竜王女様の人助けな1日

「レヴィ、止まって」


 ふと、人通りが少なく閑静な区画へと入ったところで、エレアの足が急に止まった。


「エレア?」


「……」


 とうとつに立ち止まったエレアが、何かを探るように目をつむって耳を澄ませる。

 少しして目を開けると彼女は真剣な顔で言った。


「暴れる女の人と、それを取り押さえようとする2人の男の声が聞こえるの……多分、人さらいね」


「! どこだ?」


「向こうの方かな。ちょっと遠いから、急ぐよ!」


 端的に告げて、駆け出すエレアを追いかける。

 かなりの速度で走っているが、どうやら俺を置いていかないように抑えてくれているらしい。

 俺も闘気をまとうことでなんとか追従する。


 あっという間に現場に着く。

 そこにはいかにもガラの悪そうな2人の男と、麻袋を頭にかぶせられた女性の姿があった。


 一大事だ。

 すぐに助けないと――と思った矢先。

 瞬きのうちに状況が変わっていた。


 姿勢をそのままに何もない空間を掴むように立ち尽くす2人の男と、その向こうで襲われていた女性を抱えているエレア。


 瞬時に状況を理解した俺は、自分の役割をまっとうするために動きだす。


「ふっ!」


「ぐあ!?」


「な、なん――ぐへっ!」


 地面を蹴り1人目の男に急接近するとその腹をぶん殴り、回し蹴りで背後の2人目へと蹴りを食らわせる。


 殺してしまわないようにかなり手加減して放った一撃だが、痛みで硬直させるには十分。

 固まった2人の男の胸元を掴み上げ、地面へとその体を叩きつけた。


「がはっ――」


「ぐ――」


「抵抗は無意味だ。大人しくしてろ」


「な、なんなだお前!? きゅ、急に――っ!」


「大人しくしろと言った。あまり暴れると手元が狂うぞ」


 ぐっと力を込めて地面に強く押し付けると、男たちは静かになった。

 しかしその目は、上から押さえつけている俺を射殺さんとばかりに強く睨んでいる。


「これでいいか?」


「さすが、レヴィだね! ばっちりだよ! その2人はそのまま殺さずに捕まえておいて!」


「わかった」


 エレアに問いかけると満足気な声が帰って来た。

 

 女性を助け出したエレアは、被せられていた麻袋を取り外すと安心させるように語りかけてから逃した。

 しきりにぺこぺこと頭を下げる女性を見送って、この場に残ったのは俺ら2人と人さらいの2人。


「さて、あなたたちは何者なのかな。人さらいなんて、突発的なものじゃなくて組織的なものだよね?」


 エレアが男たちに話しかける。

 お金欲しさから犯される犯罪は、基本的には窃盗などが主になるはずだ。

 だけど、こいつらは人さらいを行おうとした。


 人さらいでお金を稼ぐとなると、捕まえる人とは別にそれを買う人がいなければ成り立たない。

 この2人の裏には何かがあるはずだ。


「ケッ、どうだろうな」


「さっさと解放しろや。憲兵でもねえくせに、暴行だろこれ。犯罪者は捕まっちまえ」


「はあ、どの口が言うのよ」


 まったく悪びれる様子もない男たちに呆れてしまう。


「どうする? こいつら口を割りそうにないぞ」


「こういうときは、普通は拷問とかをして口を割らせるんだと思うけど……」


「俺は拷問とかやったことないぞ」


「だよね。私もよ」


 どうしようかと顔を見合わせる。

 俺もエレアも、戦い専門でそれ以外の拷問やら諜報やらそういった分野はさっぱりだ。


「ごちゃごちゃ言ってねえで解放しろや!」


「今なら憲兵に突き出さないでおいてやるぞ!」


「……うざいなこいつら」

 

 こっちが拷問などができないと知るや、ニヤニヤと小馬鹿にしたようにして世迷言を喚きだす。


「レヴィ、魔法でなんとかできない?」


「脅すくらいならできるが」


 言って、炎の槍を出現させる。

 同時に10の『劫火槍』が2人の人さらいを包み込み、その鼻先ギリギリを掠めるように突きつけられた。


「っ! へ、ハッタリになんかびびるかよ!」


「こ、殺すつもりがねえってわかってんだから! こここここ、こんなもの怖くねえだろ!」


「威勢がいいわりびびってる気がするが」


「び、びびってねえし!」


 だけど、実際どうするかな。

 殺さない程度に痛めつけて情報を吐き出させるか、もしくは痛めつけてからエリクサーで治し、もう一度痛めつけてやるとか?


 どっちにしろ、やったこともないことをして加減をミスると殺してしまうかもしれないから危険だ。

 ていうか心情的に拷問とかやりたくねえ。

 絶対に無理とは言わないけどさ。


「魔法……魔法か」


 少し考えてみる。

 ふと思い浮かぶのは、いつぞやネロが使っていた『ソウルタッチ』という魔法。

 あれはたしか、魂に触れることで不快感と痛みを与える妨害魔法だったか。


 ルインコングですら動きを止めるほどの効果が見込めるが、肉体的には一切のダメージを負わせないというあの魔法は拷問にうってつけな気がする。

 魂を扱う『死霊魔法』ならではの魔法だった。


「魂、か」


 俺は『死霊魔法』は使えないが、魂の存在には何度か触れているし知覚もできる。

 神器に宿る『輝きの銀クラウ・ソラス』が、まさに魂へと直接攻撃する力だからだ。

 それを備える『真銀の義腕』には、当然ながら触れた相手の魂を探る力がある。


「……やってみるか」


 使うのは『火魔法』ではなく『闇魔法』だ。

 その真価は性質の変化。

 影の性質を変化させて編み出した『影収納』や、火の性質を自在に変化させる『黒炎魔法』など。


 それを応用して……なんとか。


 右手で触れることで人さらいの魂を知覚し、新しい術式を構築していく。

 魂の位置は体の中心。

 そこに向けて――音か、いや振動だな。


 とん、と軽く鳩尾を叩く。

 発生した小さな振動が術式によってその性質を変化させ、魂へと届く振動に。

 魔力を注ぎ込み完成した魔法を発動させる。


「――『ソウルノック』」

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