依頼
「き、汚いのだ……」
ミストの店に来て開口一番、メアリは頬をひきつらせて目の前の惨状に呟いた。
しばらくぶりに訪れたミストの店は、やっぱりぐっちゃぐちゃに物が散らかっていた。
俺とメリーネとメアリ。
今日は3人でやってきた俺たちだが、俺とメリーネは自然な流れで掃除道具を手に取った。
「いつも通りだな。さて、やるか」
「お掃除ですね! わたしもがんばりますっ!」
「わあ〜! 今日もお願いします〜!」
「え、あれ!? なんでレヴィたちが掃除を始めてるのだ!? あたしたち、客だよな!?」
メアリが信じられないものを見るような目で驚く。
疑問に思う気持ちはわかるが、ミストの店は俺たちが掃除してやらないとダメなのである。
そうしないとすぐにこのような惨状になってしまい、物売るってレベルの話ではなくなってしまう。
めちゃくちゃ世話になってる優秀な魔道具師であるミストが廃業して一番困るのは俺なので、やるしかない。
「メアリはそっちの方を頼む。ゴミはそこに、魔道具はミストが仕分けするから一旦向こうに集めておいてくれ」
「あ、あたしも掃除する流れなのだ!? というかレヴィは手慣れすぎなのだ! まるで自分の部屋! これ、おかしいと思ってるのはあたしだけなのか!?」
「メアリ、口より手を動かすんだ。効率的にいこう」
「なんなのだー!!!」
「新しいお掃除の方ですね〜! 私はミスト・コールです。よろしくお願いしますね、お掃除の方〜!」
「えっと、あたしはメアリで――て、ちがーう! 違うのだ! あたしはお掃除の方とかいうのではないのだ」
「えへ、冗談です〜! よろしく、メアリさん〜!」
「な、なんなのだこいつー!!!!」
メアリの絶叫が店内に響く。
かわいそうに、この状況に翻弄されまくりであった。
俺だって仕方なくだ。
仕方なく、掃除をしてやるのだ。
もう慣れきってしまったのが悲しいところだが、メアリも受け入れてくれ。
だってそこに疑問を挟む時間は、もはや無駄だから。
そんなことに時間を使うなら、さっさと掃除をしてミストに便利な魔道具を作ってもらう方が有意義だ。
そんなわけで、店の掃除をちゃちゃっと終わらせれば本題だ。
今日ここには掃除をしに来たわけではなく、ミストへの魔道具作成依頼をしに来たのである。
「なるほど〜、大量の海水を持ち運ぶ魔道具ですか〜」
「ああ、どうだ?」
ミストに依頼するのはメアリが使うための魔道具。
メアリの継承型神器『
1つは、自身や味方を強化する能力。
戦士であれば身体能力だったり、魔法使いであれば魔法の威力だったりを強化する支援能力だ。
特徴的なのがその効果範囲。
なんとこの能力は10000人規模の効果範囲がある。
効果対象が少なければ少ないほど効果量が上がり、効果対象が多くなれば多くなるほど効果量は減っていく。
単体に絞ればかなりの強化が可能で、魔物のランクを1つ分背伸びして倒せるようになるほどの劇的な強化ができる。
メリーネの『
一方で最大の10000人を強化した場合、効果量はほんの少しというレベルで低くなる。
といっても、10000人規模に強化をかける場面というのは軍勢同士の戦い以外ありえない。
力の拮抗した軍勢と軍勢のぶつかり合いでは、ほんの少しの強化でも大きな影響を与えることができる。
単体と軍勢、あるいはパーティ単位や100人程度。
自在に可変して味方を強化できる強力な支援能力と言えるだろう。
で、今回の本題は2つ目の能力だ。
『
海上において――それこそ、海賊であるならば無敵の力を誇る能力だ。
しかし一方で、海の無い陸上では何もできないという極端な弱点がある。
メアリも海水を持ち運んだりと工夫してはいるみたいだが、それでは本来の力と比べてあまりにも寂しい力しか発揮できない。
そんなわけでその弱点を克服するか、あるいは軽減できるような魔道具を作れないかと。
それが今日ここに来た理由である。
「そのくらいなら、お安いご用ですよ〜!」
「おお!」
ミストの言葉を聞いて、メアリが嬉しそうに声を上げる。
「さすがミストだな」
「そんなに大したことじゃないですよ〜! ダンジョン産の魔道具で、魔法鞄ってあるじゃないですか〜。要はあれと似たようなものを作れば良いのです〜!」
「……簡単そうに言うが、あれは国宝級の魔道具だぞ」
魔法鞄は、その名前の通り魔道具の鞄だ。
内部の空間が拡張されていて何トンもの重量を入れられたり、内部の時間の流れを遅くして物の腐敗を防いだり、それでいて本体の重量は見た目そのままだったり。
人工の魔道具と比べて強力な物が多いダンジョン産魔道具の中でも、群を抜いて優れた物のひとつ。
国宝級と言えばその価値はわかるだろう。
ちなみに俺は『影収納』の魔法があるからいらないし、以前ダンジョンを攻略したときに手に入ったけどそれはネロに使ってもらっている。
七竜伯として大活躍中のネロだから、魔法鞄も存分に有効活用してくれている。
それはともかく。
そんな魔道具を人間の手で再現するなんて、いくらミストといえどできるのだろうか。
「さすがに無理じゃないか?」
「そこは、魔道具師としての腕の見せどころですかね〜! 持ち運ぶ物を『海水』に絞れば、オリジナルの魔法鞄からオミットできる機能もありますし〜。やってやりますよ〜!」
そう言って得意気に胸を張るミスト。
ここまで言うのであれば、彼女なら本当になんとかできるのだろう。
今まで見てきたミストの腕を考えれば信じられる。
「なら頼むぞ。ミスト」
「あたしのとっておきの魔道具、お願いするのだ!」
「おっまかっせを〜!」
ほんわかした雰囲気からどうにも頼りがいがなさそうに見えるが、とにかく後はミストに信じて任せるのみ。
しかし今回はその日のうちにというわけにはいかないらしく、俺たちは一度帰ることにした。
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