らした。


「ブレア先生、なんで僕を置いていったんだ。なんでこんなどうしようもない2人を僕に押し付けて、行ってしまったんだ」


 クライは途方に暮れて弱音を吐いた。

 少し前までは、お互いに毎日の苦労を分かち合う相手だったブレア。


 しかし、今このパーティに彼女はいない。

 新入生のメアリとイブのパーティへと引き抜かれ、最近では活き活きとダンジョン攻略に精を出している様子。


 妬ましかった。

 ずるい。


「なんで僕だけ……理不尽だ」


 クライ・リンスロット。

 齢16歳にして、世の不条理を嘆く男の名である。


 少し休憩し、全員がある程度回復した頃合いを見て学園への帰路に着く。

 ピンピンしているタフなメルナとは違い、魔法使いで体力のないターナはボロボロである。

 クライはターナに肩を貸して、3人で並んで歩いた。


「ごめんね、クライくん。私、本当にダメな先生で」


「それはもういいですから。それに、ターナ先生はたしかにドジで運が悪くて、生徒たちからはあまり尊敬されていませんけど、生徒のことを考える良い先生だと思いますよ」


「ひぃん、ドジで運が悪くて尊敬できない先生でごべん゙な゙ざ〜い゙」


「な、泣いてしまった……」


「クライ君! 今日は楽しかったねぇ! 気持ち良くて、最高だったよ。やっぱり私クライ君のこと好きだなぁ! 明日もまた、一緒にいっぱい気持ち良くなろうね!」


「勘弁して……」


 そんな風に話しながら歩いていると、ふいにヒソヒソとした声がクライの耳に入ってくる。


「見て、あれ」


「あの男の子、あんなかわいい女の子を2人も侍らせてるわ」


「あっちのおっぱい大きい子、足腰がガクガクよ。いったいどんな激しいプレイを……」


「! 聞いた? 今あっちのちっちゃい子が、またいっぱい気持ち良くなろうね、って!」


「3人でなんて、いかがわしいわ」


「――っ」


 気づけばクライは駆け出していた。

 そのまなじりには、きらりと光るものがこぼれ落ちた。


「なんで僕ばっかりこんな目にいいいいい!!!!」


 クライの悩みは続く――

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