竜王女様の長い1日

 あらかた話を聞き終えた頃、エレアがやってきて合流した。


 俺がクドブズとベスケ子爵と対面している間に、エレアは他の奴隷商の関係者をすべて制圧したらしい。

 捕まっていた人たちも見つけだしていつでも解放できる状況だが、手が足りないので後ほど憲兵を呼んでから解放するつもりだという。


 俺はそんな彼女に、クドブズから聞き出したことを話して聞かせる。


「なるほどの。奴隷商は帝国の人間だったか」


 そう言ってエレアは眉根を寄せた。

 俺と2人だけの状況ではないため、いつもの威厳を演出するような口調に戻っている。


「帝国は我が王国とは敵対関係……七竜伯わらわたちの存在があるから、正面衝突はありえないがの」


「不凍港を求めて侵略を繰り返し南下してきた帝国と、領土拡張の意思のない大陸最強の王国。帝国にとっては、大陸南方へと続く道の蓋になっている王国は憎い相手だからな」


 エレイン王国とクドブズの母国である帝国との関係は完全に冷え切っている。

 まぁ、帝国の方が一方的に敵視してるんだけど。


 だけどこっちには七竜伯がいる。

 そのため、エレアの言う通り帝国が本格的にエレイン王国へと攻めてくることはまずあり得ない。

 七竜伯は過剰な力になってしまうから多少の小競り合いでは動かないが、本格的な戦争であれば当然ながら国を守るために介入することになる。

 そうなれば帝国は滅びることが確定する。


 そのため、現状は国境での小規模な諍いがあるだけだ。

 エンデ辺境伯――アネットの家が国境を守るために小競り合いを繰り返している相手が帝国である。


「それで、こうやって王国を水面下から腐らせようというわけじゃな。こざかしいやつらじゃの」


「正面から敵わない以上、そういった手を打つしかないからな。王国で禁止されている奴隷を使って貴族やらの権力者を腐敗させる。そして、クドブズのような工作員を送り込んで親帝国の思想を浸透させる……嫌な手だ」


「実際、王国の現状に不満を持つ貴族はそれなりにいるからの。見事にそこを突かれたというわけじゃ」


 はぁ、とエレアはため息を吐く。

 王国は帝国ほどではないが広い領土を持ち、七竜伯という人類最強格の大戦力を持つ。

 にも関わらず、昔から侵略の類は一切行わない。


 周辺国と同盟を結び、七竜伯の抑止力の下でまとめ上げ。

 平和的で、健全にして、安全な経済圏を構築することで繁栄してきたのがエレイン王国という国家。


 その在り方を惰弱だと評価し、不満を抱える貴族がいるのはたしかだ。

 七竜伯の力を使えば大陸統一国家を築き上げることができるのに、と。

 まったく、それをして何の意味があるのか。


「まぁ、何にせよ。よくやってくれたなレヴィ。今回のことで、帝国の危険性を再認識した。クドブズの取引先から、親帝国派の貴族らをすべて突き止めてやるのじゃ」


 そう言って意気込むエレア。


「ぺらぺらと簡単に話してくれたよ。だからよくやったとか言われるほど、大したことはしてないぞ」


 クドブズは俺の尋問にすべて素直に答えた。

 俺に怯えきった様子で『ソウルノック』を使うまでもなく簡単に情報を漏らしてくれた。


 どうやら魔族の協力者がいたから、俺に対してあれほど強気な態度に出ていたらしい。

 それが呆気なく倒されてしまって、自身を守る者がいなくなったとわかれば保身のために全力であった。


 だけど、たしかに権能を持った強力な高位魔族だった。

 今回は簡単に倒せたけど、隠密特化の厄介な魔族だったから他の出会い方をしていたらもっと危なかったかもな。


 まぁ、それにしたって七竜伯をナメすぎだけど。

 誇るつもりもないが、俺の七竜伯就任の理由として公表されているのは魔族の大量討伐だし。

 それでなんでいけると思ったんだか。


「国内の腐敗はこれから食い止めるとして、問題は帝国の方だな。魔族と手を組んでいるのだとしたら、もう無視できる相手ではないぞ」


「そうじゃな。……まったく、帝国の正気を疑うの」


「魔族と協力なんて不可能だ。皇帝は魔族を自分の力だとでも思っているのかもしれないが、魔族からしたら使い勝手のいい駒としか思われてないだろうな」


 帝国の工作員だった奴隷商クドブズ。

 そんな彼から聞き出すことができたのは、機密情報と言えるような帝国と魔族の関係。


 帝国の君主である皇帝は、魔族と同盟を結びその力を使うことで王国を滅ぼそうとしているのだという。

 内部から腐らせることで王国を弱体化させてから、満を持して魔族による攻勢を仕掛けるつもりなのだ。

 ……魔族がそんな都合よく働くわけがないのに。


 帝国が魔族を利用しているように、きっも魔族も帝国を利用している。

 利害が一致している間はいいが、そうでなくなったとき帝国は呆気なく魔族の手に落ちるだろうな。


 帝国と魔族が手を組むというのはゲームにはなかった展開だが、俺たちが魔族を倒しまくったことによる影響か?

 もしくは生前のオールヴァンスが仕組んでいたのか。


「しかしこうなると帝国は止まらない。魔族の力を借りている状況では、七竜伯の抑止力もあまり意味をなさないだろうし」


 クドブズが余裕な態度で俺に接してきたように、帝国では『魔族と組んだ帝国にとって、七竜伯など恐るるに足らず!』なんて考えになってそうだ。


 実際、さっきの公爵級と推定される魔族が協力していたことから、無視できないほどの魔族の戦力が帝国へと力を貸していることが察せられる。

 もしかしたら魔族全体の動きなのかもしれないな。


「ただでさえ魔族に対して警戒しなければならない中で、帝国に対しても油断ができなくなったの」


「敵が一塊になったと考えれば手間は省けるけどな」


「そうじゃな。まとめてひねり潰せば良いか」


 ポジティブに考えれば、魔族を倒すという目標の中に帝国が含まれるようになっただけ。

 手を組んだその2つは同時に倒すことができる。

 結局のところ魔族を倒して、やがて復活する魔王を滅ぼすという目的は変わらない。

 魔族さえ倒せば、帝国なんて最初から敵じゃないし。


「さて、クドブズの情報を使って追求しても尻尾切りされるだけじゃろうが抗議くらいはせんとな」


「それ以上に、国内の不穏分子を知れたのが大きいな」


「うむ。魔族との戦いを迎えたとき、国内が一致団結できず横やりを入れられるようでは戦いは苦しいものになったじゃろう。今のうちに不穏の芽を摘めるのはいいことじゃ」


 話の精査はこのあたりでいいだろう。

 後のことをやるのはこの話を陛下に奏上してからになる。


 俺たちが今やるべきはクドブズとベスケ子爵を憲兵に突き出し、捕まっている人たちを解放することだ。


 ふと、近くに寄ってきたエレアが俺にしか聞こえないような小さな声で謝罪する。


「ごめんね、レヴィ。なんか大事になっちゃって」


「いや、手伝えてよかった。俺だって一応は七竜伯だからな。エレアがお忍びを提案しなければ、こいつらの存在が発覚するのがもっと遅れてたかもしれん……これなら、きっと怒られないで済むよな?」


「そ、そっか。お父様に今日のことを言わなきゃってことは、お忍びのこともバレるってことなのね。うへぇ、怒られなきゃいいけど」


 エレアががっくりと肩を落とす。

 お手柄なのは本当なんだし、陛下も勝手に城を抜け出したことを許してくれるはずだ。

 多分。


「それに、今日はもう魔道具のお店に行けそうにないね」


「また今度行けばいいだろ」


「えっと、それはレヴィがまた私と一緒に遊んでくれるってことでいいのね?」


「まぁ、そうなるのか? 店の場所は教えるから1人で行ってもいいと思うけど。俺は王都にいること少ないし」


「もー! 私はレヴィと一緒に遊びたいって言ってるのよ! そういうことじゃないわ!」


「わ、わかった。いつになるかわからんが一緒に遊ぶか」


「それでいいのよ!」


 腕を組んで満足気に頷くエレア。

 急に怒り出したり、いったい何なんだよ。


 その後、俺を見張りに残したエレアは憲兵を呼びに向かい、憲兵たちを引き連れて戻ってくる。

 クドブズたちを捕らえ、捕まっていた人たちを救出。


 今後は取引記録やクドブズの証言から関わった貴族や他の工作員を捜査して洗い出したり、奴隷として売られてしまった人を救け出したりとやっていくことになるだろう。


 一件落着とはまだ行かないが、こうしてエレアのお忍びから始まった長い1日は終わりを迎えるのだった。

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