クライ・リンスロットは悩んでいる

 クライ・リンスロットには悩みがあった。


 悩みの種はもっぱら、突如として現れたメリーネという少女についてである。

 憧れの『剣聖』である祖父が、いきなり連れてきてリンスロット家の全員の前で後継者にすると宣言した彼女。


 当然、リンスロット伯爵家は荒れた。

 クライも荒れた。


 リンスロット家にとって、祖父の持つ『剣聖』という名と七竜伯という地位は最高の誉。

 クライの父やクライ自身、他の家族のほとんどが祖父の後を継ぐべくと日々鍛錬に励む剣の家だ。


 そんな中、ポッと出に現れた『剣聖』の後継者。

 その存在をリンスロット家のいったい誰が認められるというのだろうか。

 無理である。


 だから、挑んだ。


 そして、負けた。


『はぁ、はぁ……はぁ。クソっ! なんて強さだ……!』


『あの、終わりですか?』


 それは一言で表すならば無関心であった。

 不満や不服、対抗心を剣に乗せて挑んだクライをいとも容易く地に伏せさせた『二代目剣聖』は、地べたに這いずる敗北者などに関心を持つことはなく。


 そのときのメリーネはどこかそわそわした様子で、注意はまったく別の場所へと向かっていた。


『っ! まだだ!』


『ど、どうしよう……このままじゃ冷めちゃう……』


 はらわたが煮え繰り返るような屈辱。

 歓迎会とか言って、祖父が張り切って準備したという晩餐の良い香りが漂ってくる中、クライは気を逸らすことなく惨めな己を奮い立たせた。


 結局、ボコボコにされたけど。


 それからというもの、クライは懸命に己を鍛えた。

 目標はただ一つ。

 やがてあの女を打ち倒し、自身がリンスロット家の剣聖たる器を示すため。


 どうやらあの女は学園に行くという。

 ちょうど良い。

 クライもこの年から学園に通う予定であったので、学園生活の中で己の力を高めあの女を超えるのだ。


『え、メリーネさんですか? たしか、校長先生に認められて卒業しちゃいましたよ』


『!?』


『たしか、初日です』


『!?!!?!!???!?』


 それは学園生活始まってすぐのことであった。

 意気揚々と宣戦布告しに、彼女のクラスを訪れるも告げられたのはそんな無慈悲な言葉。


 超えると誓った相手は学園を卒業していたのだ。

 意味がわからなかった。初日に卒業って、そんなことあり得るのかと常識を壊されていくようで頭を抱えた。


 だがそれでも、と。

 やがてあの女を超えて自分こそが祖父の後を継ぐと息巻いて、鍛錬を重ねていく。


 そんな折にあの事件が起きたのだ。


『ま、魔族がこんなに……! 僕がみんなを守らないと……!!』


 学園都市を襲う大量の魔族。

 クライはリンスロット伯爵家の者として、『剣聖』の孫として、誇りを胸に前線に立った。


 魔族と戦うのは初めて。

 だが、クライには幼き頃から一途に鍛え抜いた剣という武器がある。

 そして、なんとか1体の魔族の討伐に成功した。


『はぁ、はぁ……1体倒したところで、足りない……!』


 しかし、そこにあったのは喜びではなく絶望だ。

 全身がボロボロになるまで戦って、なんとか1体の魔族を倒せた。

 それなのに、ふと空を見上げれば学園都市の上空を我が物顔で飛び回る大量の魔族。


『剣聖だったら、きっと全部倒せるのに……!』


 悔しさに唇を噛む。

 なんとかボロボロの体を引きずって、次の魔族との戦いに身を投じようとした――そのとき。


『なっ!? これは、魔法!? 魔族が……灰に……!』


 黒炎が学園都市を覆った。

 巻き込まれたというのに熱くなく、体に火が燃え移ることはなく。

 ただ魔族だけを燃やし尽くす正義の黒炎。


 あれだけいた魔族が。

 1体倒すだけであんなに苦戦した魔族が、全部まとめて消え去った。


 それからはあっという間である。


 黒炎の魔法を放ったのは、超えると誓ったメリーネが婚約し騎士として仕えるドレイクの神童。

 そしてその横に侍る『二代目剣聖』の姿。


『なんてことだ……僕は、弱いッ!』


 密かに2人の戦いを見ていたクライは己を恥じた。

 メリーネを超えるなど、まるで現実の見えていないナメ腐ったクソガキのような妄想であった。


 自身が倒した魔族とは比べ物にならない強大な魔族。

 それを見事に討伐せしめたレヴィとメリーネの連携、理解の及ばない超次元の激戦。


 トドメとして放たれた世界を轟かす神のごとく剣。

 あれが『剣聖』の重み。

 クライはメリーネの本当の力を――それどころか尊敬する『剣聖』の力の欠片も理解していなかったのだ。


『すまん! 今までつらく当たったことを謝る! だからどうか、メリーネさんの授業を僕に受けさせてくれ!』


『え、えっと。つらく当たられたことあったかな? というかクライさんとあまり話したこともないような。……授業を受けるのはもちろん良いですよ。選抜を突破して、レヴィさまが断らないのであれば資格ありです! がんばっていきましょう!』


『ありがとう! だけど、これだけは言わせてもらう! 剣聖を継ぐのは僕だと! いつか君を超えるぞ!』


『よ、よくわからないですけど……負けませんよ!』


 自身の不明と『剣聖』という名の重みを知ったクライ。

 だけど彼は折れない。


 恥を忍び、今まで一方的に敵視していたことを謝罪したクライはその授業を受ける許可を手に入れた。

 ――『ドレイク塾』

 彼には強くなる近道はここだという確信があったのだ。


 悩みは消えた。

 己を知り、敵を知り、剣を知り、頂の高さを知った。

 あとは強くなるだけ。


 ……と思っていたのだが。

 最近、新しい悩みの種が現れた。


「うへへぇ! もっと! もっと殴ってくださいぃ! 殴って! 蹴って! 斬って! 壊して! 汚して! ボコボコにして! メルナをもっと気持ちよくしてぇ!!」


「え、えぇ……何なのこの女……」


 それは授業の一環で戦うこととなり、今後長い付き合いとなる少女。

 メルナドMとの邂逅であった。


 クライの悩みは尽きない――

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