ブレアとターナ
「はぁ、全身の筋肉という筋肉が筋肉痛だし、ちょっとでも体を動かすだけですっごく重たいし。つらいわ」
「でも、レヴィくんたちの授業を受けるようになってから、すごく強くなれてる実感はあるよね……」
「そうなのよ。だからやめる気にもなれないし、頑張るしかないから困るわ。まさか、あんなに歳下の子どもに今更になって指導されるなんてね。それで、実際に強くなれてるんだからおかしな話よ」
「なんたって、七竜伯の『白銀』と『剣聖』の後継者だもんね。すごいなあ」
「ターナからしたらもう20歳も下でしょ? 異常だわ」
「そんな離れてないよ、10くらいだよ! 私まだ26歳! ブレアだって25歳でしょ!」
ぷんすかと抗議するターナを見て、少しだけ溜飲が下がったブレアはふっと笑う。
ブレアとターナは親友だ。
元騎士団の部隊長と元宮廷勤めのエリート魔法使い。
歳が近く、魔物の討伐などで同じ任務にあたることが多かった2人は自然と仲良くなった。
平民出身のブレアが騎士をやめたのは、貴族出身の血筋の良い騎士たちと衝突したのが理由。
癒着や贈賄といった汚い不正が蔓延る上流社会。
そしてそれを黙認する貴族出身の騎士たち。
正義の騎士という偶像に憧れて騎士になった彼女は、我慢できなかったのだ。
結果的に貴族出身の騎士たちと流血沙汰を起こし、当然のごとくクビ。
その際、ターナが個人的な伝手で学園の教師としてブレアを推薦したことで彼女は学園にやってきた。
それからしばらくして、ターナもまた学園の教師になったので今は親友2人が同じ職場で働いているのだ。
「ターナの方はどうなのよ。ドレイク先生って、メリーネさんよりも厳しいって聞いてるわ」
「すっっっごく厳しいよ! だって、魔道具を使ったまま寝ろとか魔力圧縮しろとか、思考を分割して魔力圧縮用の無意識を作り出すとか! そんなことできるわけないもの!」
「あ、余計なこと聞いたかも」
後悔したブレアだが、もう遅い。
良い感じに酒が入ってエキサイトし始めたターナの愚痴はなかなか止まらない。
「『魔力負荷』の魔道具を使ってから魔力量は伸びたし、魔力操作と魔力制御もすごく上達したよ。でもさ、これ痛いの! すごく痛い! 今だって筋肉痛を10倍にしたくらいの痛みが全身にきてるの! それなのに『そろそろ強度を上げよう』とか! 『2ヶ月経ったからさすがに魔力圧縮もできるようになったよな』とか! あの子、自分ができたから他の人にもできるって思ってるのかもしれないけど、そんな簡単なことじゃないよ! レヴィくんは自分が天才だってことをもっとちゃんと自覚してほしい!」
「ソ、ソウナノネー」
どうやらかなり鬱憤が溜まっているらしい。
聞いている限りだと、メリーネのトレーニングよりもめちゃくちゃ厳しそうである。
魔道具だって『重量付加』は重りを着けているだけと言えるし、それと比べたら『魔力負荷』の方が大変そうだ。
なんというかメリーネの授業はわかりやすい。
本人がものすごい努力を重ねたのだろうな、ということがよくわかるこちらに寄り添った丁寧な授業だ。
一方で、聞いている限りだとレヴィには天才特有の認識のずれが存在しているらしい。
努力はしただろうし、七竜伯にまで至った道のりは並大抵のものではないはずだ。
だけど、致命的にズレてる。
天才と凡人では、スタートラインが違うし成長速度だって違うのだ。
レヴィはそれを理解していないのかもしれない。
「話は聞いてくれるし、無理って言えば授業内容を見直してくれる。私たちを成長させてやろうって頑張りはすごく感じるの。でも、手心が欲しい! 魔法理論とか高度すぎて、ちゃんとついていけてるの私とアネットさんだけだよ! 『俺には弟子がいるから人に魔法を教えるのは慣れてる』って、多分その弟子も天才だからついていけてるだけ!」
「タイヘンナノネー」
ぶんぶんと手を振ってぷんすか怒るターナ。
そんな彼女の愚痴は右から左へ。
忙しない動きに合わせてぶるんぶるんと揺れる大きな乳だけを、ブレアはただ一心に見つめていた。
酒を口に含む。揺れる乳を見る。
絶景を前に飲む酒はなぜこうも美味しいのか。
ブレアはその謎を解明するべく、深く刻まれた谷間の向こうへと意識を飛ばした。
「――って、聞いてるの!?」
「聞いてるわよ。ドレイク先生が厳しすぎて、めちゃくちゃきついって話でしょ」
「そうだけど! なんかすっごい端折ってる! レヴィくんが良い子で、すごい人なのはわかってるの! 魔法知識も理論も素晴らしくて、教えてくれることはどれもすごいの! それなのに、しっかりとついていけない私自身が情けなくて悔しいの! 魔族の襲撃のときだって、私がもっと強かったら被害は抑えられたのに!」
あ、いつの間にそういう話になってたんだ。
「ブレア、『そういう話になってたのね』って顔してる! やっぱり話聞いてなかったんだ!」
「!? 口に出してないのになんでわかるのよ!?」
「やっぱりそうだー! 語るに落ちたー!」
「ハッ!?」
なんてことだ。ターナは策士であったらしい。
ブレアはまんまと嵌められたことを知り、悔しがった。
「うわあん! 私、先生なのにダメダメだあ!!」
「あーあ、ついに泣きが入ったわね。飲みすぎなのよ」
どうやら今日はここいらでお開きらしい。
ブレアはため息を吐くと、机に突っ伏して泣き出したターナの頭をよしよしと撫でた。
「ターナは頑張ってるわ。間違いなく強くなってるし、今は無理でもきっとドレイク先生も認めてくれるわ。だから、明日から頑張れば良いのよ。今日はもう寝るわよ」
「うぅん、明日からがんばるぅ」
「よしよし、えらいわね」
ターナは飲みすぎると愚痴が始まり、最終的には泣きが入る。
わりといつものことなので、付き合いの長い親友であるブレアにとってこうなったターナの相手は慣れたものだ。
「さぁ、ベッドに行くわよ」
「はぁい」
ターナを誘導してベッドに寝かせる。
今日は外ではなく彼女の部屋で飲んでいたので楽なものだ。
「すぅ、すぅ」
「よし、寝たわね。……私も疲れたしここで寝ちゃおうかしら」
寝つきの良いターナがすぐに寝始めたことを確認すると、ブレアも一緒になってベッドの中に潜り込んだ。
「おやすみ、ターナ」
「おやすみぃ……ブレアぁ……」
寝言で返事をするターナに苦笑して、彼女の豊満な胸に顔を埋めたブレアはそのあとすぐに眠りについた。
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