ドレイク塾

 フロプトから許可を得た俺は、さっそく学園の教師として授業をすることを申請した。


 名前はシンプルに『ドレイク塾』と名付け、教師は俺とメリーネが務める。

 後は手伝いとしてスラミィも呼んだ。


 ネロは魔族対策で少し忙しくしているため、あまり参加はできなさそうだ。

 俺がこうして学園の生徒を育てようとする時間を取れるのはネロのおかげだから感謝だな。


「思ったより集まりましたね?」


「だな。どうやら根性のある生徒が思いの外多かったらしい」


 授業をするために借りた教室のドアから中の様子をチラリと覗く。

 学園の中でもそこそこ大きめの教室には、すでに授業を受ける120人の生徒が集まっていた。

 そこにはジークたちの姿もある。


「魔法使いが41人、闘気持ちの戦士が78人。あと、例外のジークがいて120人だ。選抜をした上でこれか」


「今も学園にいる生徒は、この間の襲撃を受けても学園に残ることを決めた人だけですからね。覚悟が違うのかもしれません」


 オールヴァンスの率いた魔族による学園襲撃。

 あの事件が刻んだ爪痕は大きく、未だに学園都市の復興は完了していない。

 生徒、研究者問わず被害が出たし死者も出た。

 仮に生きていたとしても、あれを機に学園を去った者はかなり多いと聞く。


 ゆえに今学園に残っているのは、魔族の脅威に晒されてなお学びを続けようとする貪欲で肝の座った者たちだけ。


 魔法使いの場合は『魔力負荷』の魔道具を弱で使ったまま、半日耐えられるかどうか。

 戦士の場合は『重量付加』の魔道具で100kg背負った状態で10kmの走り込みをクリアすること。

 それが選抜の条件。どちらも厳しい試験である。


 ここにいるのはそれを乗り越えた人たちだけだ。


「それと、生徒の他に研究者も7人いるし」


 学生でない研究者でも授業には参加できる。

 予想外ではあったが、それでさらに7人追加されて俺が教える相手は全員で127人となった。

 選抜を終えた上でこれだ。


 さすがは七竜伯のネームバリューか。

 フロプトの言ったとおりすごい人数が集まったものだ。


「……まずはやっぱり、インパクトだよな」


 今日は最初の授業だ。

 だからなるべく印象に残るようなことをできれば――なんて考えてると、スラミィが何の躊躇いもなく教室のドアを開く。


「ご主人さま、早く入ろ〜」


「もー、スラミィってば。……レヴィさま、行きましょうか」


「仕方ないな」


 まずはどんなことを言うかとか、直前に悩んでいる暇もない。

 さっさと教室に突撃したスラミィの後に続いて、俺とメリーネも入った。


「き、来た!」


「おおおおお! あの人が『白銀』!」


「『聖騎士』に勝ったんだって!」


「す、すごい! 本当に七竜伯から指導してもらえるんだ!」


「あの女の子たちは?」


、戦ってる姿を見たわ。2人ともすっごく強かったの」


「本当に僕らと同じくらいの歳なんだ……」


 ざわざわとにわかに騒がしくなる教室。

 俺はたくさんの突き刺さる視線を感じながら、教壇に立って生徒たちと相対する。


 ここにいる生徒たちとはほとんどが初対面だ。

 選抜のときは、なぜかノリノリのフロプトが俺の代わりにやってくれたので直接見てはいなかった。

 知り合いや友人と呼べる相手はジークたちだけだな。


 まあ、何はともあれ。

 とりあえず初手はインパクト重視でいこう。


「――静かにしろ」


 俺は普段は抑えている魔力を一気に解放して、教室中を濃密な魔力で満たす。


『――っ』


 驚愕、恐怖、羨望、尊敬。

 さまざまな感情がこもった視線が俺に注がれ、一瞬にしてざわついていた教室は静まり返った。


「悪いな。俺はこの通りで、お前たちの中には俺より歳上もいる。教師としても新米だ。だから、手っ取り早く俺の力を実感してくれるとお互いにやりやすくなるだろ」


 見た目や年齢でナメられたら困るからな。


「さて、まずは少し話をしようか」


 静かな教室に俺の声だけが響く。


「この間、学園都市に魔族の襲撃があった。記憶に新しく、つらい思いをした者がこの中にいるだろう。友人や家族を失った者や、魔族に恨みを募らせた者もいるはずだ」


 教室にいる何人かが反応を示し、真剣な顔をする。


「だからお前たちはここにいる。あの時の悔しさや無力感を経て、力を求めて七竜伯である俺の下へとやってきた。そうだろ?」


 教室を見渡す。

 誰もがまっすぐで決意のこもった目をしてた。


「俺がこの授業でお前たちに与えるのはただ1つ、力だ。魔族を倒し、魔族から大切な人を守り、未来を掴み取るための力だ。俺が教えられることはそれしかない」


 まず、前提として。


「お前たちには少なくとも、S級魔物を倒せるくらいの力をつけてもらう。そうなれば、魔族にだって簡単には負けない。十分に抗うことができる」


 S級魔物は子爵級魔族相当の強さだ。

 そして、全体的な魔族の階級の割合は男爵級と子爵級だけで9割を占める。

 残りの約1割が伯爵級で、それ以下の極めて強力な極少数の魔族が侯爵級と公爵級。


 つまりS級魔物を倒せるなら、ほとんどの魔族と戦うことができるということ。

 それ以上の強さに至るにはきっと才能がいる。

 だけど、S級魔族を倒せるようになるまでであれば努力で到達できるだろう。


 だから、目標はそこだ。


「強くなって、魔族を倒せ。だが、重要なのは生きることだ。生きていれば、それだけ多くの魔族を倒せる。魔族を倒せば倒すほど大切な人を守ることに繋がる」


 俺にとっても、大事なことだ。

 この世界に転生したその日から、俺の根幹にあるのは死亡ルートを回避して生き残るという目標。

 今は大切なものが増えて、自分の命だけでなくそれらを守りたいという思いがある。


 だから、戦う。

 生き残るために強力な魔族との戦いに身を投じるのは本末転倒かもしれないが、やがて世界の滅びを迎えて俺の命も大切なものもすべて消えるのであれば。

 平和な未来を生き残るために、俺は戦うことを決めた。


 矛盾しているようでそうではない。

 俺はただ、『魔王』という死亡ルートをぶっ飛ばそうとしているだけだからな。


「この場で俺が教え、お前たちが得るのは力だ。それを持って成すのは、敵を倒し、自らは生き、大切な人を守ること。わかりやすいだろ」


 俺は来たる戦いに備えて、人類の戦力を底上げするために彼らを鍛える。

 彼らは自らに降りかかる危機を乗り越えるための力を身につけることができる。


 お互いにメリットしかない関係。

 至極シンプルで、わかりやすいものだ。


 まぁ、長々と語ったけど結局俺ができるのはここにいる人たちに魔法を教え、強くなる筋道を示すことだけ。

 あまり偉そうなことを言える性分ではないが、彼らの士気昂揚のためにこれくらいは言わないとな。


 生徒たちの目が良い方向に変わったのを確認した俺は、こほんと咳払いをして長話を終わらせた。


「前置きは以上だ。では、授業を始めよう――」

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