竜王女様のお忍びな1日

「レヴィ、レヴィ! あれ食べたい!」


 お忍びということで、庶民らしい服装をしたエレアがぐいぐいと俺の腕を引っ張る。

 向かう先にあるのは串焼きの屋台だ。


「おじさん! 2つちょーだい!」


「おうよ! かわいい嬢ちゃんに免じて、もう1本サービスしてやるよ!」


「わあ!」


 店主の男から3本の串焼きをもらってきたエレアは、1本を俺に差し出して明るく笑った。


「はい、レヴィにもあげるわね!」


 ……こいつ、めちゃくちゃエンジョイしてるな。


 エレアの思いつきで城を出て、お忍びでミストの店に行こうという話になって。

 こうして王都の街中にやってきたわけだが。


 エレアはさっきからあっちへふらふら、こっちへふらふらと気の向くままに寄り道してばかりだ。

 この調子だとミストの店にたどり着く頃には日付が変わっているかもしれん。


「それにしても、意外とバレないものだな。変装とかも特にしていないってのに」


「ふふん。こーいうのは、堂々としてれば意外とバレないものなのよ。服装を変えて、雰囲気を変えて、堂々とする。そうすれば私を見て『あれ?』って疑問に思った人も、あまりに堂々としてるから『そんなわけないか』って改めるの」


「手慣れてるな。このおてんば姫め」


「えへ」


 小言を言ってやると、エレアは悪戯っぽく舌を出して笑った。


「でも、城を抜け出すときはいつも一人だからさ、こうしてレヴィと一緒に王都を回れて嬉しいのよ」


「……まぁ、苦労してるだろうからな。息抜きに付き合ってやるくらいはいいけど」


「レヴィは優しいね! 私、同じくらいの歳のお友達が欲しかったのよ。だから、レヴィが七竜伯に入ってくれて嬉しい!」


「同じくらいって3つ離れてるけどな」


「そのくらいは誤差だよ! だって、私は普段から大人の相手ばっかしてるし。同年代くらいの子と会ってもこっちは素を出せないし、向こうは私に取り入ろうと必死だし……だから、対等な関係で同じくらいの歳のレヴィは貴重なのよ!」


 苦労してるなあ。

 生まれたその日から特別で、エレイン王国の王家の象徴である『竜の力』を継いだエレア。

 彼女の人生は苦労や苦難に満ちていて、そしてこれから先の人生でもそれはきっと続いていく。


 ゲームでは人類最強で特別な存在であるエレアにも特別ではない1人の少女としての悩みがあると、そんな彼女の素顔に関わる話があった。


 エレアは特別で、強すぎる。

 それゆえに誰かに心配されることはなく、誰かに弱音を吐くこともできない。

 その内面はいたって普通の少女であるのに。


「最初から思ってたの。対等な関係の同じ七竜伯で、歳も近くて、私に対する色眼鏡が何もなかったレヴィとなら初めてのお友達になれるのかなって!」


「やたら距離詰めて来てた気がしてたんだが、それでか」


「そうなのよ。もしかして迷惑だった?」


「いや、そんなことはない。エレアがいいなら、俺としてもお前とは仲良くしたいって思うよ」


「レヴィは嬉しいことを言うのね」


 エレアが笑う。


「やっぱり、素でいられるのは気楽でいいなあ。お父さまは厳しいから、誰の前でも気を緩めちゃダメって言うし、侍女は口うるさいし。私が素でいられるのはお母さまと2人きりのときだけだったもの」


「それでさっきは、『これから2人のときは演技やめるね』っていきなり言ってきたんだな」


「そうよ。だって、初めて出会ったお友達になれるかもしれない人だもの。他人行儀じゃ、いつまで経ってもお友達にはなれないからね」


 エレアはなんというか、というものに対する憧れが強いみたいだな。

 彼女の境遇を考えれば仕方のない面もあるが、13歳の少女がまともに友達すら作れない生活を送っているのはかなり不憫である。


 俺なんかでよければ友達になってやりたいし、それで少しでもエレアの重荷が軽くなってくれたら嬉しい限りだ。


「あーあ、それにしても残念ね」


「急になんだ?」


「もうちょっと早く、レヴィと出会えていたらよかったのになあって」


「? 別にいいだろ。いつ出会っても、友人にはなれる。現にこうしてるし」


 俺が首をかしげると、エレアは悪戯っぽく笑う。


「でも、今のレヴィとはお友達にしかなれないもの。もっと小さな頃に出会って、幼馴染として一緒に育って、2人揃って大きくなって。そうしたら、お友達になれたかもしれないじゃない?」


「以上って?」


「言わないわ。だって、今のレヴィにはいくら願っても望めないことだもの。だから、もしもの話なのよ」


「なんだそれ、よくわからん。そもそも俺が子どもの頃じゃ七竜伯になんてなれないんだから、対等な関係なんて無理だぞ」


「それはそうね。やっぱり、残念。私とレヴィがお友達になれるのは今だからで、それ以上になるのはどんなに人生をやり直してもきっと無理なの」


 そう言ってエレアは、控えめに笑う。


「これってとっても運命的で、素敵よね」


「やっぱわからん。何が言いたいんだよ」


「ふふふ。どうでしょーね? それより、今日は日が沈むまでたくさん遊ぶのよ!」


「おい、遊ぶのもいいが目的は忘れるなよ」


「? 目的って、遊ぶことよね」


 きょとんと首をかしげるエレアに、俺はツッコミを入れる。


「ミストの店に行くんだろ!」


「えへ、冗談よ。もちろん忘れてなんかないからね。さ、行くわよ!」


 そう言ってエレアが俺の腕を引っ張るが、そっちはミストの店がある方とは反対であった。


「そっちじゃないぞ」


「1日はまだまだ長いのよ! たくさん遊んでから行けばいいじゃない! お忍びは存分に楽しむものなのよ!」


 エレアは楽しげに笑うのだった。

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