すべてが終わったらまた

 山の景色と自然を眺めながら、ゆっくりと歩いて山頂を目指す。


 途中魔物に遭遇したり、滝を見つけて足を止めたり、イカしたクワガタを見つけて『この世界にもいるのか……』と不思議な気持ちになったり。

 5人でわいわいと盛り上がりながら山を登っていく。


 数時間をかけて頂上にたどり着けば、そこには絶景が広がっていた。


「わあ! 高いですっ!」


「お、王都は、どの辺でしょうか」


「多分、あっちの方なのだ! 海は向こうだから、ロイズはあそこだな!」


「えっと、アルマダはどこかな〜」


「アルマダは北方寄りだし、見えないかもな」


 雄大な山の上から見下ろす王国領。

 普段から移動に空路を使っているので、珍しくないはずのそれがなぜか新鮮で美しく見えた。


 ふと、空に朱が差す。

 夕日の色だ。


 水平線の向こうへと赤い太陽が沈んでいく。

 橙色の水平線、赤い太陽、白い雲、青い空、そのもっと上を彩る黒と星の色。


 絶景だ。本当に。


「綺麗……」


 メリーネが小さく呟く。

 みんな揃って、目の前の光景に目を奪われた様子でじっと眺め続けていた。


 隣に立つメリーネが、そっと俺の手を握った。


「レヴィさま、また見に来たいですね」


「…………そうだな。すべてが終わったらまた来よう」


 魔王との決戦は近い。

 将来の死が確約された悪役に転生して、死にたくない一心から始まった俺のこの世界での物語。

 その目標のゴールを目の前にした今では、ただ俺が死なないだけでは満足できなくなっている。

 

 隣に立つメリーネ、ネロ、スラミィ、メアリ。

 父上や叔父上、妹たち。

 友人であるジークたちに、弟子のイブ。

 ミスト、ジーナ、エルヴィン。

 『ドレイク塾』の教え子たち。

 エレアやユーディ、七竜伯の同僚。


 他にも、この世界で関わってきた多くの人たち。


 俺の死亡ルートをぶっ壊すだけでは物足りない。

 戦いが終わったとき、彼らが誰1人欠けることなく全員そろってこの夕焼けを見れるような。

 そんなハッピーエンドが俺は欲しい。


「たった、2年なんだけどな」


 この世界に転生して、前世の記憶を取り戻してから今日までで約2年。

 たった2年で、俺はこの世界が好きになった。

 画面越しに見る映像やデータではなく。

 体験して関わって、多くの出会いを繰り返して本当の意味で好きになったのだ。


 魔王なんかに壊させてたまるかよ。

 本当に俺が求めるゴールまで、あともう少し。

 頑張んなきゃな。


「勝つのは俺たちだ」


 俺はぎゅっと、メリーネの手を強く握った。


 夕焼けを見送った後。

 俺たちは山頂にキャンプを張って、存分に楽しんだ。


 地上よりもずっと近くに見える星を眺めて語らい、ネロの作ってくれた料理に舌鼓を打ち、いつか旅立つ『メアリ海賊団』の世界制覇計画をわりと真面目に考えたりして。


 気づいたら眠ってて。

 山頂から朝日を迎え、夕日とはまた違った絶景に感動して。


 束の間の休息を思いっきり楽しんだ俺たちは、王都への帰路に着いたのだった。




「じゃ〜ん! 完成しましたよ〜!」


「おお! これがあたしの魔道具なのだな!」


 南方の山脈から王都に戻ったその日のうちに、ミストへとハングリーロックリザードの素材――というか亡骸をまるごと届けてやった。


 それから一夜明け、今日。

 ミストが一晩でやってくれました。


 完成した『海水を持ち運ぶ魔道具』を抱え、メアリが嬉しそうにはしゃぐ。


「見た目は透明なガラス瓶だな」


「持ち運びやすく、見た目も悪くならないように〜、ということで回復薬に使われるポーション瓶から着想を得ました〜! もちろんガラス瓶なのは見た目だけで、強度はガラスとは比較にならないので、戦闘中でも直撃を受けるようなことがない限り安心ですよ〜!」


「うむ、これは綺麗でいいのだ! 見た目にもこだわるあたり、さすがはレヴィが信頼する魔道具師なのだな! …………掃除はできないけど」


「あは〜! お褒めに預かり光栄です〜!」


 だが、見た目も大事だが重要なのは中身。

 性能面でどのようなものに仕上がっているのか、そこが一番気になるところだ。


「ミスト、この魔道具の詳しい効果を教えてくれ」


「もちろんです〜! まず、この『海水を持ち運ぶ魔道具』の貯水量ですが、最大でおよそ500トンくらいになってます〜!」


「おお……?」


 500トンって、どのくらいだろう。

 正直具体的な水量としてはあまり思い浮かばないが、とにかくとてもたくさんであるということはわかる。


 500トンの海水を操ることができるなら、メアリの戦闘力も格段に上がるだろう。


「もちろん、どれだけ海水を入れても見た目は変わらず、大量の海水をそのガラス瓶サイズのままで持ち運ぶことできますよ〜!」


「注文通りの効果だな」


 今回のミストへの依頼は、まさしくその部分をなんとかして欲しくて頼んだのだ。

 海水を持ち運ぶには物理的に限度があるから、コンパクトに持ち運ぶことができる魔道具が欲しかったのである。


「他にも海水精製効果が付加されてまして〜、普通の水を入れた場合でも、その魔道具が自動的に海水へと変換してくれるようになってます〜!」


「おお! いちいち海に行って補充し直す必要がないというわけなのだな!」


 すごい便利機能だ。

 塩などを使わずに水を海水にするなんていったいどんな原理なのかと思うが、まあここはファンタジー世界なのでなんとでもなるよな。


「……と、ここまでは良いところをお話ししましたが〜、ここからは悪いところのお話になります〜」


「当然、あるよな。聞こうか」


「えっと、まず普通の魔法鞄と違って内部に収納できるものは海水のみとなっています〜。残念ながら技術的に完全再現とはいかないのもあって、対象を海水のみに絞った結果です〜。ただ、そのおかげで普通の魔法鞄よりも容量は多くなっているので、メアリさんの用途でなら問題ないと判断しました〜!」


 これに関しては問題ないな。

 あくまでも今回欲しかったのは魔法鞄ではなく、海水を大量に持ち運びできるようにする手段。


 たしかに利便性では魔法鞄よりも劣っているが、一方で容量500トンというのは破格だ。

 実際、ネロの持つ魔法鞄の容量は100トン。

 収納できる対象を絞る代わりに、容量を5倍にまで拡張できるというのならまったく悪くない。

 むしろ、良いまである。


「あとは、腐敗防止機能をオミットしました〜。これは海水には必要ないので、リソース確保のために消させてもらったんですよ〜! 空いたリソースを割いて、水を海水に変換する機能なんかを組み込んだわけなんです〜!」


「それって、むしろ改良なのだ!」


 メアリの言う通りだな。

 いらない効果を削除して、使用者にとって必要な効果を付け加えるのは素晴らしい判断。


 ダンジョン産の本物と同一の魔法鞄は作れずとも、ただの劣化版を作るのではなく、方向性を1つに定めた特化版を作製する発想の転換。

 『魔道具師としての腕の見せどころ』とミストは言っていたが、まさしくだな。


「で、最後にどうしても完全に再現することのできなかった効果がありまして〜。具体的に言うと、重量に関してなですけど〜」


「重量?」


「本来の魔法鞄はどれだけ物を入れても重量は一切変わらないのですが〜、この魔道具はそうはいかなくて〜」


 ミストが、悔しそうに肩を落とす。


「重量の無効化ではなく、500分の1に軽減する効果に代替してるんですよ〜。妥協ですね、我ながら情けないです〜」


 500分の1か。

 となると最大容量の500トンを収納した場合、メアリは1トンの海水の重さを感じるわけである。

 なかなかの重量だな。


 ただ、メリーネは普段から『重量付加』の魔道具で5トンの重量をこなしているし、それと比べればたいした重量ではない。

 まぁ、リットルとグラムで単位は違うけど。


 きっと、メアリも鍛えれば1トン分の重量くらいならどうとでもなるようになるはずだ。


「むしろ、ちょうどいいかもな。強くなればなるほど、持ち運んで扱うことのできる海水量が増していく。メアリにとって、鍛えることに対するモチベーションになるんじゃないか?」


「うむ! 最初から500トンも海水を使えたら、強くなるのを怠けてしまうかもしれないしな!」


「そう言ってもらえるなら、よかったです〜!」


 ほっとした様子でミストは息を吐く。


 さて、これでメアリの弱点は解決かな。

 すべてを終わらせて、全員が笑って迎える未来を勝ち取るために。

 今のうちにやれることは全部やるぞ。

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