『白銀』の弟子

「うおおおおおお!?」


 イブの魔法が目の前に迫り、メアリは慌てる。

 なりふり構わず飛び込むように横に転がったおかげか、なんとか魔法を回避できたようだ。


 メアリの足下を狙って放たれた『氷垂槍塵ひょうすいそうじん』が通り過ぎると、地面を深く抉るような魔法の軌跡が描かれていた。


 密集する大量の氷片の刃による斬撃。

 氷の槍を放つ『氷垂槍』という魔法を再編魔法で改造して発動するイブのオリジナル魔法である。


「し、死ぬ! そんなのくらったら死ぬのだ!」


「大丈夫です! スラミィちゃんがいるので! 9割死んでも治してくれるです!」


「それはまったく大丈夫じゃないのだ!」


 さっきまで立っていた場所の惨状を見たメアリは、避けれてなかったらどうなっていたのかと考えたのだろう。

 青い顔をして震えていた。


「まだまだ終わらないですよ!」


「っ!」


 イブは通り過ぎていった氷片を呼び戻し、再びメアリへとぶつけに行く。

 それを都度全力で回避して、なんとかしているメアリだがこうなってくるともう一方的だ。


 メアリに打開策がなければ、体力切れや些細なミスで勝敗は決してしまうだろう。


「す、すごい魔法ですね」


「ああ。威力は十分だし、操作できるようになっているのも良いな」


 『氷垂槍』を再編魔法によって改造した『氷垂槍塵』はどうやら一度放って終了ではなく、コントロールを続けることができるようだ。


 魔法には一度使うとすぐに霧散してしまう魔法と、しばらくの間その場に残り続ける魔法がある。

 俺の場合だと『劫火槍』や『炎竜爆破』は前者、『流炎装衣』や『レーヴァテイン』は後者だな。


 たいていの魔法は一度放てばそこで終わりのものが多く、残り続けるのはゴーレムなどの魔法が主だ。


 イブが放った『氷垂槍塵』はこの部分を改変したものだろう。

 本来なら放ったきりで役目を終えれば消滅する『氷垂槍』を、残り続けて操作できる魔法へと再編させている。

 槍の形状を変化させて無数の氷の刃にしているが、この魔法の本質はそこじゃないんだろうな。


「さすがはレヴィさまの弟子ですね! メアリちゃんもがんばってますけど、現状だとイブちゃんが魔法使いとして強すぎますよ」


「も、もうすでに、イブさんはダンジョン攻略できるんじゃないですか?」


「さてな。だが実力に関しては上級生と合わせても、魔法使い組の中で1位を争うくらいだな」


 さすがの魔法の才能である。

 弟子として指導してきた相手だが、イブは本当に優秀な魔法使いに育った。

 やはり、魔法使いとしての才能は俺を含めて他の誰をも超えているという見立ては間違いじゃなかったな。


 だが、メアリだってまだ諦めてはいないようだ。


「あ、あたしだって、やられっぱなしじゃないのだ!」


 メアリはそう言って奮起すると、左手に持つ神器『魂の海賊旗ジョリーロジャー』を地面に突き立てた。


「まず、強化!」


 メアリの体を白いオーラのようなものが包む。


「あと、海! あたしに従うのだ!」


 さらにメアリが言うと、どこからともなく水がやってきて彼女の周囲に水球となって浮遊する。


 出所は……演習場の隅に置いてあるメアリの鞄か。

 おそらく、あれは海水なのだろう。

 神器の能力で操るための海水を、あらかじめ水筒か何かに入れて持ってきていたのだ。


 地上じゃ無用の長物になる神器の能力を活かすための苦肉の策である。

 海水を持ち運ぶには限度があるだろうから量はそれほど多くない。

 だけど、これでメアリには手札が増えた。


「…………なんだかわからないけど、やることは変わらないです!」


 メアリを包むオーラと浮遊する水に警戒しつつも、イブは攻め手を緩めるつもりはなく。

 氷片の刃がメアリへと襲いかかる。


 その魔法が、今度は一点に集中させるのではなく散布させることで全周囲からメアリを包囲した。

 これなら避けられることはない。

 威力は下がるかもしれないが、確実な攻撃だ。


 それに対して、メアリはにやりと笑った。


「海よ!」


 その呼びかけに応えて、海水でできた水球がメアリを周囲を包むように展開される。

 なるほど、盾か。


 球状に展開されるあの守り方だと、水量的にあまり防御力は高くなさそうだ。

 だがそれはイブの魔法も同じこと。

 一点集中をやめて貫通力が下がった氷片は、メアリの操る海水によって阻まれたようだ。


「なら、こうです!」


 再び氷片が集まり5つの群れを形成する。

 ひとつひとつに無数の氷片を内包したそれは、メアリを狙って同時に向かっていく。


「海よ、あたしを守るのだ!」


 海水が集まり3つの盾を形成する。

 それらがメアリの魔法を防ぐが、3つの盾では同時に放たれた5つの攻撃のうち2つは防げない。


 おそらく、海水の水量が足りないのだろう。

 イブの魔法を確実に防げるほどの盾を形成できるのは3つまでと考えて、メアリはこうやって対処したのだ。


 防げなかった2つの氷片の群れがメアリを狙う。


 だが、メアリは余裕を持ってイブの魔法を回避した。


「あれ、動きが良くなってるです?」


「ふっふっふ! 今のあたしは、さっきまでとはひと味もふた味も違うのだ! 行くぞ!」


 メアリが踏み込む。

 神器の強化によってその勢いは目に見えて早くなっており、不意をつかれたイブは驚愕に目を見開いた。


 氷片を戻そうとするが、それよりもメアリがイブへと到達する方が早い。

 接近を阻害する魔法を発動するとしても間に合うかどうか。


 接近さえすれば、魔法使いのイブと戦士のメアリでは勝敗は決したようなもの。


「だが、イブは俺の弟子なんだよ」


 メアリには悪いが、俺が弟子に魔法使いが不利な接近戦への対処法を教えていないわけがない。


 かなりの速度で接近するメアリに対して焦ることはなく。

 落ち着いた様子でイブは手のひらを前へと突き出した。


「――『魔力波』、ですっ!」


「っ!?」


 多大な魔力を投じて発動する無魔法。

 その特徴は、魔力消費に目を瞑ってでも使おうと思えるほどの出の速さ。

 術式を構築せず発される魔力の衝撃波は、一瞬で発動することができる対接近戦に有効な力だ。


「メアリさんの強さはよくわかったです! 油断できない、強いひと。だけど師匠のためにも私は負けたくないので、本気で倒すです!」


 メアリを吹き飛ばしたイブは、ここで一気に勝負を決めてしまうつもりのようだ。


 魔力を練り上げて魔法を放つ。

 ――『氷垂槍塵』を、


「へ、並列魔法ですか……!」


 ネロが驚愕の声を上げる。


 一部の魔法使いのみが使える超高等魔法技能。

 並列魔法は魔法を複数同時に放つ技術。

 を複数ではなく、を同時に複数発動する技術だ。


 魔力操作、魔力制御、術式構築、魔力量。

 そのすべてを超高水準に揃えることで、ようやく使用することのできるそれは魔法使いの極地。


 個別指導組の目標として設定している並列魔法を、新入生でありながらイブは難なく披露して見せた。


「行くです! ――『氷像風雅』!!」


 イブが魔法を発動すると彼女の周囲に発生した氷が形を成して氷像を作り出す。


 牛、大兎、大蛇、馬、猿、犬、猪。

 出現した7体の氷像――氷のゴーレムたちは、一斉に動き出してメアリ目掛けて突撃していった。

 加えてイブが操作する『氷垂槍塵』もメアリを狙って再び動き出す。


 そんな危機的な状況の中でメアリは、ぷるぷると震えながら万感を込めて叫んだ。


「めちゃくちゃすぎるのだー!!!」


 それからはすぐであった。

 本気を出したイブを前になすすべはなく、メアリは奮闘の末あえなく敗北となってしまったのである。


「あはは。なんというか……イブちゃんって、ちっちゃくなったレヴィさまみたいですね」


「ど、どうしよう……僕より強いんじゃ……」


「そりゃ俺の弟子だし。あと、さすがにネロの方が余裕で強いからお前は自信を持て」


 苦笑するメリーネとカタカタと震え出すネロ。

 俺はそんな2人を連れて、メアリとイブの下へと歩を進めた。


 メアリもイブも頑張ったし、労ってやらないとな。

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