竜王女様のカチコミな1日 後編

 扉の先には廊下が続いていた。

 部屋がいくつかあったが、そのほとんどは施錠されていて入れない。


 だけど1つだけ鍵が空いた部屋があった。

 耳を澄ませると、中から人の声が聞こえてくる。


 あらかじめ廊下の先に脱出路らしきものを発見していた俺は、部屋の出入り口を押さえれば逃げられる心配はないと踏んで堂々とその部屋へと入っていった。


「なるほど、こっちが本命か」


 部屋の中には2人の男がいた。

 じゃらじゃらと装飾品の類を大量に身につけた、でっぷりと太った男。

 とにかく高価な物で身を包んだような、趣味の悪い風貌はいかにも成金という言葉が似合う。


 もう1人はどこかで見た覚えがある。

 ひょろっとした高身長の老人で、貴族の身分を示す徽章を身につけていることからどこかの貴族だと思うが。


「……そうだ。ベスケ子爵だったか」


「な!? レヴィ・ドレイク!? な、なぜここに!?」


 ふと思い出してぽつりと呟くと、ベスケ子爵は慌ただしく席を立って信じられないものを見るように俺を見た。


 ベスケ子爵には、俺とネロの七竜伯就任を記念した王城でのパーティで挨拶を受けた記憶がある。


 正直ちょっと忘れたい記憶だ。

 まぁこの男は別に関係なく、やらかしてしまったことについて忘れたいというだけなんだけど。

 いわゆる黒歴史というやつである。


「王城でのパーティ以来だな」


「え、ええ! そうでございますね! 私の名前を覚えてくださっていただけていたようで、とても光栄なことでございます!」


「忘れてたけど。顔を見たら思い出した」


「そ、そうですか! いや、はや……」


 引きつった笑みを浮かべるベスケ子爵。

 正直、あの場で挨拶を交わした貴族のほとんどは覚えられていないんだよな。

 さすがに数が多すぎて。


 でも今回みたいにこうして顔を突き合わせれば思い出せるっぽいし、それでいいよな。


「で、そっちが奴隷商だな?」


「おっと、人聞きの悪い。ワタクシが取り扱っているのは、便利なオモチャですよ。働かせてよし、壊してよし、楽しんでよし。奴隷なんてとてもとても……ワタクシはこの通り清廉潔白な商人なんで、ええ」


 ニチャリといやらしく笑う奴隷商。

 たったこれだけの会話で、この男のどうしようもない人間性が存分に垣間見えるのだからすごい。


 救い用のないクズだとわかれば、俺も遠慮がいらなくなるのでやりやすくなるよ。


「それでベスケ子爵がここにいるということは、お前もだな?」


「あ、いや! 私は――っ」


「ええ、はい。ベスケ子爵はワタクシのお得意様でしてね。――おっと、自己紹介がまだでした。しがない商人をしております、クドブズ・ミーゴ。お貴族様とお見受けしますが、どうぞよしなに」


 クドブズ・ミーゴ。

 それがこの奴隷商の男の名前か。


 彼が言うには、ベスケ子爵はお得意様らしい。

 ちょうど商談中だったというわけだな。


「ミ、ミーゴ殿! これは、まずいことになってしまいましたぞ……彼はレヴィ・ドレイク閣下です」


「ふむ、なんとなく聞き覚えがありますなあ」


「な、何を呑気な! 『白銀』と言えばわかるでしょう!? 若くして七竜伯へと至った王国最強の一角ですぞ!?」


「へえ」


 真っ青な顔でクドブズへと説明するベスケ子爵。

 それに対して、太った奴隷商は余裕な態度でソファに身を預けたままニチャリとした笑みを浮かべる。


「なるほど、なるほど。どうやってワタクシの下へとやってきたのかは知りませんが、ワタクシの商品を求めてでしょうか。王国屈指の名門たるドレイク侯爵家、さらに七竜伯ともなれば予算はかなりありそうです。どれ、ここはひとつワタクシの取り扱う中でも極上の奴隷――っと、失礼。極上のオモチャをご用意いたしますよ? ククク」


「ミーゴ殿! ちょ、挑発している場合では……!」


 状況が掴めていないのか?

 自分の犯罪行為を掴んでいるであろう七竜伯を前にしてこの態度。

 ベスケ子爵だってわざわざ説明してやってるのに。


 いや、そんなわけがないよな。

 取り扱っているものはとにかく、クドブズは商人だ。


 商人にとっての最大の武器は情報。

 商人としてかなり儲けているこいつが、俺の存在を知らないわけがないのだ。

 つまり七竜伯を挑発し、敵対しても問題ないと確信できるような何かがこの男にはあるということ。


 俺は少し警戒しつつ、クドブズへと言い放つ。


「…………お前が何を考えてるのかは知らないが、やることは変わらない。奴隷商クドブズ、大人しく捕まって罪を償え」


「罪、ですか。いやはや、物騒ですね。この清廉潔白たるワタクシが、罪。ククク。いやはやまったく!」


 ニチャリと笑うクドブズは肩を振るわせる。


「閣下は知っていますか? 罪というのは、バレなければ裁かれないということを。――あなたがここで死ねば、ワタクシの罪などハナから存在しないことになるんですよ!」


 ふと、周囲の魔力がほんのわずかに乱れた。

 とっさに身を翻して、背後から俺の心臓目掛けて突き込まれようとしたその腕を掴む。


 驚愕に目を見開く暗殺者。

 どこにでもいるような少年の姿、額に生える髪に隠れるほどに小さな角。


「危ないな。警戒しといてよかった。――『魔力転換・重力』」


「っ!」


 ほぼ人間と変わらないその容姿からして、かなり高位の魔族だな。

 少なくとも侯爵級。もしかしたら公爵級かもしれん。


 おそらく隠密に特化した権能を持っているのだろう。

 魔力がほとんど感じ取れない。

 こうして目の前にいても、ふとその存在感が消失して消え去っていくような錯覚を覚える。


 気づけたのは奇跡だな。

 でもまぁ、こうして腕を掴んでいる限りは見失うことはない。

 重力によって動きも止めた。

 俺の勝ちだ。


「じゃあな、名前も知らない魔族」


「待っ――」


「燃えて、果てろ」


 黒炎が魔族を包む。

 この空間において、ただ魔族だけを燃やす黒炎は極上の火力をもってその体をひと息に灰へと帰した。


「――さて、聞くことが増えたな。人間でありながら、なぜ魔族と連んでいるのか。すべて吐いてもらうぞ」


「な、な!」


 振り返ってクドブズへと告げる。

 すると彼は驚愕に目を見開いて立ち上がった。


 それから走り出す。

 バタバタと不恰好でなりふり構わず、真っ直ぐに俺の背後にある部屋の出入り口を目指して。


 逃すわけなんてない。


 ――ゴオ!

 黒炎が床を這うように奔って部屋の出入り口を塞ぐように広がった。

 これを無視して部屋を出ようとすれば、その身はさっきの魔族と同じようにたちまちに灰になるだろう。


「ひ、ひい! つ、罪ィ! ワタ、ワタクシは、清廉潔白な商人で――」


「……ふっ、終わりですか」


 じりじりと後退りながら、うわごとのように現実逃避するクドブズ。

 悟ったようにため息を吐いて、どっかりと椅子に座るベスケ子爵。


 さて、話を聞かせてもらおうかな。

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