若者の人間離れ

「なるほど、教師として授業を持ちたいのか」


「やってもいいですか?」


 学園に戻った俺は校長室でフロプトと対面していた。

 七竜伯関係のことを話してから、本題として学園の生徒たちを強くするため、俺が教壇に立ちたいという希望を伝えたのだ。


 俺の提案を聞いたフロプトは鷹揚に頷く。


「構わん。生徒たちのためにもなるだろうし。お前にはその資格もあるしな」


 フロプトの了承を得られてホッとする。

 これで後は段取りを考えてから生徒を集めて、実際に指導していけば良いわけだ。

 不安はあるが、魔法に関してはすでにイブを弟子として教えた経験があるから多分なんとかなるよな。


「だが、ドレイクが教えるとなると生徒が殺到しそうだな。すでにお前が七竜伯になったという話は、学園都市でも知れ渡っている。下手したら生徒全員がお前の授業を希望するかもしれん」


「そこまで多くなるでしょうか?」


 フロプトの話は少し大袈裟じゃないかと思ってしまう。


「間違いなく。七竜伯から直接指導される機会など、少しでも向上心があるなら絶対に逃さない。我も昔、なんとなくで授業を持ったら全生徒に希望されて困り果てた経験があるからの。面倒になって、その後は一度たりとも教壇に立ったらことはないが」


「……なるほど」


 どうやらフロプトの実体験だったらしい。

 となると、彼が言うとおり俺が授業をするようになっても同じことになる可能性はかなり高そうである。


「人数が多くなると大変だぞ? 当然のこととして密度の高い授業は難しくなるし、生徒たちの成長も人数に比例して鈍化する。そうなれば、お前の望む結果には繋がらないだろう」


「……その辺は多分なんとかなります」


「ほう?」


 俺が言うと、フロプトは興味深そうにして眉を上げた。


「俺の授業を受けるための条件として、最初にある程度生徒を選抜するつもりですから」


「選抜か。合理的だな。しかしどうやって決めるんだ?」


「これを使います」


 俺は『影収納』から『魔力負荷』と『重量付加』の量産型魔道具をそれぞれ1つずつ取り出す。


「これは、体に負担をかける代わりに成長を促す効果がある魔道具です。こっちが魔法使い用でこっちが戦士用になってます」


「ふむ、実際に効果はあるのか?」


「はい。俺とメリーネは、これを使いながら鍛錬をすることで1年ほどで今の強さになりましたから」


「なんだと!?」


 フロプトが驚愕する。

 無理もない。たった1年で七竜伯クラスの強さになれるとなれば、それはとんでもない代物だからだ。


 もっとも、これを使った上でどれだけ苦痛に耐えて鍛錬が続けられるかが一番重要なわけだけど。


「校長先生も、一度使ってみてください。その方がわかりやすいかと思います」


「……そうだな。少し借りよう」


 フロプトに『魔力負荷』の魔道具を渡すと、彼はそれを腕に着ける。


「3段階の強度から選んで起動してみてください」


「ああ――!?」


 さっそくとばかりに魔道具を起動させるフロプト。

 何の迷いもなく選択された強度は3であった。


「ふ、ふむ……な、なるほど、の。いや、これはうん。ま、魔力に負荷を与えて、いるのだな。なるほど、なるほど」


 フロプトはおもむろに腕を組んで、目を瞑りながらうんうんと頷き魔道具の効果を分析している。

 その額には脂汗が滲んでいた。


「あの、痛いならもうやめていいですよ。どんなものかはわかってくれたかと思いますし」


「い、痛い!? そんなわけないだろ我は『賢者』ぞ!? こ、このくらい楽勝だ!!」


「いやでも、めっちゃ汗かいてますし」


「これは、違う! その、あれじゃ! ちょっとこの部屋が暑くてな! そうだろ!?」


「え、いやわかんないですけど」


 めっちゃ慌てて言い募ってくる。

 見た目では我慢してるように見えるけど実際は余裕なのだろうか。

 部屋の暑さとかは、温度を調節してくれる魔道具の指輪をしている俺にはわからないから何とも言えない。


 そのまましばらく経って、フロプトはゆっくりとした動作で腕から『魔力負荷』の魔道具を取り外す。

 指先がプルプルと震えているけど大丈夫だろうか。


「ふぅ、ふぅ……はぁ、だいたいわかった。なるほど、これなら強くなるのも納得だな。常に魔力に負荷をかけ続けることで、魔力量の増加を手助けする。さらに、この状態の魔力をコントロールすることで魔力操作や魔力制御の練度がより高まりやすくなるのだな」


「さすが校長先生ですね。まさにその通りの効果です」


「これで選抜するということは、この痛みに耐えられるかどうかが基準になるわけだな。………………いささか、厳しすぎるのではないか?」


「いえ、選抜に使用するのは1段階目なので。1段階目の弱なら俺の弟子――12歳の子どもでも耐えられましたよ」


「そうなのか? ならまぁ、問題ないか」


「最初は弱で慣れて、少しずつ強度を上げていけば良いんですよ」


「……そうそう慣れる痛みではない気がするが。――っと、我なら余裕なんだがな。うん、すっごく余裕。やばいくらい余裕で、数時間くらい続けられるくらい余裕だぞ?」


「あ、数時間じゃなくて1日中ずっと使い続けてもらう予定です」


「!!?!?!?!?」


 フロプトは目を見開いた。


「で、では寝るときだけしか外さないと……?」


「いえ、寝るときも着けます。最初は痛みでなかなか眠れませんが、慣れれば問題なくなりますよ」


「!?」


「この魔道具を使った状態で魔力圧縮をして、魔力量を爆発的に増やすんです。一年もやれば、多分100倍くらいにはなるんじゃないですか?」


 俺は1年で3000倍くらいにしたけど、死を回避するため危機迫っていた中で必死にやっていたわけで。

 他の人も俺くらい伸びるかというとおそらく伸びない。


 そもそも、俺の場合は神器の効果の1つとして人間の限界を超えて魔力が増え続けるようになっているのだ。

 神器獲得前、たしか300倍くらいになったところで急に魔力増加が鈍化していたはず。

 おそらく、あそこが人間の限界だ。


 それに量産型の方は最大が3段階で、負担が少ない代わりに魔力の伸びも控えめだ。

 だから1年で100倍。それが俺の想定であった。


「ま、魔力圧縮!? この魔道具を使いながらか!?」


「そうです。すっごく伸びますよ。最初はつらいですけど、効果はすごいです。そのうち思考を分割して、魔力圧縮用の無意識を作り出して、それに常に魔力圧縮させればもっと伸びます。勉強中でも、風呂に入ってても、起きている間は自動的に魔力が増えていく体質に進化するんです。そうなれば、やがて限界まで魔力が伸びていきます」


「…………」


 フロプトは呆然と俺を見た。


「ち、ちなみにドレイクは普段はどの強度でやっているんだ?」


「俺のはその量産型と違って特別製ですので、めちゃ強です」


「め、めちゃ強……?」


「下から弱、中、強、超強、マジ強、めちゃ強――の6段階目です」


「ふ、ふうん、そ、そうか。そうなのか、ふーん、なるほどな。ふむ、めちゃ強、6段階とな。さっきのやつの、さらに3段階上の痛みか。それで、魔力圧縮を常に……そうか」


 フロプトはおもむろに立ち上がると、懐から煙管を取り出して窓際で一服を始める。


 そして、ひとこと。


「――最近の若者の人間離れがやばすぎておかしい件」


 黄昏るフロプトの背中は、どこかくたびれて見えた。

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